表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SPIRITS  作者: Akk
Ⅱ 水に選ばれし者
12/26

 4

 『水の村』は規模が大きい。村の中心部は海の向こうにまるで島のようにあるのだが、村の範囲はそこだけでなくその島に通じる陸地にも広がっている。どうやら、キヨラが住んでいたのはその陸地だったようだ。

 キヨラの家の前を流れる川の下流に少し大きめな建物がある。そこはキヨラから送られるルンペンの報告や、衛兵の使いなど、キヨラに関することを全般的に対応している部署である。

 謎の衛兵三人衆に連れられて、クロハはそこに案内された。来賓専用の執務室の立派そうな皮のソファーに座らされ、しばらく待たされていると、ドアから先程キヨラの頬を叩いた青年、更に、険しそうに眉間にしわを寄せた男性、にこにことした笑顔を張り付けたようなクロハよりも少し年上そうな少年が入ってきた。その三人はクロハの向かい側にあるソファーに座って、バラバラに礼をする。

「改めてご挨拶します。私達は水の呪い子の監視を担う仕事をしております。私はムラサメ。此方は私の上司であるシミズ」

 男性が無愛想に軽く頭を下げる。

「此方は私の部下であるイクリ」

 少年がへらへらと笑いながら礼をした。

「はじめまして。僕はクロハと申します。『破壊の村』から来たルンペンです」

 今度はクロハが挨拶をしたかと思ったら、イクリと紹介された少年が身を乗り出すように聞く。

「『破壊の村』!ずいぶん遠くから来たんスねぇ。それよか、アナタキヨラちゃんとこに滞在したんスよね!」

「そうですが……」

「やっぱり!羨ましいなぁ。彼女、とっても可愛いですよね~。だって俺は彼女に会うために…」

「黙らんかイクリ」

 ムラサメは勢いよくイクリの頭を殴り倒す。殴られたイクリは頭からだらだらと血を流しながら肘おきに倒れ込んだ。

「見苦しいところをお見せしました。後でもう一度殴っておくので安心して下さい」

「それはそれは、とても良かったです」

「さて、こんな茶番は置いて置いて、本題に入りましょう。先輩、よろしくお願いします」

 すると、男性がおう、と応じてようやくクロハの顔を見た。

「さて、クロハ…だっけ?あんたは呪い子のところに滞在したらしいが、本来それは禁じられている。奴には他の誰かの介入を許可されていない。それはいままでも、そしてこれからもそれが許可されることはないだろう。だから、あんたにはこれからあっちの中心部の方に泊まっていただくことになるが、異論はねぇか?」

 クロハシミズの質問よりもムラサメがよく彼の口の悪さに悪態を付かないなと少し感心しつつチラリとムラサメの方を見ると、きらきらと憧れの目をシミズへ向けて話を聞いていた。

 本来それをしっかり聞かねばならないのはクロハの筈だが………。

「そうですねえ………。村の方へは観光に行こうなとは思ってるんですけど、宿泊の方はここではいけませんか?」

 シミズとムラサメがアイコンタクトをして、シミズがクロハへその質問の答えを言う。

「ダメだ。先程から言っているが、呪い子には他人の介入が許されていない。ここに泊まってしまえば介入がやりやすくなってしまう。だからここには……」

「いいじゃないッスかセーンパイ!俺らがクロハサンの見張りに付けばいいんスよ」

 復活したイクリが楽しそうに先輩二名に指を指す。その二人はイクリの方を心底嫌そうな顔で睨んでいた。

「あれぇ……」

「あのな、カイ。四六時中ルンペンなんか見張ってたらただでさえ量の多い仕事が余計に終わらなくなるんだぞ」

「先輩の言うとおりだ。それに、お前も仮にだってここの幹部だ。もっと他に示しの付くような発言をしなさい」

「そう言いますけどね、あっちに渡る船に乗るためには乗船記録は残ると言っても、なんの報告も、許可も必要無いんスよ?だったらここでしっかり監視してキヨラちゃんに近寄らせないようにすることが先決なんじゃないんスかね」

「……………」

 ムラサメはイクリの発言に黙り込んでしまう。

「……ほんっとうにお前はこういうときだけは頭が働くよなぁ」

 シミズが悪態を付きながら頭をかいた。

 それに反応したムラサメがシミズの方へぱっと向く。その顔は少々驚きに満ちていた。

「まさか、先輩……。許可なさるんですか…!?」

「確かにカイの言うとおりだよ。俺らの主張は、俺らにしか通用しない主張だ。ルンペンには関係ない主張であるのに対し、イクリのは俺らにも、ルンペンにも通用するんだよ」

「さぁっすがシミズ先輩、よく分かってらっしゃる♪そゆことで、いいッスよね、ムラサメ先輩」

「…………………分かった。お待たせしましたね、クロハ殿。ここで泊まる許可が下りました。ただし、アナタがこの館内、そして外出をする際には、必ずこのイクリを連れて行動してください」

「へっ?」

 先程まで得意そうににこにこと笑っていたイクリの顔が固まる。

「こんなアホでも、道案内ナビぐらいにはなるでしょう」

「ムラサメ先輩ぃぃ?」

「安心しろ。仕事の量くらいは考えておいてやる。精々減って十分の一程度だがな」

 イクリの表情が今度は絶望に変わった。

「あぁ、安心しました。イクリさん、よろしくお願いします」

 クロハが律儀に礼をすると、イクリが口から血を垂らしながらひきつった笑いをクロハへ向けながら、親指を立てた右手をクロハに見せた。


         ∞∞∞∞∞


 クロハがイクリに泊まる部屋を案内させてもらうために真っ白で汚れのない近代的な廊下を歩いているときに、ふとクロハがイクリへ尋ねる。

「そういえば、質問いいですか?」

「どーぞ?クロハサン」

「シミズさん、でしたっけ?その方、貴方のことを“イクリ”ではなく、なんのつながりもないような“カイ”と呼びましたよね?あれってなんなんですか?」

「あーあれスか。別に呼び間違えでも作者の変換ミスでもないッスよ。俺の名前は漢字では“海石”と書くんス。その海の音読みはカイ。だからそう呼ばれてるだけッス」

 そうですか……とクロハがつぶやくと、イクリが少し興味を持ったようで、クロハにも尋ねる。

「じゃ、クロハサンの名前の意味はなんてゆーんスか?アナタの名前にも何かしらの意味はあるッスよね?」

「僕は……」

 クロハは少し言うのに戸惑うように視線を泳がせたが、すぐにイクリの方へ視線を戻した。

「僕の名前のクロハは漢字で書くと“黒羽”。死肉を荒らし、ゴミをついばみ、不幸を呼ぶと呼ばれるからすの意です」

 イクリはビックリしたようにクロハを見つめ返すと、ぷっと小さく吹き出した。

「面白い方ッスね!俺は嫌いじゃないッスよ、アナタみたいなヒト」

「まるで僕を嫌っている人がいるような口振りですね」

「そりゃまぁ、シミズ先輩ッスよ」

 クロハはおや、という顔を見せる。

「僕はてっきりムラサメさんかと…」

「確かにムラサメ先輩もアナタに好意を持っているかと聞かれれば全然持ってらっしゃらないと思うんスが、シミズ先輩のアナタ嫌いよオーラはちょっと今回ハンパないッス」

 そんなオーラ出てたかなあと首を傾げるクロハをイクリはちらりと見て、先ほどのにこにこ顔に戻った。

「いやぁ、まあ別に気にしなくてもいいんスよ。ただの人見知りだと思いますし、あのヒト大抵最終的には好きになっていくんで」

 そして、まあ…と言葉を続けるイクリの笑顔に少々影が差す。

「比例式でムラサメ先輩に嫌われていきますが」

「ムラサメさんはシミズさんを随分慕っているように見受けられますね。どうしたんですか?」

「あの二人のことは俺がここに入る時からあんなんでしたッスよ。特に俺はシミズ先輩に本当によくして頂きましたから、ムラサメ先輩にはちょびっと嫌われてるんス」

 あれがちょびっと……とクロハが小さく呟いたとき、イクリが立ち止まった。

「さ、此処がアナタの部屋ッスよ。バイブレーダー渡しておくので、どこか行くとき、何か用があれば遠慮なく鳴らしてください」

 ニコッと笑ってイクリはクロハの元を離れていく。それを見た後、クロハが部屋のドアを開けると、謎の中年男性が必死に鏡に向かってカツラを直している光景があった。

 そしてすぐに、まだ近くにいたイクリのバイブレーダーが反応する。

 そこでようやくイクリははっと思い出した。

「あっ、間違って課長の部屋案内しちゃった(笑)」

 ちなみに、その課長というのはシミズより三つほど偉い人物である。

三人の新しい登場人物が出てきました。

裏話ですが、自分はムラサメを後半ずっとキリサメと打っていました(笑)

絶対彼に怒られますねぇ…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ