パラノイア
「さあ、おいで。こっちこっち」
いつからか、その声は聞こえるようになった。
天井も壁も床も、なにもかもが真っ白なこの世界で、
繰り返される声。
それは今まで、幾度となく続いた。
声の主を探してみるけれど、全然見つからない。
「おいで」って言ってるのに見つからないんじゃ、
どうしようもないのに。それと、いいお友だちになれると思うのに・・・。
でもここは、あたししかいない。ここは病室で、
めったに人が来ないんだから。
それでも聞こえる、あの声。あたしのお友だちになってほしい声。
そして、また聞こえる。
「大丈夫。ここを出て、ベランダへ」
今のは・・・?あたしに言ったのかな。
とりあえず、ベランダに行こう。もしかしたら、この声の子がいるかも・・・?
ギィ・・・
久しぶりに開けたドアは、
少し重かった。押し戻されないよう
身体全体で開ける。
病室と同じ素材の床。ほんとうにどこもかしこも真っ白で
久々の外に失望した。
そういや、建物の外に出るのはいつぷりだっけ。
ワクワクとドキドキが入り混じった、変な感じ。
“あの子”に会えるかも知れない、という思いも手伝い
胸のドキドキは増していく。
廊下の突き当たりに、物干し竿が置いてあるベランダが見えた。
ここからでは“あの子“がいるかはよくわからない。
よいしょ・・・
病室にずっといたせいで、腕に上手く力が入らない。
やはり身体全体を使い、反動でよろけながらベランダのドアを開ける。
ふわっ・・・
髪が風に流される。のばしっぱなしでボサボサの長髪は、
それでもあたしの自慢の髪だ。
病室の先生以外に見せるのは、ほんとうに久しぶりで
少し気恥ずかしい。
ベランダの手すりの方へ行くと、男の子がぼんやりと立っていた。
あたしは、すぐ駆け寄ろうとしたが、
「ちょっと待って。ついてきて」
そう言った声は、
やっぱりあたしの頭の中から聞こえるようで現実味がない。
それでも、ついていく。
男の子は、手すりの上に器用に立ち、
くるっとあたしに向き直り、
クスクスと笑った。
あたしに、やれって言ってるのかな。
いまいちわからないが、
あの子の手を借りれば、まあなんとかなるだろう。
手すりによじ登り、1番上まで行く。
ふいに、男の子が手すりの向こう側へとんだ。
えっ・・・?
あたしは、すぐには動けなかった。でも助けなきゃ。
あの子を助けなきゃ。
「クスクスクス・・・」
あの子の声は、相変わらず、あたしの頭の中からで、
でも今はそんなこと、どうでもいい。
一気にあたしは、手すりをとびこえた。
「あたし、やればできんじゃん」なんて思いながら、
あの子の手を・・・・・・。
あれ・・・?
落ちゆくあの子の姿が、ない。
落下の加速度は、おかまいなしに、どんどん上がる。
「そう。こっちへおいで」
また、頭から声がする。
結局、あの子のことがわからなかったな。
この声があの子の声、っていう証拠もないし。
・・・―痛みは全くなかったが、
ものすごい衝撃が、あたしを襲った。
一応フィクションですが、
私が経験した気持ちを
イメージしてえがいた作品です。
読者の心にガツンと来る作品を書きたくて書きました。