美しい少女を、僕は眺めるのである。
僕の隣で版書をする少女は、目蓋がとても美しかった。伏せられたかんばせをちらりと見やって、僕の胸は高鳴る。嗚呼、なんとも美麗なる造詣。血管の透ける白い肌は冷たげで、そこに血潮の熱を隠しているとは思えない。うなじで結った黒い髪は背骨の形に沿って弧を描き、あらわになっているその麗しい横顔をまざまざと見せつける。長い睫毛は完璧な角度をもってしぱしぱと瞬く。
授業中、僕は隣の席の少女を見つめている。誰も僕を気にしないし、少女の美しさに気がつかない。ここは、僕らだけの世界。
その空間を、ノイズ混じりのチャイムが掻き乱す。僕らの世界が終わりを告げる瞬間だ。
号令に合わせて、少女は立ち上がってしまう。伏せていたかんばせを持ち上げた瞬間、僕を魅了する魔法は解ける。僕も立ち上がり、頭を垂れる。その瞬間は、彼女を横目で見る。
かんばせを伏せた少女は、やはり美しい。
少女はよく図書室を利用し、僕は図書委員である。昼休み、放課後、彼女は図書室にやって来ては課題をこなしたり、読書をしたりする。
目を伏せ、頁をめくる少女のなんと美しいことか。特に、読書に夢中になっている時の微笑みには、どんな女も敵わない。古い紙の色をした静寂のなか、彼女の存在はあまりにも鮮やかだ。
僕は見蕩れる。その俯いたかんばせが、僕に向けられることはない。
それで良いのだ。少女よ、美しくあれ。
日曜日、僕はファーストフード点でジャンクフードを貪っていた。日曜日だからだ。
つい先ほど知ったことなのだが、どうやら僕の行動範囲と少女のそれは重なるらしい。
少女は、ぺたぺたのソファーに腰掛け、やはりジャンクフードにかぶりついている。ソファーと同様にぺったりとしたパンで具を挟んだ代物は、少女の口元を汚していった。
なりふり構わず、食べ尽くさんとする獰猛な様に、僕の脊椎は快感でぴりりと震えた。麗しい少女の、荒々しく、粗暴な本性よ。
僕は小刻みに震動する指先や昂る動悸を堪えながら、なんとかジャンクフードを食べきった。
早々に片付けて、僕は店を出る。横を通り過ぎたが、彼女は僕に目もくれない。
頬に付着したソースが、愛しかった。
ある日、声をかけられた。誰かと思えば、少女だった。あれだけ見ていたのにどうして気がつかなかったのかというと、少女は長い黒髪をおろしていたし、なにより正面から少女のかんばせを見るのは初めてであったからだ。
少女は、まっすぐ僕を見つめ、言った。
どうして、私を見ているのですか?
いつも、いつも、貴方の視線が私のかんばせを刺していくのです。
ねえ、ねえ、何故そのようなことを?
僕は、少女の目に堪えられなかった。だからだろう、ぽろりと言葉にしてしまったのだ。
貴女が、あまりに美しいので、見蕩れてしまっていたのです。
不愉快であったでしょう。けれど、僕は貴女の虜になってしまったのですよ。
どうか、権利をください。貴女を見つめ続けるという、権利を。
ぽろぽろと零れ落ちた言葉は、少女のかんばせに降り注ぎ、その白く瑞々しい頬に熱を持たせた。
堪えきれず、かんばせを伏せる少女。いつもは結われている髪がさらりさらりと肩から流れ、赤い耳を存分に映えさせる。
思わず、少女を抱き締めてしまった。抵抗は無かった。
嗚呼、嗚呼、なんて美しい。
僕は、恍惚とする。
かんばせを伏せた少女の、なんと美しきことかな。
はしたないことに、男性に抱かれた私は、思います。
いつか、私も話せる時が来るのでしょうか。
私を見つめる流し目の美しい、この少年の話を。