剣林弾雨
この戦いはのちに、皇国の東征、薬天の霹靂と呼ばれるようになり人類史上最も悲惨な世界戦争へと続く皮切りになる。
淡鶯四年 如月十日 卯ノ上刻
戦龍艦 五隻、正規空母 二隻、軽空母 四隻、駆逐龍艦三隻、軽巡洋龍艦四隻。計十八隻の皇国四万二千の軍勢は民国泰元首都である蓬莱省を眼と鼻の先にまで進軍をした。
最も損害が大きいと予想された上陸戦は呆気無く終わり、損害は無く、死亡者も56人と驚く少なさだ。
民国軍は短期決戦から長期戦に方針を転換し散発的な戦いを挑むようになった。故に敵襲来が絶えず、ろくに休みもなく張りつめられた神経が皇軍の兵たちの士気を下げていた。
これ以上の士気の低下を防ぐべく、皇国の軍部は連合艦隊司令長官を吉田善吉中将から若く才覚あふれた山本一六を任命。吉田善吉中将は大将と階級を上げ一六の補佐に着いた。
結果として、一六立案の敵対応策は目に見えてよい成果を発露させ、若い兵士達が負けんと士気は上げるも戦争前程には届かなかった。
戦争時でも空は変わらず青い。睨みを利かせるも曇天になりそうにない。しかしながら、地上は暗くやたらと五月蠅い。空を見ると一面に龍が徒党を組み同じ場所を目指し飛んでいる。一体、人の何倍もの体をしながらなぜ、飛べるのか。
地上はもっと理解に苦しむ。泥まみれの土壌に軍靴の歩みを刻み、血と汗を垂らす。
これほど青い空でも〈民国〉にとっては敗色と捉えられてしまうのだろうかと一六はテーブルの帽子に手を取り被った。
帽子を取る瞬間、通信兵と目が合う。号令を今か、今か殺戮の令を待っている剣虎のように鋭く無知な眼光をしている。君の待つ号令で幾万人死ぬと心得るか。
ため息一つできない職場を毛嫌いする。責任の大きさは知り得ているが一六はどうも実感がわいてこない。
号令一つ、手を上から下に上げて下げるだけ、気がない声一つで兵士のよくて一割、悪くて三割の死体に敵国の青年達の死体九割、八割が加わってくる。死刑執行する人ですら人生を掛けても到底生み出せないゴミを自分が生産できてしまう。
(今日の私は死神だ)
なんと嘆かわしたるや、わが生涯、父の家業を継いでいればもっとマシな人生でも歩めていたのだろう。鬱陶しい。忌々しい。軽く息を吸い、手を上げ敵国の首都に向け掲げた手を無情に下した。
「作戦行動――開始」
空に浮く〈皇国〉の主力艦である長門型戦龍艦《長門》と呼称される一隻の龍が司令長官山本一六の指示を受け、龍艦本式タービン四基四軸全てを稼働し、けたましい音を立てる。《長門》は落雷の如き咆哮を放つ。鼓膜よりも体の方が震えるほどの轟きを合図とし他の龍艦達も同様に動き始める。タービンが一定の稼働領域に達すると《長門》に力を注ぎ込み。其れに反応するように《長門》は右側面方向に存在する〈泰元〉の烏合に向け五十径の魔法陣を筒状に展開し一門の砲として八つ展開。各手前の魔法陣から生成される質量一〇二四キログラム爆裂徹甲弾の生成を完了。装填終了の赤色ランプの点灯と共に魔法陣は四十五径まで縮み弾のすぐ後ろを爆発させ空気が強張り嘆く。
爆風は魔法陣によって指向性を持たされ、逃げ場を求めて徹甲弾を押し出す。砲先の魔法陣から爆風が抜ける。発砲炎が発生し計八発の弾が外界に産声を上げる。地上で戦う兵士の体が瞬間的に硬直する。雷を初めてきく三歳児と類似する反応をみせる彼等は生まれた土地とは違った土を軍靴で踏みつける。
鬨の声を上げ迎え撃とうとする雑兵を蹴散らさんが為、刀を取り、魔術を用い、知力を凝らし――生きる為に進軍をした。
徹甲弾が地に着弾し抉り土、肉塊を何十メートルにも上空に持ち上げる。運良く(・・・)爆風に巻き込まれた者は土に目や足、腕、半身を無くす。生来の友をあっけなく離散した。即死である。
臓物と胃の内容物が一兵に降り注ごうと兵は怯まず進む。誰一人死を許しはしない。真っ当な者など一人もない。
止まない砲弾はまさに雨である。鉄風雷火の剣林弾雨の光景が残然と輝く。
地獄はここだと燻るか、極楽と破砕した木々が囁か。
生きていく地を歩く者にしか聞こえぬだろう。
「戦龍艦《霧島》より入電、正面より敵龍艦六隻を確認のこと。内、二隻は《鎮遠》及び《定遠》です!」
「堅艦か……、《天城》、《翔鶴》、《瑞鳳》の爆竜機を六匹、攻撃龍機二二機を出撃。《霧島》には無理をせずに小破でも退けと伝えておけ」
「はい」と通信を担う若人は答えすぐさま正規空母の翔鶴型一番龍艦《翔鶴》と改装空母の雲龍型二番龍艦《天城》と祥鳳型二番龍艦《瑞鳳》にその旨を通術によって伝える。
呑みこんだ唾が喉奥に詰まりそうだ。格式ばった服装も重い勲章も自分の性分に合わないが着なければ指揮ができない。
無理なことだってするのも務めだろう。
「今頃になって戦龍艦を出すとは、首都は護国龍の存在も未だ確認できない。守護者の一報は当たっていたということか、しかしそうなれば布陣をこうすればもっと被害は軽減できただろうか」
頭が痛くなることではないが妙に不安にはなってくる。自分の考えが及ばないことがあるのではなかろうかと。
心配性な自分の性分なのだろう。不安要素があればすぐに潰したくなるほどの気がかりになる。戦に完璧はないが損害の少なさ、兵站の消費に戦の過酷さを表す度があるのならば少ない方が国にも兵子にもいい。
問題は士気の低下にある。物量で勝ってはいるが攻城戦となれば三倍の兵が必要。相手は万薬集まる泰元。街などの市街地戦の方で本領を発揮させてくるだろう。
今でも、聞くところによれば魔術補助無しで木を素手で引っこ抜いた兵が出たと報告を受けている。
戦々恐々の状況に置ける。よくある幻覚かと考えたが、目撃したものも多く情報も鮮明で現実味があった。
さらに、人体実験をしていてもおかしくはなかった。ここ最近の動向は報告者によって大抵はつかんでいる
た。
列強諸国の英国ブリテン、龍国アテンに魔術や技術で劣る泰元は薬学でしか発展できていない。薬学が彼らの強さであり支柱なのだ。
皇国も一応列強だが名ばかりもいいところだが泰元ほどの強みはない。
しかし、如何せん。 泰元の土台が腐っていた。汚職に賄賂、数えるなら霧がない。泰元の高官共は尻尾を巻いてこの戦地からもう逃げて行ったとの情報がある。吹っかけておいて死にそうになれば逃げるとは……国を背負うものではなかったという事か。
現状、我々が戦っているのは泰元の軍閥と言ったところか。
「……こうはなりたくないな」
「其れは、泰元のことかのう。一六」
一六の後ろに控えていた善吉の声は重苦しい。何時も不敵な笑みを絶やさず相手の嫌う手を好んで使う海軍部の頭。齢六十七にして惨敗を知らず。応変にして堅実な立案と外交における口八丁が有名で仲間内からは『青大将』と嫌味を込められていた。
少将時代から『大将』と呼ばれていた善吉にとって、あだ名が本当になってしまったと酒の席での話が一つ増えたと喜んでいた。
「吉田大将殿にはわからんとです」
「言うではないか一六。まぁ、よいか、して亀の対処はどうするのじゃ?」
秦元は守りに入っている。言いえて妙ではあるが亀はそれが生きるすべであるために甲羅にこもる。
だが、今の秦元はどうだろうか。勝機があるとは思えない。
逃げ回り薬を撒くだけ。大量の死体を作れる薬も可能性としてあるが果たして魔術師の防壁を突破するだけの力はあるのか。
もし、勝機が微かにあるのならば、勝機が首を刈り取るこそ最善か。
「手は打っておりますが、後処理が面倒です」と答えた一六の考えを去った下様に吉田は性悪な笑みを浮かべた。
「また、官僚共に嫌味が聞けるワケかの」
「まったく」と一六は頷き、操舵室から望める燦然とした地獄を如何ほどにかマシな地獄にいたいものだと近くにいた通信兵のザンギリ頭を数回叩く。
文明開化の音はしないものだ。