表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

呼ぶ声 ~君のもとへ~

作者: 未来は教諭 

その声はいつも俺の名を呼ぶ

何故か懐かしいと感じるその声に呼ばれて振り向くとそこには何もない


いったい耳に心地よいこの声は誰の声なのだろう?

俺の名を呼ぶ声。

君はいったい誰なんだ・・





「おい! 山崎 聞こえてるか?」


肩を掴まれて2,3度軽く揺さぶられる。

俺は我に返って目の前の友人の浜田に苦笑いをして見せた。


「悪い・・・落ちてた ログアウト状態」


どうもこのところ意識がどこかに飛んでいく。

昼下がりの図書室で休講になった、空き時間を過ごして

いた俺と浜田だが、いきなり微動だにしなくなった俺に

びっくりして声をかけてくれたようだ。


「最近おかしいぞ なんかあったのか?」


机を挟んで向かいに座っていた浜田が、読みかけの本を

閉じて俺に視線を注ぐ。

その視線を受け流そうと笑ってみたものの、なぜかぎこち

ないものになってしまった。


浜田は大学に入学してからの友人だが、とりわけ趣味が

あって意気投合してしまった。

医者の息子だと言う彼は、他県からこの大学に入学が

決まって一人暮らしだ。

人のよさそうな童顔でいかにもお坊ちゃまという感じだが庶民代表のような俺とよくつるんでいる。


「特に何もないけど…唯異常に眠い!」


俺はきっぱり言い切って欠伸を一つして見せた。

その様子にまだ心配気な浜田の視線が痛いが、本当に何も思い当たる事などないのだ。


唯、偶に俺を呼ぶ声が聞こえるぐらいで……




********



翌日の俺はいつも通り学校を終えてバイトに向かっていた。

しがない庶民の俺の家では大学の学費など出しては貰えない。

従ってバイトと日本学生機構からの借り入れ金で、大学卒業を目指している。


卒業と同時に400万近い借金を背負って社会に投げ出される我が身が不憫で仕方ないが

世の中と云うのはそんなもんだ。


イケメン野郎には女が群がり

金持ちは苦も無く欲しい物を手にする。


「いいよな独り暮らし 俺も仕送り欲しいな……」


バイトあがりで浜田のマンションに転がりこんだ俺はごろりと寝そべって悪態を吐いてしまう。

六畳間の1LDKだがしっかりとした造りのベッドと、家具が置かれたその部屋には、俺の家の居間より大きなテレビがある。

勿論俺の部屋には専用のテレビなど存在しない。

世の中不公平だらけだ。


「俺、アラブの王様の息子に生まれたかったな……」

「なんだよ、それ 」

「一夫多妻制 いいと思わないか?金があれば幾らでも妻を持てるんだぜ」


浜田は笑って否定するがハーレムは男の夢じゃないか!

こう肉付きのよいナイスボディなお姉さまを相手にたぎる

思いを……


いかん 若気の至りが発動してしまった。


静まれ! 俺の分身。


清く淡い思いに胸を焦がしていた頃を思い出せ!


あれれ……

俺の淡く清かった 中、高生時代。


思い出せない……


なんでだよ。

なんでだよ。

なんでだよ。


頭の中で必死に検索をかけるのにかすりさえしない。


俺は山崎 篤弘で1997年12月27日生まれ

血液型は RH (+)  B型

家族構成は 父、母、兄 そして俺

好きなものはゲームにサバゲー,ガンプラ造り


俺は夢中で自分のデーターにアクセスをかけるのに

大学入学前の自分の記憶がない。



俺の好きだったものは?

大事だったものは?


   『 篤弘・・・・・・』



またあの声だ。


「誰なんだよ……わかんねえよ! 」


俺は思わず口に出していた。

頭の中がぐちゃぐちゃで黙って考えこんでたら、何かに飲み込まれそうだったからだ。


「山崎、どうしたんだよ!しっかりしろよ」

目の前の浜田が顔色を変えて、俺の目を覗きこんでいる。


「浜田……」

力なく俺の声が部屋に響く中、俺の脳内に聞こえ続ける声。


   『篤弘、お願いだよ!目を開けて』


「開けてるよ! 誰なんだよお前」

頭を抱えて苛立った声を上げる。


  『篤弘、大好きだって言ってくれたよね

一人にしないでよ』


かすれるように広がって消えて行く声。


「山崎!こっち見ろよ しっかりしろよ! 」

明らかに様子がおかしい俺に狼狽えだした、浜田の声が

怯えを含んでいる。

俺は浜田に揺さぶられるのを、感じながら奴の声が

何処か遠くに遠ざかっていくのを感じていた。


そして逆に俺を呼んでいた声がハッキリと聞こえる。


  『大好きだよ 篤弘……』


俺はこの声の持ち主を知っている。

ばかみたいに意地っ張りで頑張り屋な奴だ。 

そのくせ俺を好きだって言う時はすごく可愛くて、はにかんで笑う時に八重歯が覗く。


「奈津美」


そうだ奈津美だ。

俺は自分自身で溢したその言葉を拾って頷いた。



高校2年の冬に告白されて付き合いだしたんだ。

口うるさくて喧嘩もしょっちゅだけどあいつはいつでも

素直に謝ってきた。

そんなあいつが俺も好きで大事で……


「奈津美! どこだよ……会いたいんだ」


俺の声は震えていた。

浜田が目の前にいようがもう恥も外聞もない。


なんであいつがいない世界を俺は享受できてたんだ。

あいつの事をなんで忘れていられたんだ?


頭の中の疑問符が目の前の世界を歪めていくのが感じられた。


やがて細かなモザイクとなって剥がれて落ちて行く景色。

浜田の身体がパラパラと崩れていくのを俺は我を忘れて黙ってみていた。

少しづつ今いる空間が闇に食われていくようだった。


「気づいちゃったんだね」


もう半分が失われた身体で浜田が俺にそう告げる。

俺は黙って力強く浜田を睨みつけた。




*************


その日俺は納車を終えたばかりの浜田の車に同乗していた。

免許を習得したばかりでもう車を買って貰える浜田に

嫉妬しながら助手席で新車の乗り心地を堪能していたのだ。


浜田は性格がそのまま出たような安全運転で思ったより安心して乗車できている

ハンドルを握ると人が変わったようになる奴が、いるみたいだがその心配は無用のようで

安堵の溜息をつきながら浜田に声をかける。


「今度この車でスノボに行こうぜ」

「初心者に雪道は無理だろ」

呆れたような浜田の声がすぐさま返ってきた。


「それもそうだな、俺も命は惜しいしな」

信用無いんだ と浜田はぼやきながらハンドルを握っている


だが次の瞬間、ニヤリと笑うとふざけてアクセルを踏み込んだ。


「どうやらスーパードライビングテクニックが見たいようだな」

「ちょ…ふざけんなよ!止めろよ」


流石、新車の加速と云うべきか車は公道ですぐさまに

80kmを超えた。

だが、その悪ふざけを交通法規の神様は許してくれなかった。


ものの見事に車はT字路を曲がりきれずに倉庫らしき建物に

突っ込んだ。


それはほんの一瞬の出来事で、だけど俺の日常を大きく壊す出来事だった。


俺は痛みに呻きながら薄れていく意識で死を感じていた。


「ごめんな 奈津美……」



**********


のろのろと重い瞼があがると俺を覗きこんでいる奈津美と目があった。


「ただいま……」


口をついて出た言葉に奈津美が涙声で答えてくれた。


「おかえり 篤弘」


どれだけ泣いたらそんな顔になるんだよ。

そう言ってやりたいぐらいに泣き腫らした目をした、奈津美に触れたくて手を伸ばそうとする。

だが思うように腕があがらないし、いろんな機械が俺にくっついている。


「無理しちゃだめだよ」


奈津美が俺の手をとって握りしめてくれる。

その温もりに力なく笑いながら、暫く黙って奈津美の存在を感じる。


「浜田は?」


俺は知らなければいけない。

俺は今迄浜田の世界というべき意識に囚われていた。


大学入学からの付き合いの浜田は俺の中、高生時代を知らない。

俺がどれだけ思いだそうとしても浜田の世界にそれは存在しない。


「浜田君は……」


口ごもる奈津美に分かったと視線を投げかける。

奈津美の態度で俺は理解出来たのだ。

奈津美の口から人の死など語らせたくない。

そうして俺は握りしめられた手を握り返した。


「お前の声、ずっと聞こえてた」


俺は奈津美の声のお蔭で戻ってこれた。


俺を呼ぶ奈津美の声。


元気になったら俺は絶対こいつを滅茶苦茶に幸せにしてやる。

俺はそう決めて奈津美に笑顔を向けた。




お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ