正しい「あの子」の救い方
キラキラと宝石のようなものが沢山敷き詰められた部屋の中、一人の男がそれを一つ持って立っていた。ギリ、と歯ぎしりをすると同時に長い指に捕らわれたそれを砕いた。あーあ、と言う声が部屋に響く。男は手に付いた粉をパラパラと払い落としながら振り返った。扉の近くに同じ顔の男が意地悪そうな笑みを浮かべて、蔑むように男を見ていた。
「またやってんのかよ、偽善者クソ兄貴」
「うるさいよ愚弟。どうしたって私の自由だろう」
ニタニタと下衆な笑みを浮かべる弟を、兄は不機嫌そうな目で射抜くように睨みつけていた。しかし弟は愉快そうにケラケラ笑い、怯む様子は欠片も見せなかった。むしろ笑いながら、天下のヒーロー様が恐ろしい目をするねぇ、と煽る始末だ。
煽る弟を無視して兄は木の椅子に腰掛ける。弟はつまらなさそうに溜息を吐いて部屋の中に入り込んだ。そして粉々になって光を失った欠片の散らばる床に膝をつき、小さな破片を一つ摘まみ上げた。ちらりと兄を見上げると、小さなテーブルに頬杖をついてそっぽを向いたまま視線を弟に向けた。
「また、あの子が死んだのか」
「あぁ。あの子のいない世界なんて救う価値がない」
兄が吐き捨てるように言うと、弟はふぅん、と興味無さげに返答した。全ての破片を拾い上げ、弟は窓を開けた。窓の下に広がる真っ暗な空間に投げ入れようとしたとき、その背中に声が掛けられた。
「そっちに投げるな。火にくべてくれ」
「そんなことしたら二度と戻らなくなるだろう。とうとうイカレたか?」
「言っただろう。あの子のいない世界なんて二度と戻る必要ないよ」
しかし弟は言いつけを聞かずに破片を投げ捨てた。そして勢いよく振り返り、兄の座る椅子に近づいた。胸ぐらを乱暴につかみ上げて立ち上がらせた。怒りで揺れる弟の目を兄は酷く冷たい氷のような目で見下ろした。
「お前、それでも本当にヒーローかよ。あの子以外にも救うべきものがあるだろ」
「お前の目には私がそんな博愛者に映っているのかい」
「少し前まではそうだったじゃねぇか。何だ、あの子に会って良い顔してばかりの八方美人な博愛者はやめたか」
「あぁそうさ。あの子を守ることさえできれば私は充分だ」
兄は冷たい目つきのまま弟を見据える。少し狂気じみたその表情に、弟は一瞬たじろいだ。そして自分位はどうすることもできないと考えて、胸ぐらからするりと手を放した。解放された兄は再び椅子に腰掛けてパラパラと手帳を見ていた。内容は悪夢のように何度も続く、救うことのできなかった「あの子」のこと。それを睨み付けるように眺めていた。
弟はじっとその様子を眺めていたが、突然、それ貸せ、と乱暴に言って兄の手からそれを引っ手繰った。兄は何も言わずにその様子を静かに見つめている。弟は手帳を流し読むと投げ返した。
「記憶が作られる前に助けに行けば?」
「は?」
「あの子の産まれたその日からお前が守ってやればいいんじゃないの。そうしたら死なないだろ」
強い口調で言われ、兄はきょとんとした顔で弟を見上げた。弟は一つのキラキラと輝くものを兄の前へ突き出した。
「行けば?」
「……あぁ、そうするよ。じゃあな」
「救ってこいよ、兄貴」
兄はうっすらと消えてゆく。輝くそれは椅子の上に静かに座った。
くく、と楽し気な笑い声が漏れる。椅子の上に座るそれに手をかざすと、禍々しい色をまとったと同時に一つの産声が潰れて消えた。
「俺が大人しく人を幸せにすると思うなよ、兄貴。あの子があんたの隣で笑うくらいなら殺してやる」
狂った悪魔のような笑みを浮かべてそれを見下ろす。しかし、もう興味が無いと言いたげに踵を返して、いくつもの輝くそれに手を伸ばした。




