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この話は前までとは少し違って若干分かりにくい話が続いてしまいます。
なので、気軽に読もう、と考えた方は回れ右をすることをお勧めします(笑)
今から約数時間前のことである。
誰も近くにいない静まり返った湖の岸に水しぶきを立て、勢い良く這い上がった人物がいた。それはキヨラを背負ったクロハである。彼は辺りを見回すが、その近くに待っているはずの人はいない。
「けほっ…、ムラサメさん?イクリさん?シミズさん?」
名前を口にするが返ってくる言葉はなかった。遠くに目を移せば、ようやく探していた人物たちを視界に入れることが出来た。どうやらその場は予定の位置ではなく、本来目指していた場所よりも随分離れたところに出てきてしまったようだ。彼らもクロハを確認できたようで、走って近づいてきた。
とにかくキヨラを水からだそうと、クロハは彼女の体を少し乱暴に岸へ放った。大きくため息をつきながら目の前で気を失う少女を見ていると、罵声が飛んでくる。
「丁寧に扱え馬鹿やろう!!」
その声はシミズ。声の感じがかなり本気だったので、クロハは肩をすくめながら謝る。
「…すいません」
「ホントッスよ!女の子はもっと大事にしないと」
「イクリに言われたらおしまいだな」
「それどういう意味ッスかー!」
言い合いをしながらもクロハのもとへたどり着き、ムラサメがクロハへ手を差し出した。
「いつまで水浴びをしているつもりですか、クロハ殿」
クロハはムラサメのあきれたような顔を一瞥し、その手を取って岸からあがった。そして、シミズがクロハにコートと布を放る。それを受け取り、クロハは小さく礼を言った。
「ありがとうございます」
「あと、あんたにいくつか聞くことがある」
シミズはクロハの後ろの、高い壊れかけた塔の先が複数突き出ているだけで、あとは全て水に沈んだ“村だったもの”を指差しながらクロハへ問いかけた。
「あそこで何があったんだ」
「…………それは」
『それについてはボクが話そう』
その声に反応してキヨラに視線を素早く移すと、左目が濃い蒼に変化したキヨラが草の上であぐらをかいて座っていた。
『やぁ。さっきは恥ずかしいところを見せて悪かったね。今は落ち着いてるから安心してくれ』
「シグレ…」
クロハがキヨラへ少し睨んだが、他の三人とは反応が異なった。
「ば、馬鹿やろう!年頃の娘を操ってあぐらなんてかかせやがって!」
「そうッスよ!キヨラちゃんのことも考えてくださいッス!」
「死にたいか…」
『愛が重たい…』
シグレは重そうな腰を上げて尻の土を払うと偉そうに腕を組んだ。
『村人全員沈めたと思ったけど、まだいるようだね。ここにも、あちらにも』
その言葉に、その場の空気が凍りつく。
「つまり、水の村人すべて同じ様に沈める気ですか」
『そのつもりだった。さっきまではね』
「さっきまで…?」
『そうだよ。キヨラに怒られちゃってね。それと、みんな殺されるんじゃないかとびびってるけど、村人は死んでいないよ。ただ眠ってるだけさ』
「眠ってる、って……。水の中でッスか…?」
「そんなバカなこと…」
『あるんだなー、そんなバカなことがね。だってボクは精霊だよ?君たちを生み出しのはボク自身さ』
歯を見せながらニヤリと笑うシグレを横目で見ながらクロハも同意した。
「精霊ならば、そんなことは容易でしょうね…」
『フェアニヒトゥングは話が分かる。そこで、君たちだけに相談だ。相談というよりも、選択に近いかもしれない』
シグレは右手の指を一本立てて話し始める。
『まずは一つ目。このまま他の村へ亡命して新たな生活を始めること。
ちなみにそうしたら記憶をちょっと消させてもらって、もう二度とこの村に来ることはできなくなるから』
「「「…っ!?」」」
三人が驚く横で、クロハは目を細めながら視線を逸らした。
『なんで、って顔してるねぇ。でもね、これは“決まり事”なんだよ。こうやって幾つもの精霊が幾つもの村の存在を消して、そして作っていった』
「つまり、新しく村を作り替えるのか。村人を一掃して」
シグレは深く頷いた。
『精霊が村を新しくするのには、大きく分けて二つだ。一つは、今回のケースのように、村人が精霊に危害を加え、村を存続させるに相応しくないとする場合。これが主な要因。もう一つについては今回には関係ないから省こうか』
「初めて知った…」
「こんなこと知っているのは精霊自身か、 精霊に仕える巫女か、 キヨラや僕のような精霊と同一化したものぐらいですよ」
「…って、クロハさんもそうなんスか!?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
クロハは首を傾げて不思議そうに言った。
「言ってないッスよ…」
『話を続けよう。精霊は人に信じられて初めて、精霊として存在できる。だからこそ、精霊は人を生み、村を作るんだ。そのために、村人は必ず元の村の記憶を消さなければかつての村との記憶の矛盾が産まれてしまう。これは精霊の“決まり事”に反する』
「つまり、記憶を消して村から追放することでこれから生まれる新しい水の村との矛盾を防ぐ、ということか」
シミズが若干頭を抱えながら言う。それに、シグレはにっこりと笑った。
『うん。アタリ。じゃあ二つ目だ。予想はついてると思うけど、今そこにいる村人同様水の中で眠りにつく』
シグレは親指で沈んだ村を示した。シミズたちは思わず唾を飲み込む。
『安心して。いつかは必ず目が覚める。その時には、自分が眠っていたことも、水の呪い子があったことも覚えていないから』
「もし、そうなったとして……」
シミズの声は震えていた。
「キヨラは、どうなる。俺たちと一緒に眠りにつくのか?そうしたら、水の呪い子だったということはどうなるんだ」
『キヨラは………』
シグレは少し俯きながら目を瞑った。
『ボクと意識を共有したままこの世を生きる』
イクリは笑顔を歪ませながら小さく言った。
「って、事はッスよ…?キヨラちゃんは眠ることはないって事ッスか…?」
「私達が目を覚ましたとき、キヨラはどうなっているんです」
『眠りにつくことは時が止まっていることを意味している。だから、おそらくはキヨラが生きているうちに、君達が目を覚ますことはないだろう』
「結局、俺らとキヨラは同じ時間に生きることは出来ないと言うことか」
シグレはついに、彼らに背を向けた。
『元からその予定だった。どの呪い子たちも、何かしらのきっかけがあればボクは覚醒できた。そのきっかけを与えたのはフェアニヒトゥングであり、奇しくもそうなってしまったのはキヨラだった。ただ、それだけだ』
その場に沈黙がはしる。口にできる言葉が思い付かないからだろうか。だが、そんな沈黙をどうにかしたくて、お互いで視線をぶつけ合ってしまう。
そして、ひとりの男が口を開いた。
「俺は水で眠る」
「し、シミズ先輩っ…、本気ッスか?だって、村から出た方がキヨラちゃんに会える可能性が…」
「記憶は消されているんだぞ。キヨラと認識することは、きっと出来ないだろう。それに、キヨラにはもう水の村に縛られて欲しくない」
すると、ムラサメがばっとシミズの手をとった。
「私もご一緒します!あなたが、なにを選択したとしても、私はどこまでもあなたについていく所存です」
それに続いてイクリもムラサメの手に自分の手を重ねた。
「……お、オレもっ!」
シミズはぽかんとして二人の顔を見つめた。その瞳は戸惑いに揺れている。
「キヨラは、俺の問題だ…。お前等にはお前等の人生が……」
『シミズ、っていったけ?すまなかった。娘を呪い子なんかにしてしまって。それでもなお近くで見守ってきてくれたこと、キヨラの代わりにお礼の言葉を言いたい。ありがとう』
「それ、どう言うことッスか……!?」
イクリが衝撃を受けて目を丸くした。救いを求めてムラサメを見るが、大した表情を見せずにイクリを見返した。
「シミズ先輩がキヨラの父親であることも、名前が“清水”であることも存じている」
「「えっ…?」」
「シミズさんも、知らなかったようですね。ムラサメさんはとっくに気づいていましたよ。あなたがキヨラの父親であること」
「オレだけ知らなかったって事ッスか!酷いッス!!」
その場の空気が明るくなった気がした。シミズは小さく笑い、そして微笑みながら言った。
「解ったろう。これは、俺の問題。だから無理に俺についてこなくても…」
「いいんスよ、シミズ先輩」
イクリが屈託のない明るく笑顔をする。
「オレの目的はキヨラちゃん。でも、あの部署に入って、すごく楽しかったんス。オレの日々にキヨラちゃんじゃない楽しみを与えてくれたのはシミズ先輩ッスから、その恩返しをいつかしたいと思ってた、それが今日になっただけッスよ!」
「カイ…、ムラサメ…。全く、お前等は相変わらず馬鹿だな…」
そう言うシミズの目からは一筋の涙がこぼれていた。その光景にシグレは満足したようで、優しく笑うと彼らに手をさしのべた。
『さて、そろそろだ。キヨラの安全はこのボクが保証しよう。絶対に殺させないから、安心してくれ。この手を取れば、ボクの力で水の中に沈んでいく』
シミズは小さく返事をしながら涙を拭き、ムラサメ、イクリと共にその手を取ろうとしたときだった。
「そうだ、聞きたいことがあったんでした」
思い出したようにクロハがぽつりという。
「僕がキヨラの家に泊まった夜、訪ねてきたガスマスクの人物に心当たりはありませんか?」
その問いに三人はお互いの顔を見合わせる。そして、イクリがいたずらっぽくウインクしながら言った。
「そうッスね~…。俺的にはシミズ先輩が怪しいッスね」
「ああ、確かにイクリの言うとおり俺がやった」
「何を仰るんですか。私がやったんです」
「ってことは、あの場にいたのはムラサメさんとシミズさんですか?」
『フェアニヒトゥング、これは論理パズルだ。しかも、ごく初歩的なね』
シグレの言葉にクロハの頭の上には沢山のハテナが浮かび上がる。
「シグレさんの言うとおり、これは論理パズルッス」
「私達三人の中、本当のことを言っているのは一人だけであり、かつ本当のことを言う者がクロハ殿の言っているあの場にいたものだ」
「俺たちの最後の土産だ。キヨラをよろしく頼むよ」
そういうと、三人の体は水で包まれた。その中で沢山の泡が踊り、三人の服をそれぞれゆらゆらとゆっくり揺らしていた。そして、湖の底へと落ち、沈んでいった。彼らの顔は穏やかだった。
『あとはあっちの村人を沈めれば終わりだ』
シグレが遠くに固まっている村人の集団を、シミズたちと同じようにして沈めていくのをクロハはじっと見ていた。
∞∞∞∞∞
『さて、そろそろボクもキヨラの意識の中に消えるかな』
大きく伸びをしたシグレは、クロハを一度見て、視線を逸らした。
『今、お前が何を企んでいるのか分からない。でも、どうせろくでもないことに違いない。だからボクがしばらくはお前のお目付役になってやる』
「一つ、ずっと言いたかったことがあります」
シグレは逸らした視線をもう一度クロハに向けた。
「あなたと破壊の精霊との間に何があったか分かりませんが、僕はクロハ。フェアニヒトゥングと呼ぶな」
クロハがシグレをじろりと睨むと、シグレは肩をすくませてため息をついた。
『分かったよ、クロハ。もうその名で呼ばない。だから一つ頼まれてくれ』
「…何でしょう」
『ボクの意識がなくなった後、しばらくはキヨラは目を覚まさない。だからそれまで彼女の体を背負って運んでやってくれ。そして、クロハの旅に同行させてやって欲しい。それだけだ』
よろしく頼む、とだけいい、シグレは目を瞑った。それだけで、キヨラの体からすべての力が抜けたようにふらりと前のめりに倒れ込みそうになる。それを、クロハは腕で受け止めた。
「頼み事は二つじゃないですか…。ヴァッサー、あなたも十分昔と変わらず図々しいことだ」
クロハはキヨラを背負うと、森の中へと歩み始める。そして霧がうっすらと、そして段々と色を増して突然出始める。その時、ぽつり、と言葉が漏れた。
「全く、あの人も人使いが荒いですねぇ。いきなり現れて水の呪い子を助けてやって欲しいだなんて、ね」
クロハの背中は森の奥へと進む度に霧によって姿がかき消され始める。
隠されていく景色とは裏腹に、クロハの心は全ての謎が解けたことですっきりとしていた。
その謎の答えが、クロハの口から出ることはない。
これにてキヨラ編終了、となります。
最後説明文ばっかりで分からなかったですよね、作者も分からなくなりました!
伝えたい文とそれをつなぐ文の脈略をつくる工程に時間がかかってしまい、色々あって遅くなりました(笑)
いつか修正、または今まで出てきた設定をまとめてみようかと思ってます。
私はどうしても文を沢山書いてしまって、ものすごく見にくい文になってるので治せるよう頑張ります!
そして、最後には論理パズルを入れてみましたが、果たして問題の作り方が合っているのか…(笑)
でも、これが合っているならば、シグレ君の言うとおり、メチャクチャ簡単な問題ですよ。
来月の後書きにでも答えを書くので、まぁ、是非答えを考えてみてください(笑)