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「む、村を潰したって……、どういうことだよ……!?」
キリエラが驚きのあまり机を叩いて立ち上がっても、クロハは淡々と過去のことを話しだした。
「正直なところ、こんな生活を続けていると時間の感覚が麻痺しちゃっていつだったか、もう覚えてないんです」
そして、でも…、と続ける。
「これだけは覚えてます。あの時僕は、途中でとあるトラブルに巻き込まれて、かなり長い間水しか口に出来なかった。そして、偶然見つけた村で、食事を頂き、その村の食料全て食い尽くしました」
キリエラには、想像もつかない、突拍子もない話で、信じることなど出来なかった。
キリエラは、これでも村にとって食料全てが底を尽きることがいかに絶望的であるかが理解できている。
食料とは、主に草や果物、茸や動物の肉である。
草や果物は育てれば多大な時間をかけなければならないし、外の世界に生えているものは大抵酸味が強かったり、食用には向いていないのである。
茸は秋ぐらいにしか生えないし、腹を簡単に満たすことが出来るような物でもない。
動物の肉は程度を間違えれば今は良くとも、将来的に必ず捕まえられる数が減る上に、彼等は賢いために遭うことすらも難しい。
よって、必ず食料は最低一年は保つような量を蓄えなければならないのである。どんなに小さな村でも、人口は100人はいる。彼等の食料全て食い尽くすことは、理論的に言えば不可能である。
「ル、ルンペンによくあるドッキリじゃ…?」
「そう思いたいならそう思ってればいいんじゃないですか?それでも、これは事実ですから…」
キリエラも、クロハも、何も話すことが無くなってしまい(キリエラの場合は言葉を失っているのだが)、しばらく沈黙が続いていたとき、今の雰囲気とは真逆な明るい声がした。
「お待ち遠さん!とりあえずキリエラの分と、クロハの分の一品を……何があった?」
声の主であるトトが、驚いたようにキリエラに問う。それもそのはず、先程までは会話が成立していて、それなりに雰囲気も和やかな感じが漂っていたのが、少し時間をあけて戻ってきたら沈黙が続いていたのである。
「あ、ああトト!ありがとな…!ほ、ほら、クロハも食おうぜ…!」
無理やり笑顔を作りながら慌てて座るキリエラをトトは不思議そうにみた後、それぞれの料理を二人の前に置いた。
「どーぞ、召し上がれ。あ、クロハはちゃんとコートも脱げよ。コートを脱ぐのは食事のマナーの基本だからな」
口元の布を外そうとしているクロハにトトが笑いかけながら言った。クロハは口元の布を外し、渋々とコートを脱いでそれらを脇にくしゃくしゃのまま置いた。そして両手を合わせる。
「いただきま……何ですか…?」
クロハは自分のことをじっと見つめる二人を軽く睨み付けながら問いかける。
「いや、布で隠してるぐらいだから、何かあるのかと思ってた」
「それにコートの中も結構普通だな」
キリエラも、トトも悪気もない様子でずかずかと言い放つ。クロハは少し機嫌を損ねたように目を細めると、仕方ないというように説明を始めた。
「別に大きな怪我をしてるわけでも痣があるわけでもないですよ。この布を当てていないと、空腹が収まらないんです」
それと、と付け足すように言いながら、クロハはチラリと自分の身なりを確認した。
クロハのコートの中は、少し汚れてはいるものの白い生地の半袖の薄目の服に、同じ生地の長めのズボンの裾を真っ黒なブーツの中にしまっている。
「何度か人前でこの姿になったことありますけど、これを見た全員からセンスがないとダメ出しされました」
「別に変じゃないって。似合ってるさ」
トトがはにかみながらそうフォローしても、クロハは小さく、どうも。というだけであった。
「そんなことより、速く料理を持ってきてもらえませんか。この量なんて、すぐ食べ終わっちゃいますので」
「あ、ああすまない。直ぐに持ってくるよ」
トトが再び小走りで厨房へ向かったのをクロハは確認すると木のスプーンを持って料理に口を付け始めた。その様子を見ていたキリエラがポツリ、と独り言を漏らす。
「食べ方メッチャ綺麗……………」
「……どうも」
∞∞∞∞∞∞∞∞∞
それから何十分かのこと。二人は店の外へでて歩いていた。
「ふっざけんなぁぁぁーー!!!」
キリエラが自分の財布の中を見ながら叫ぶ。
隣にいるクロハはまるで関係ないとでも言うかのように何の表情も浮かべてなどいないうえに他の料理店に目移りしているわけだが。
「何なんだよ全くもう!結局あれから全品目食べ尽くしやがるし!味なんて関係なく食べているのかと思いきや全部の料理にちゃんと批評つけるし!」
キッとキリエラがクロハをにらみつけると、ようやくクロハはキリエラの方を向いてため息を漏らした。
「五月蠅いですねぇ…。ちゃんとした『約束』だったんですから、ケチなんてつけないで下さいよ」
「これが約束だぁ!?詐欺だろ!百歩譲って『約束』だったとしても、こんなん知ってたらYESなんて言わねーよ!」
キリエラの愚痴はまだ続く。
「見ろよあたしの財布!もうほぼすっからかんじゃねえか!あたしの給料の二倍だわ!」
「そんなことより、おすすめの宿を教えて下さい。宿」
そんなことよりって……、とキリエラは怒りを通り越して呆れてしまった。
「…………………………もういいや。そーだね、向こうの通りにさ、ちょっと大きめな肉屋があるんだけど、その向かいの宿がおすすめかなぁ」
なる程…。とクロハは納得した後、キリエラに軽く礼をして彼女が指し示した宿へと体の向きを変えた。だが、キリエラはクロハの肩をしっかりと掴んで動きを止めた。
「お待ち!!」
少し迷惑そうな顔を、クロハはキリエラへ向けた。
「凄く迷惑そうな顔してるけどね、あたしも財布空っぽにされちゃあ困るんだよねぇぇぇ」
キリエラの雰囲気からして話を聞かないと絶対にこの手を離さないであろうことがクロハには理解できた。
「………はぁ…。で、僕にどうして欲しいんです?」
「ようやく話を聞いてくれるか!」
キリエラは嬉しそうに笑うと、ぱっと手を離した。
「あたしは門番の仕事をやってるんだけど、明日の午後部下が急に休み取っちゃったから人手不足で困ってたんだ。そんなわけで、手伝ってもらえないかなーって」
「どういったことをすればいいんです?」
「ルンペンが来たときに、印を確認して、盗賊かどうかを確認するだけ。山賊だったら、矢を射って脅せばおわり。簡単だろ」
「脅す…ねぇ」
キリエラはぞっと寒気を感じる。
クロハの周りの空気が一瞬にして冷たく変わったからである。空気だけでなく、クロハの目も鋭く光り、好戦的な雰囲気になったような気がした。
「ク、クロ……」
「なーんて、冗談です」
その一言でクロハの雰囲気が元に戻った。
「冗談って…。それなら、それ相応の顔になれよ…」
クロハの顔は、依然として無表情のままである。
「そうだ!最後に聞きたいことが」
クロハはぱっと思い出したように言い出した。
「最後ってどういうことだよ。クロハが出村するまで案内するのがあたしの仕事なんだよ」
「給金って出るんですか」
「ああ、なんだ。金が欲しいのか?だったら、残念ながら少ないよ」
それを聞いたクロハから、小さく舌打ちの音がした。
「だけどな、明日から村をあげての大食い大会が………ないないないない」
キリエラは言葉を途中で切り、慌てて首を振った。
もし、クロハがそこに出たとしたら……。そう考えるだけで恐怖しか感じなかった。
「へぇ。良い情報をお聞きしました。どうもありがとうございます」
「馬鹿やろう!!そんな事したらこの村が潰れるだろうが!!」
「大丈夫ですよ。限度は守ります」
「信用出来ねぇ………」
「じゃあ、そう言うわけで。また明日もあなたは僕についてくるんでしょう?」
キリエラは、ああ、そうだよ。と肯定する。
「そうですか…。分かりました。それでは、また明日」
「ああ、これからもこの村を楽しんでくれよ」
クロハはキリエラへ軽く会釈すると、再びキリエラの指し示した宿へとあるいていった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞
宿にて。
「さて、これからどうするか…」
クロハは部屋にある簡易的な窓から外を見て、『ある場所』を探す。
そして、一人だけの部屋に大きな音が響いた。
ぐぎゅるるるるるるー…。
「お腹減ったなぁ」
投稿遅くなってすみません。
いつもよりも量が多くなった上に短編とか、調子乗って書いちゃったもんで……。
さて、ようやく話が中盤、といったところです。
商業の村の運命や、如何に!?