彼女は変わり者(3)
◆
そして放課後。
「……で、本当にやるの?」
「当たり前だろう。で、お前は邪魔したらぶっ飛ばす」
「しねぇって。おとなしくしてますよーだ」
ほら来たぞ、と正悟がいって校舎から体育館に続く渡り廊下のコンクリートで出来た柱の影に隠れる。続いて僕と、そしてなぜか一緒にいる三九二君も一緒だ。
視線の先、昇降口から出てくきたは転校生の彩月さんだ。彼女はそのまま正門の方へ向かって歩いてゆく。
「門出て右に行ったぜ、ほら、さっさと追いかけよーぜ」
「まぁ、待てよ。急いでばれちゃ元もこもねーだろよ……、と今だ行くぞ」
「……なんだかなぁ」
正悟を先頭に三九二君、そして僕と続いて柱の影から出て歩き始める。
天気はどんよりとした曇り。鉛色の空からは今にも雨が降って来そうだったが、今日はこの後日が変わるまでは雨が降らないらしい。それが幸いか僕らの計画―――あくまで発案は正悟だけど―――は順調に始まった。
周りからの視線が痛い。忍び足である僕らは何処からどう見ても不審者だった。
傍から見れば怪しい事極まりない。まるで誰かをつけているようにしか見えないのだが、残念ながら間違っていない。
そそくさと校門に行く。そこで身を隠して様子を覗う。
三人揃って顔を出す。まるで泥棒のコントだ。
「お、いたいた。左に曲がっていったぞ彩月ちゃん。なんだ、お前らと帰る方向一緒じゃん」
「うるせーなー。てか、やっぱりかぁ。ほら、俺の言った事あたっただろう、あずま」
「まぁそうだねぇ。向こうに二人ともいたからねぇ」
「二人とも? 二人ともってなんだ?」
聞く三九二君に黙ってろと正悟。
校門を出て敷地沿いに北に歩いて、道と交差するように真っ直ぐのびる野寺川に沿って歩いていく彩月さんの後を僕らは行く。
まるでストーカーのようだが、悲しいかな、間違いではなかったりする。
つまるところ、僕らは彩月さんのことをつけているのであった。
―――そもそもの発端は例の正悟の発言である。
帰りのホームルーム前。
「すいませーん、先生。東が体調不良をうったえているんで保健室連れていきまーす」
「……えっ!?」
唐突に手を挙げた正悟が新崎先生にそんなことをいった。
「あ、もうすぐ終わりだぞ。我慢できないか?」
「いや、僕は別に……、」
瞬間、頭をつかまれたと思うと思いっきり机に顔面を叩きつけられた。
「ほら、先生コイツもうふらふらで駄目だそうです」
駄目なのは正悟なんじゃないかな。
思いのほか強く叩きつけられて頭がジンジンしていた。
「……まぁいいか」
いや、よくないし。どう見ても暴力沙汰だし。
「とりあえず、そういうのは保健委員が連れていくからお前は……」
「ああ、俺コイツの家と近いんで、いざとなったら一緒に帰るんで大丈夫ですよ。んな訳でホームルームは出れそうにないんで、よろしくお願いします」
なんて捲くし立てるようにいう正悟。僕はそのまま肩をつかまれ強引に持ち上げられ、肩に担がれ運ばれていく。
頭を押さえてあたりを見ると、他のみんなが唖然としていた。
「……まぁいいか。ああ、でも悪さはするなよ。後、今回だけな。次は許さないぞー」
次じゃなくても許さなくていいんじゃないかな。
ありがとうございますー、と正悟は新崎先生にお礼をしてさっさと階段に向かっていった。
「……何、今の」
若干の恨み節をこめて正悟に向かっていった。
「何って今朝言ったろう。とりあえず放課後って。その準備さ」
なんてやっぱり悪い笑みを浮かべて正悟はいった。
「準備で僕は机に頭を叩きつけられなければいけなかったの?」
「おう、必要だぜ。新崎の目を眩ませるためのな」
「全然眩んでなかったけどね。おかしいのは正悟の頭の中なんじゃないかな」
まぁいいから、とそのまま引きずられるように階段を一階にくだり保健室、には行かずに昇降口に連れられた。
「とりあえず、これを履け」
「とりあえずも何も、これ僕の靴なんだけどね」
そうやって僕の靴を押し付けられ、何の説明もなく校舎外に出された僕はそのまま渡り廊下のコンクリートの柱の裏に連れてこられたのだった。
「で、こんなところに連れてきてどうするのさ」
「決まっている、あやの後をつけるんだよ」
……意味が分からない。
「何、僕にストーカーしろっていうの、正悟は」
「ストーカーとは人聞きの悪い。尾行だよ、尾行。それに、その理屈だと俺までストーカー扱いだ。それは俺としても心外だ」
まったく間違ったこと言ってないはずなんだけどね。
「やっぱりこういうのはよくないと思うよ」
振り返った正悟は真剣なまなざしだ。
「それじゃああずま。お前いまあやのことについて知ってることって言ったらなんだ?」
いきなり正悟は何を言い出すんだろう。というか、知ってることといわれても。
「そりゃ、頭がいいこと、運動も出来ること。ただ、ちょっと性格に難ありで、おまけに保護者がどう考えても偽名のヤマダタロウさんって事ぐらい」
だろう、と正悟。
「俺らが知っていることといえばその程度。他の連中と違ってあの胡散臭いおっさんの正体を知っているというアドバンテージぐらいしかない。それで新しい情報を得ようとしてもあの性格じゃあとてもじゃないが聞き出せない。ならば、外堀から埋めていってみようぜ」
「……いいたいことが良く分からないんだけど」
というと、正悟は僕の肩を掴んだ。
「二人の家を突き止める」
何を言ってるんだろうこの子。
「時々突拍子もないことをすると思ったけれど、ここまでとは」
「はは、お前に言われたくねー」
「あのね、やっぱりこういうのってよくないと思うんだ。なんていうか卑怯だ」
「それじゃあお前、あやを正攻法でどうにかできると思ってるのか」
……微妙に言い返せない自分がいる。
「いいか、これはお前のためでもあるんだぞ」
詐欺やありがた迷惑の常套句を持ち出してきた。
「お前が始めて好きになれた人間なんだぜ。友人として応援してやるのも吝かでない。それに、実際可愛いんだから他に誰が狙うか分からないだろう。今はあんな感じだろうが、これからどうなるか分からない。俺はお前の友人として気を使ってやっているんだぞ」
なんともありがたいお言葉が正悟の口から出た。しかし。
「いや、思いっきり顔に面白そうって書いてあるじゃない」
彼の表情はおもちゃを見つけた幼児そのものだった。
「いいじゃん。恋愛仲を取り持ってやる代わりに楽しみ提供しろ」
なんて理不尽な理屈。なんてやり取りをしていると。
「いいね、その話。俺も乗った」
不意に背後から声が掛かる。振り返ってみればいつの間にか三九二君がいた。
「三九二、お前いつからいた」
まるで仇を見るような眼で正悟が彼を睨む。
「いいじゃねーかー、細かいこと。いいだろ、俺も一緒に行っても」
一方で三九二君は爽やかな笑みを浮かべていた。
「お前、部活あるだろう。むさい男の中でサッカー部でも行ってろ」
「大体それを言ったらお前は似合わない剣道部あるだろう。俺より天気かんけーないじゃん。そもそも、そんな面白そうなことしてるのも、お前も部活ないからだろう」
それを聞いて正悟は忌々しそうに三九二君を見た。
「邪魔だけはすんじゃねーぞ。存在そのものが邪魔みたいなもんなんだからな」
「俺、全否定じゃねーか」
そして、終礼をつげるチャイムの音が鳴り響く。
こうして僕らはいそいそとコンクリートの柱の裏に隠れて、彩月さんが来るのを待っていたのである。