Episode 1:我が名はヴァジーニア!
この『特命天使 ヴァジーニア』という作品は、
勧善懲悪の1話完結式ヒーロー物として書いたものです。
ゆえに、お気楽に読んでいただければ幸いです。
ここは日本という国のとある関東地区。ある夏の早朝…… 住宅街から少し離れた小高い丘の一角に、いわく付きで長年買い手が付かず、放置されていた豪邸があった。そのリビングには、下界に転生した二人の天使がいた。その名はアルフェレールとゼノヴィア。
アルフェレールは、漆黒の美しい長髪を持ち、170cm前後と思われる長身でキレ長の目を持つ美少女、その胸には、2級天使の証であるシルバーのロザリオが輝く。ゼノヴィアは、栗毛のショートが似合う160 cm前後のクリっとした目の可愛らしい感じの美少女で、アルフェレール同様に、その胸には、3級天使の証である銅のロザリオが輝いていた。
「ねぇ、ねぇ、アルフェレール様ぁー、どーして下界では、うち達のような者を指差して、JKだ!と非難するのですかぁー?」
「ゼノヴィア、それは非難ではないぞ! むしろ、賞賛だ。純情なコというな!」
「そうなんですねぇー? ぷぷっ、それにしてもアルフェレール様ぁー、とーっても、とーっても、お似合いですよ? そのセーラー服というお召し物。元執事だったとは、とても思えませんわぁー。可愛すぎて、鳥肌立っちゃいました。ほら、これ、見てくださいよぉー」
そう言って自慢げに、アルフェレールに右腕を差し出すゼノヴィア。
「すっ、好きでやっているわけではない。任務のためだ。そうゆうお前も、元メイドであろう? その格好、恥ずかしくはないのか?」
「何をおっしゃいます、アルフェレール様。恥ずかしくなど、あるわけないですわ。むしろ、萌えぇーじゃないですか? こんな可愛らしい衣装を着て、天界と同様、ヴァジーニア様にお仕えできるのですから」
「うむ、そうであったな」
「アルフェレール様? お言葉ですが、その喋り方、なんとかならないのでしょうーか? 女子高生としては、問題があると思いますよ?」
「しっ、仕方なかろう? わたしは長らく、ヴァジーニア様の執事として働いていたのだから……」
二人の会話の中、セーラー服を着た150cm前後の小柄な美少女、ヴァジーニアが姿を現す。黄金に輝く長い髪、透き通るように真っ白な肌、大きな瞳が印象的で、その右の瞳はブラウンレッド、左の瞳はブルーに輝き、その姿は、神々しいほど美しい。その胸には、1級天使である証、黄金のロザリオが眩いばかりに光を放っている。
「お前達、準備はいいな?」
ヴァジーニアは、二人に向かって右手をビシッと水平に差し出すと、アルフェレール、ゼノヴィアは片膝をつき、
「イエス、マイロード」
二人はそう答え、ヴァジーニアに深々と頭を下げるが、ゼノヴィアは一人取り乱し、ヴァジーニアに飛びかかるように抱きついた。
「ヴァジーニア様ぁー、もぉーめっちゃ可愛い、めっちゃくぁわいい、めっちゃ可愛いよぉ~!」
ゼノヴィアは、ヴァジーニアの小柄な体をすっぽりとその体に収めるように、正面から強く抱きしめる。
「なっ! はっ、離せゼノヴィア。いっ、痛いだろっ! 朝っぱらから発情するでない! お前は、犬か?」
「そうです。うちはヴァジーニア様の犬。どうか、ヴァジーニア様のお好きにして下さい!」
ゼノヴィアは跪くと、今度はヴァジーニアの、それは艶めかしい真っ白な両生足を両手で抱え、頬ずりを始めていた。
「えぇーい、やめぇーい、離さないか! ゼノヴィア。いい加減、気持ち悪いぞっ!」
「ゼノヴィア、なんとはしたないマネを! 無礼であるぞ! ヴァジーニア様から、今直ぐ離れるのだ!」
「だってぇー、ヴァジーニア様ぁ~、萌え死ぬほどカワイイーんだもん。もうぉー、ヴァジーニア様のセーラー服姿、やばかゎゆすぅ~」
そう言って、一向に頬ずりを止めそうにもないゼノヴィア。
「くそぉー、このバカ怪力女、どーにかしろ、アルフェレール! こんな所で敵にでも襲われたら、それこそ、アウトだ!」
「イエス、マイロード」
業を煮やしたアルフェレールはゼノヴィアに颯爽と近付き、ヴァジーニアには見えないように、何かを見せながら耳打ちしている様子である。
「それ、本当ですかぁー、アルフェレール様ぁー」
今まで、執拗なまでに頬ずりしていたヴァジーニアの両生足を離し、両目をランランと輝かせるゼノヴィア。
「あぁ! このアルフェレールの、命に掛けても!」
「お前達、いったい、何をコソコソと話したのだ?」
「それは、ヴァジーニア様といえど、言えません。これは、わたくしとゼノヴィアの、個人契約事項ですから」
「そうか、まぁ、良い。では、参るぞっ! アルフェレール、ゼノヴィア。城鳴学園高等学校とやらに!」
「イエス、マイロード!」
二人は同時にそう答えると、
「ちょっと待て! お前達、何か大事な物を忘れていないか?」
ヴァジーニアは、アルフェレール、ゼノヴィアにそう諭す。
「不覚にも、このアルフェレール、大失態をやらかすところでした。ヴァジーニア様とお揃いの、その万能カバン、忘れるところでした」
「てへへっ、そういえば、うちもそうでしたぁー」
「ったく、お前達というヤツは……」
ううっ、上級天使である者、下級天使のこんな些細な失態で怒ってはいけない。怒ってはいけなのだぁーっ!
グッと両手を握りしめ、込み上げてくる怒りを堪えようと、必死な様子のヴァジーニアであった。
ヴァジーニア達一行が城鳴学園高等学校に向かう道中、それは一種異様な光景であった。ヴァジーニアが先頭を颯爽と歩き、その三歩後ろの右翼にアルフェレール、左翼にゼノヴィアが配置し、ヴァジーニアを先頭に三角形の陣形で歩く。その光景は、正にヴァジーニアがアルフェレール、ゼノヴィアを配下に従えた、スーパーお嬢様部隊の様相を呈していた。彼女達とすれ違う者達は、その圧倒的な美貌と高貴なオーラに威圧され、恐れおののき、次々と道を開けていく。
「アルフェレール様ぁー、さっきからうち達ぃー、なーんか下界の一般庶民から、びみょーに避けられていませぇーん?」
「うむ、そうだなゼノヴィア。理由はどうであれ、我々には有りがたい。ヴァジーニア様の警護が楽になるのであれば、これも良しとすべきであろう」
「アルフェレール様ぁー、いい加減、その喋り方、なんとかならないのですかぁー? その美しいお姿には、ぜっ全、似合わないですよぉー?」
「それは承知している。だが…… いくら任務とはいえ…… わたしのプライドが…… わたしのプライドがぁー」
「うふふっ、アルフェレール様の苦悩なされるそのお姿、もうぉー、ちょー萌えぇー、ですわぁ~」
「お前達、さっきから、何をグダグダ言っている? この任務に、不満でもあるのか?」
「いえ、めっそうもございません、ヴァジーニア様」
「ヴァジーニア様ぁー、どーして歩きなんです? 翼を出して飛んで行けば、あっと言う間でラクなのに……」
「ゼノヴィア、お前はもう少し下界の常識というものを覚えろ! わかったな!」
「ヴァジーニア様ぁー、常識とは、非常識と反対なるものですよね?」
「あぁ、そうだがっ?」
眉毛を釣り上げ、不機嫌そうに答えるヴァジーニア。
「んっ? ヴァジーニア様ぁー、何を怒っているのですかぁ~」
「あぁー、もーいいから、お前は黙っていろ! ゼノヴィア」
「ヴァジーニア様、ここは、このアルフェレールに免じて、どうかお怒りをお鎮めください」
「よかろう。但し、ゼノヴィアにはみっちりと、下界の常識教育を叩き込め! このボクが頼れるのは、アルフェレール、お前だけだ」
「はっ、ありがたきお言葉、ヴァジーニア様!」
ここが、下界でのデビュー戦となるわけか? ヴァジーニアはひとりニタっと笑い、城鳴学園高等学校の正門をくぐり始めた頃、ヴァジーニア達一行は通学する生徒達の注目を一身に浴びていた。
「ねぇねぇ、鮎美ちゃん。いったい、あの人達、なんなんだろ? あの前をスタスタ歩くセーラー服の三人組ってさぁー、みーんな、すっごくキレイだし、なんだろっ? こう高貴なオーラみたいもの、漂ってない?」
「確かに、すっごいよねぇー。だだならぬ、お嬢様軍団みたいだよね? でもさぁー、真結花。あの制服ってさぁ、この辺では全然見たことないよね? どこの学校だろっ?」
「でもさぁー、ほらっ、うちの学校の正門、今くぐったよ?」
「転校生、かな? こんな平凡校に?」
ガラガラ、っと、職員室の扉を勢いよく開くヴァジーニア。ちょうど朝のミーティング中であった先生達は、一斉に扉の方に振り向いた。
「なんなんだね? 君達は? うちの生徒ではないようだが?」
教頭先生らしき年配の男性が声を上げる。すると、ヴァジーニアは首に掛けていた黄金のロザリオを右手に取り、目の前に差し出した。
「下界の民よ! このロザリオが、目に入らぬのかっー!」
ヴァジーニアがそう叫んだ瞬間、黄金のロザリオから太陽光線のような眩しい光が照射され、職員室は瞬く間に光に包まれた。数秒後、その光は収束し、職員室は何事も無かったかのような静寂さを取り戻す。
「えっと、今日から当校の1学年に転入することになったヴァジーニア 天野君、アルフェレール 光輪 君、ゼノヴィア 美羽君、だったよね?」
先ほどの男性がそう促すと、
「はい」
「いかにも」
「モチの、ロンでぇーすっ!」
それぞれに、返事を返すヴァジーニア達。
「戸田先生、確か……この子達はあなたの担当クラスでしたよね?」
年配の男性教師は、眼鏡を掛けた30歳半ばの女性教師にそう確認すると、
「はい、教頭先生」
「じゃあ、後は頼みますよ?」
「はい」
こうしてヴァジーニア達は何の問題も無く、この学園の生徒として受け入れられることになったのであった。
ヴァジーニア達一行は、戸田先生が担当するクラスの教室の前まで来ると、私が呼ぶまで廊下で少し待っててもらえるかしら? と指示される。
「男子生徒諸君、君達に良い知らせがあるの! 今日、うちのクラスに女生徒が、3名も加わることになったの。みーんな、ハーフで帰国子女! しかも、とびっきりの美人ぞろい!」
教壇に立つ、戸田先生という女性教師が興奮ぎみにそう言うと、うおぉぉぉー! やったぁー! 今朝の子達かぁー! 等々、教室は、一瞬にして男子生徒達の歓喜に包まれた。
「じゃあ、君達、教室に入って!」
戸田先生に、そう促されたヴァジーニア達3人が教壇の前に立ち並ぶと、
すっげーえっ! きゃあー、かわいいぃーっ! まっ、マジかぁー! すっごーい! きっ、キタぁー! かわええー!! 超キレイー! 今度は男女問わず、歓喜の声が教室中を飛び交う。
すると、ヴァジーニアの眉はつり上がり、その顔にはみるみると怒りが込み上げていた。
「ヴァジーニア様ぁー、どうなされたのですぅー?」
ヴァジーニアの、激変に気付いたゼノヴィアが声を掛けると、
「お前達! 人間の分際でこのボクを愚弄する気かっ! 万死に値する。神の洗礼を受けよ!」
「ヴァジーニア様、どうかお待ちを!」
アルフェレールの制止を振り切り、ヴァジーニアはロザリオを再び目の前にかざす。次の瞬間、教室は光に包まれ、一瞬にして静まり返った。生徒達は急に大人しくなり、ヴァジーニア達は何事もなかったかのように席に着く。
ヴァジーニアのロザリオには、聖なる光を発動させる力があり、下界の民、すなわち人間達を意のままに操る力が備わっていた。この力は、神より黄金のロザリオを与えられた1級天使にしか与えられておらず、この三人の中ではヴァジーニアにしか扱えない。但し、天使である以上、一部の例外を除き、原則として聖なる光を使って人間に危害を加えるような行為は禁止されおり、これを破った天使は、神から天罰を受け、天使としての資格を失うことになる。アルフェレールがヴァジーニアを制止したのも、この天罰を恐れてのことだったのだが、それは取り越し苦労のようであった。
その後も、ヴァジーニア達を一目見ようと、休み時間の度に野次馬の如く他のクラス生徒達が押し寄せるが、その度にヴァジーニアは聖なる光の力を使い、追い払う。ヴァジーニアは、まさかここまで多人数の人間達に注目されるとは思っていなかったようで、聖なる光を使い過ぎ、かなり体力の消耗が激しい様子であった。
お昼休みに入り、ヴァジーニア達3人は、校舎の屋上で太陽に向かって両手を天に広げ、ちょうどY字のような姿勢で日の光を浴びていた。普通の人間であれば、食事をすることでエネルギーを得るわけだが、彼女達にとっては、日の光が下界で活動するエネルギー源となっている。つまり、彼女達の体は日の光を蓄電する太陽電池みたいなもので、特に飲食をしなくても生命を維持することができるのである。
「しかし、ヴァジーニア様、聖なる光を多人数に多用するのは、いかがなものかと……」
「そうですよぉー、ヴァジーニア様の体力が心配ですよぉー」
「あれくらいのことで、このボクが……」
そう言った次の瞬間、ヴァジーニアの体はふらつき、今にも倒れそうになる。
「ヴァジーニア様!」
危険を察知したアルフェレールは、ヴァジーニアをゴーインにお姫様だっこすると、
「アルフェレール、何をしている! このボクを恥ずかしめる気か!」
「ヴァジーニア様、ここは、聖なる口づけが必要です。恐らく、聖なる光を多用したことで、そのお体と魂のシンクロ率が低下してるものかと」
それを聞いてじゅるじゅるっと、よだれを拭うゼノヴィア。この瞬間、ゼノヴィアの理性のブレーカーが落ちた。
「ハイハイっ! うちがその聖なる口づけ、やりまーすっ!」
右手を突き上げ、猛然とアピールするゼノヴィア。
「いやいや、ここはわたくし、アルフェレールめがやるべき務め」
ヴァジーニアは、アルフェレールにお姫様だっこされたまま、アピールする両者の顔色を冷静に窺う。
「ダメダメっ! うちがやるのぉー! アルフェレールは、引っ込んでろっ!」
目が血走り、明らかに暴走を始めたゼノヴィア。
「今、上級天使に向かって、アルフェレールと呼び捨てにしたな! ゼノヴィア!」
プライドの高いアルフェレールは、頭に血が昇り始める。
「ヴァジーニア様はうちのモノ! アルフェレールなんかに、絶対渡さないんだからっ!」
その言葉に、ついにカチン! と来たアルフェレールは、
「ゼノヴィア! 今の言葉、聞き捨てならんっ! こうなったら聖なる口づけを掛けて、このわたしと勝負しろっ!」
「ふんっ! 望むところよ! 上級天使だからって、うちも手加減しないんだからっ!」
「お前達、いい加減にしろっ! さっきから黙って聞いていれば、たかが聖なる口づけぐらいで、何をムキになって争っているのだ!」
たまらず、暴走する二人の口喧嘩に割って入るヴァジーニア。
「ヴァジーニア様、お言葉ですが、下界で活動する天使にとって、聖なる口づけはお互いの命を分け合うことに等しい行為。それを汚すようなマネはできません。ゼノヴィアは、私欲でそれを汚そうとしたのです」
「そういうアルフェレール様だってぇー、やましい下心、あるんじゃないですかぁー? だってぇー、元男ですもの~」
「うっ、くぅ~。このアルフェレールを恥ずかしめるとは、ゼノヴィア! お前には、お仕置きが必要なようだな?」
「待て待て、お前達。聖なる口づけは、何も一人でする必要はなかろう? お前達二人で、交代ですればよいではないか。そうする方が、お互いの体力ダメージも少なくてすむ」
「さすが、ヴァジーニア様。このアルフェレール、その事に気付きませんでした」
「半分コってことですよねぇ~、ヴァジーニア様ぁ~。超あったまいいぃ~」
その二人の言葉に、呆れ顔のヴァジーニア。
「それよりアルフェレール、もういい加減、下ろしてくれないか? いつまでこのボクを恥ずかしめる気だ?」
以前として、アルフェレールにお姫様だっこされたままのヴァジーニアがそう言うと、
「こっ、これは申し訳ございません、ヴァジーニア様。ゼノヴィア! ここは、一時休戦としよう。ベッドを出してくれないか?」
「はいはい、わかりましたよぉ~」
ゼノヴィアは、半分イヤそうな顔をしながら胸のロザリオを目の前にかざすと、床に向かって光が照射され、瞬く間にベッドが現れた。
アルフェレールは、お姫様だっこしていたヴァジーニアを、そのベッドにそっと下ろすと、
「アルフェレール様、準備は整いました。ささっ、聖なる口づけ、お先にどうぞ!」
アルフェレールに対する反抗的な態度を一変させ、なにか企んでいるような笑みを浮かべるゼノヴィア。
「どうしたゼノヴィア! お前らしくないではないか。何か、よからぬ事を考えているのではないだろうな?」
「いえ、めっそうもございませぇ~ん、アルフェレール様。ささっ、お先に」
「お前達、ごじゃごじゃ言ってないで、早く済ませろ! こんな無様な姿、人間達に見られたくはない!」
「しばらく我慢を。では、失礼いたします、ヴァジーニア様」
「あぁ、早くしろ!」
アルフェレールは跪き、ベッドに寝ているヴァジーニアに顔を近づけていく。そして、お互いの唇同士が触れ合った瞬間、二人の体は光に包まれ、アルフェレールからヴァジーニアへ、生体エネルギーの伝達作業が始まった。二人のその行為は、意識を失った人間を蘇生させるための人口呼吸と同じようなものに過ぎないのだが、その様子を一部始終、よだれを垂らしながらがっつり見ていたゼノヴィアは、ひとりニヤニヤしていた。
あぁ、なんて美しい光景なのぉー。重なる唇と唇、上気してほんのり顔の赤いヴァジーニア様とアルフェレール様。いつも、口ではああ言って強がっているヴァジーニア様も、いざとなると、乙女のような恥じらいは隠せないのよねぇ~。あぁーん、ヴァジーニア様の、そのギャップに超萌えぇ~なんですけど? もぉー、こんなの、おいし過ぎるぅ~。こんな光景が生で見られるなんて、うち、なんて幸せなのぉ~。もう、今晩のオカズ行き、即決定!
「ゼノヴィア! ゼノヴィア!」
「えっ?」
ひとり妄想にひた走っていたゼノヴィアは、アルフェレールの呼びかけにハッと我に返る。
「どうした? ゼノヴィア、次はお前の番だ」
「ところで、アルフェレール様ぁ~、ヴァジーニア様との聖なる口づけ、どうでしたぁ~?」
瞳をキラキラと輝かせ、聖なる口づけに、大いなる期待を膨らませるゼノヴィア。
「いやぁー、これが何とも言えないぐらい心地良いというか、気持ち良いというか、ヴァジーニア様の唇の感触がまだ残ってて、もう最高の…… って、何を言わせるのだ、ゼノヴィア!」
「ふふーん、アルフェレール様ぁ~? 顔、真っ赤っ赤、ですよぉ~。超かわいいぃ~。でもぉー、そのこと、ヴァジーニア様に告げ口したら、アルフェレール様はどうなっちゃうんでしょうねぇ~?」
イタズラっぼい表情を見せ、アルフェレールを困らせようとするゼノヴィア。
「ゼノヴィア、頼む! 今の話、聞かなかったことにしてくれないか?」
両手を合わせ、必死に懇願するアルフェレール。
「アルフェレール様ぁ? それは、上級天使としてのご命令? それとも、お願いなのでしょうか?」
態度を一変し、真剣な表情でアルフェレールに詰め寄るゼノヴィア。
「めっ、命令だ!」
ゼノヴィアの真剣な眼差しに押され、ついそう口走るアルフェレール。
「ふぅーん、そうですかぁ~。つまり、それは職権乱用ってヤツですねぇ~。天使法 第184条のパワハラに該当すると思いますよぉ~。アルフェレール様ぁ~? このこと、天使委員会に上申したら、アルフェレール様は……」
「まっ、待った! さっきの命令は取り消す。この通り、お願いだ! ゼノヴィア」
プライドを捨て、ゼノヴィアに頭を下げるアルフェレール。
「って、ウソですよぉ~。ふふっ、もうぉー、アルフェレール様の困ったお顔って、サイコーに萌えますわぁー」
「ゼノヴィア、おっ、お前というヤツわぁー!」
思わず、右手を振り上げるアルフェレール。
「きゃあぁー、こわ~い、アルフェレール様ぁ~」
そう言ってヴァジーニアの枕元に駆け寄るゼノヴィア。
「お前達、今度は何を揉めているのだ?」
「ヴァジーニア様ぁ~、アルフェレール様が、うちをイジメるんですぅ~」
アルフェレールを指差し、今にも泣きそうな目で、ベッドに横になるヴァジーニアに訴え掛けるゼノヴィア。
「アルフェレール、それは本当か? それが事実であるなら、このボクが許さない」
ヴァジーニアには見えないように、べぇーっと、舌を出してアルフェレールを挑発するゼノヴィア。
「ヴァジーニア様、お言葉ですが、そのような事実はございません。ゼノヴィアとは、単なる意見の食い違いです」
大人の対応を見せるアルフェレールだが、内心、怒り心頭であったに違いない。
「わかった、アルフェレール、お前の言葉を信じよう。だが、アルフェレール、そのような事実があれば、降格は免れないということは、お前もわかっておろう?」
「それは承知しております、ヴァジーニア様」
「よかろう、この件は、ボクの権限において無に帰す」
この瞬間、チッっと舌を鳴らすゼノヴィア。それを聞き逃さなかったヴァジーニア。
「ゼノヴィア、このボクの決定に不服でもあるのか?」
「いえ、めっそうもございませんよぉ~、ヴァジーニア様ぁ~。それより、うちとの聖なる口づけ、早く済ませて元気になって下さい」
「そうであったな、ゼノヴィア。では、お前にも頼もう」
「イエス、マイロード!」
ゼノヴィアはそう答えると、ヴァジーニアの両肩をがっちりと両手で掴み、ベッドに押さえ付けた。
「いっ、痛いではないか、ゼノヴィア。力むでない」
「では、ヴァジーニア様ぁ~、遠慮なく、いただきまぁーすっ!」
「何を言っている、ゼノヴィア」
そう言うと同時に、ゼノヴィアに唇を奪われるヴァジーニア。アルフェレールの時と同様に、二人の体は光に包まれると、生体エネルギーの伝達作業が始まった。
必用以上にヴァジーニアの唇に吸いつくゼノヴィア。それに対し、手足をジタバタさせ、もがき苦しむヴァジーニア。
「ふぐっ、むごごっ」
その様子をひとり傍観していたアルフェレールは、胸を掻きむしられるような、何とも言えない気持ちに襲われていた。
なっ、なんなのだ、このざわざわした気持ちは…… このわたしが、ゼノヴィアに嫉妬しているとでもいうのか? そんなはずはない、そんなはずは…… このような邪念、捨てなければ己が討たれるべき堕天使になりかねない。もっとも危険なのはゼノヴィア、このわたしよりお前の方だ。ヴァジーニア様を想うあまり、情欲に溺れ、暴走しかねない。これは、わたしがなんとかしなければ…… そうしなければ、この“特命天使 ヴァジーニア隊”は壊滅の危機に……
そんなアルフェレールの心配をよそに、ヴァジーニアとの聖なる口づけを堪能したゼノヴィア。その目はトロンとし、視線は呆然と空を漂っている。ゼノヴィアは、女の子座りで床にぺたんとへたり込み、その体には、まるで全身の力が全て抜けてしまったかのような脱力感が漂っていた。それとは正反対に、ぴんぴんしているヴァジーニア。どうやらゼノヴィアは、聖なる口づけの際、情欲に溺れる余り生体エネルギーの転送量をコントロールできず、その生体エネルギーの殆どをヴァジーニアに分け与えてしまったようだった。
「ゼノヴィア、しっかりしろっ!」
元気を取り戻したヴァジーニアは、ゼノヴィアの肩を揺するも、ゼノヴィアの反応は何も返ってこない。その姿は、まるで植物人間にでもなってしまったかのようだった。
そのゼノヴィアの、変わり果てた様子を目の当たりにしたアルフェレールは、やはり、わたしの心配した通りのことになってしまった。そう心で呟くと、
「ヴァジーニア様、ここは、わたしにお任せを」
アルフェレールは、呆然とするゼノヴィアを抱き抱えると、そっとベッドの上に寝かせた。
「アルフェレール、ゼノヴィアをどうするつもりだ?」
「このまま、ゼノヴィアを日光の当たる所で、ベッドの上に寝かせておきましょう」
「それで、大丈夫なのか?」
「時間は掛りますが、体が日の光を吸収し、徐々に体力が回復するはずです」
「ということは、ゼノヴィアは今回の任務から外れることになるのか?」
「戦力ダウンは避けられませんが、今回のターゲットは、ゼノヴィア抜きでもなんとかなるかと……」
「甘いな、アルフェレール。この下界では『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』と言うのであろう? どんな小さな敵でも、油断は禁物だ!」
「ヴァジーニア様、このアルフェレール、不覚でした」
「では、参るぞっ! 午後の授業とやらに」
「ヴァジーニア様? お言葉ですが、我々天使が下界の学校の授業など、今更受ける意味が無いと思いますが?」
「それはそうだが、『郷に入れば郷に従え』と言うであろう? それに、下界の事をより詳しく知るための手段にもなる。天界では得られない、新しい情報もあるかもしれないのだからな!」
「それは恐れ入りました。このわたしも、精進いたします」
ヴァジーニアとアルフェレールは、午後の授業を終えると、今回のターゲットとなる獲物に迫るべく、生徒会室の前にいた。
ヴァジーニアは、胸に掛けられた黄金のロザリオを右手にギュッと握りしめ、
「心の準備はいいな? アルフェレール」
それは、緊張を隠せないヴァジーニア自身への言葉でもあった。
「いつでもどうぞ、ヴァジーニア様!」
ヴァジーニアは一呼吸すると、
「では、突入するぞ!」
「イエス、マイロード!」
ガラガラ、っと、ヴァジーニアは勢いよく生徒会室のドアを開ける。すると、そこに居た3名の男子生徒達が一斉にヴァジーニア達に視線を浴びせた。ヴァジーニアは黄金のロザリオを目の前にかざし、
「生徒会長 西條ひかる! 天命を受け、この地に降り立つ我が名はヴァジーニア! このロザリオに掛けて、貴様の悪事を浄化する!」
「いやぁ~、待ってましたよ~、ヴァジーニア君。校内で一番の美人との噂の高い君が、いつここに来てくれるのかと、首を長~くしてたんですよ~」
「ふざけるなっ! 西條ひかる! 貴様の数々の下界での悪行、調べはついている。神妙にお縄につけいっ!」
「何を仰っているのですかねぇ~、ヴァジーニア君。頭、どこかで打っちゃったんですかぁ~」
西條ひかるは、その美しい長い髪を掻き上げると、パチンっ、と指を鳴らす。その瞬間、他の2名の男子生徒達は、机の中に隠し持っていた黒い筒のような物を取り出し、ヴァジーニア達に向けた。
「貴様達、なっ、なんのつもりだ?」
「ヴァジーニア様、あれは下界の何かの武器のようです。ご警戒を!」
アルフェレールのその言葉に身構えるヴァジーニア。
「お縄につくのは、ヴァジーニア君、君達の方だ!」
西條ひかるは、再びパチンっ、と指を鳴らすと、ヴァジーニア達に向けられた2本の黒い筒のような物からネットが勢いよく飛び出し、一瞬にしてヴァジーニアとアルフェレールを同時に包み込んでしまった。もがけばもがく程、そのネットは絡まり、ヴァジーニアとアルフェレールはお互いの脚が絡み合って床に転んでしまう。そして、ヴァジーニア達は、お互いが背中合わせのような格好で床に寝そべり、全く動けない状態に陥ってしまった。
「フハハハハっ! こんなにもあっさりと、捕まっちゃうなんてねぇ~。美しい君達が、こんなあわれもない姿で台無しだぁ~。あぁー、無様だねぇ~。でも、面白くないなぁ~。ヴァジーニア君、もっと私を楽しませてくれよ~」
西條ひかるは、部下の生徒達に命じ、ヴァジーニアとアルフェレールが胸からぶら下げていたロザリオをあっという間に取り上げた。
「うっ、くっ。ボクとしたことが、うかつだった。ヤツに協力する人間がいたとは……」
「このような事態になってしまい、申し訳ございません、ヴァジーニア様」
特命天使の使命は、悪魔や堕天使を捕えることであり、一部の例外を除き、原則として人間に危害を加えてはならない。ヴァジーニア達は、西條ひかるにこの点を逆手に取られてしまったようであった。
「おやおや、内輪で慰め合いかい? ヴァジーニア君。美しい友情ですねぇ~。このロザリオ、返して欲しいですかぁ~?」
これ見よがしとばかりに、ヴァジーニア達の目の前でブラブラと黄金とシルバーのロザリオを振り、挑発する西條ひかる。
「……」
「ほぉー、今度はだんまり、ですかぁー? 君達、このロザリオが無いと、なぁーんにもできない、ただの人間と同じ、クズのようなものですからねぇ~」
「西條ひかるっ! なぜ、貴様がその事を知っている。それに、なぜ我らがここに来ると知った?」
「それは、企業ヒミツってヤツですかねぇ~。ヴァジーニア君がどーしてもっていうのなら、冥土の土産に話して差し上げてもいいですけど?」
「あぁ、それは、ぜひ聞かせてもらいたいものだな?」
(アルフェレール、ボクが西條ひかるの相手をしている間に、ゼノヴィアを呼び続けるんだ!)
(ヴァジーニア様、ゼノヴィアの意識が感じられません!)
(いいから、呼び続けるんだ!)
(イエス、マイロード!)
ヴァジーニア達をはじめとする天使達は、下界で言うところのテレパシーのようなものを使い、言葉を発することなく会話することができるのであった。従って、この会話は西條ひかるには聞き取ることはできないはずであったが……
「その前に、そういえば、もう一人、ヴァジーニア君のお友達がいましたよねぇ~。確か、ゼノヴィア君という可愛らしいコ、今、どーしてるのですかぁ~?」
「あぁ、会えなくて残念だったな、西條ひかる。ゼノヴィアは、体調不良で今日は欠勤だ」
「それは残念。では、今度出勤されるときは、ぜひとも指名させていただきましょう。たっぷりと、可愛がって差し上げますよ」
「ところで西條ひかる、本題の前に、最後のお願いを聞いてもらえないだろうか?」
「最後のお願い、ですかぁ~? まぁいいでしょう。聞いて差し上げますよ。他ならぬ、ヴァジーニア君のお願いですからねぇ~」
「最期ぐらい、キレイな姿で死なせて欲しい。だから、このネットを外してはくれぬか? 我らを拘束するだけなら、手足を縛るだけで十分であろう?」
「もう少し、君達の無様な姿を堪能したかったのですが、いいでしょう」
パチンっ、と西條ひかるが指を鳴らすと、部下の男子生徒達は備品庫からビニール紐を取り出し、ヴァジーニア達の両手同士、両足同士をそれぞれ縛り付けた。そして、上体を起こされ、体育座りの格好で床に座らされると、ようやく絡まっていたネットが取り除かれた。
「よし、いいだろう。君達はもう帰宅したまえ」
西條ひかるは、男子生徒達にそう指示すると、彼らは一礼をして生徒会室を後にした。どうやら彼らは、西條ひかるに一種の催眠術のようなもので操られているようであった。
「ふんっ、人間達を巻き込まないよう、気を利かせてくれたというわけか?」
「そうだ。私はやさしいだろう? ヴァジーニア君」
「では、本題に入ろう、西條ひかる。なぜ、貴様が我らの行動を知りえたのだ?」
「それは、君達の仲間の中に、内通者がいるってことですよ~」
「内通者だとっ? それは…… もしかしてゼノヴィアなのか!」
「そっ、そんなバカな。ヴァジーニア様、これはきっと、何かの間違いです!」
「イヤイヤ、君達が仲間を信頼し、お互いを尊敬し合うのはわかりますよ。この私もかつてはそうでした。しかし、私は裏切られたのだ! そして、私は堕天使と化した。その屈辱を君達にも味わってもらおうと思いましてねぇー」
西條ひかるは、またしてもパチンっ、と指を鳴らす。それと同時に、生徒会室の後方の扉からゼノヴィアが姿を現した。
「ゼノヴィア! どーしてお前がここに!」
西條ひかるに操られるゼノヴィアに愕然とし、項垂れるヴァジーニア。
「なんということだ! ゼノヴィアが西條ひかるの魔の手に堕ちるとは……」
“特命天使 ヴァジーニア隊”は壊滅…… この言葉がアルフェレールの頭の中を支配する。
「さぁ、ゼノヴィア君、ショーの始まりだ! ヴァジーニア君達を思う存分、弄んでくれたまえ!」
ゼノヴィアは、言葉を発することもなく始終無表情のまま、一歩一歩、両手足を縛られたヴァジーニア達に近づいて行く。
「ゼノヴィア! ボクだ! わからないのか!」
「ヴァジーニア君、ゼノヴィア君に何を言ってもムダですよ~。彼女は、完全に私の手中にあるのですから~」
ゼノヴィアが胸に掛けたロザリオを右手に取ると、ロザリオは眩い光を放ち、瞬時に鞭へと姿を変えた。
「ほほう~、これは良い趣向ですねぇ~。公開SMショーというわけですか? ゼノヴィア君、わかってらっしゃる。では、ロウソクも用意してあげましょう」
西條ひかるが、ヴァジーニア達から奪ったロザリオを目の前にかざすと、ロザリオからゼノヴィアに向かって光線が照射され、ゼノヴィアの左手には瞬時に火のついたロウソクが現れた。
「さぁ、これで準備は整いましたよ、ヴァジーニア君、そしてアルフェレール君。これは私からの最高のプレゼントだ。思う存分、このショーを楽しんでくれたまえ!」
西條ひかるがそう言うと同時に、ゼノヴィアは鞭を持つ右手を振り上げた。
「ゼノヴィア! 待て! 今朝、このアルフェレールと交わした約束、それを思い出すのだ!」
アルフェレールの言葉が通じたのか? ゼノヴィアの右手は、振り上げたままの状態で一旦停止した。
「ムダなあがきですよー。先ほども言ったでしょう? ゼノヴィア君には、君達の声は届かない」
「ゼノヴィア! お前にやられるのであれば、それも本望。他のヤツにやられるよりかは遥にマシだ!」
「ヴァジーニア様、最後まで諦めないでください!」
「いやぁ~、美しき友情ですねぇ~。それも、もうこれで終わりですがねぇ~。ゼノヴィア君、さあ、ショーの続きを!」
ついに鞭を持つゼノヴィアの右手が、ヴァジーニアに向かって勢いよく振り下ろされた。絶対絶命の危機に、縛られた両腕で顔を覆うヴァジーニア。バチン! 鞭は大きな音を立てる。しかし、それはヴァジーニアを叩いたのではなく、床を叩いたのであった。そして、その次の瞬間、
「あぁー、もぉーダメぇ~。うちには、ヴァジーニア様を叩くことなんてできなよぅ~。うち、ちょっぴりSだけど、本当はドMなんですぅ~。こんな小芝居、もうやーめたっ!」
ゼノヴィアのその言葉に、唖然とするヴァジーニアとアルフェレール。
「あぁーもうー、ダメじゃないかぁー、ゼノヴィアくーん! 途中で投げちゃー。あぁーあ、もうちょっとでヴァジーニア君達が鞭で悶える、エロい姿が見れたのにぃー」
ヴァジーニアとアルフェレールは、西條ひかるとゼノヴィアを交互に見つめ、何がなんだか、状況の掴めない状況に陥っていた。
「いったい、どうゆうことだ! ゼノヴィア!」
ようやく冷静さを取り戻し始めたヴァジーニア。
「えっとぉー。実はコレ、ぜーんぶ、お芝居なんでぇーすっ!」
あっけらかんとした表情でそう答えるゼノヴィア。
「つまり、ゼノヴィア! 我々は、まんまと騙されたということか?」
ゼノヴィアの言葉に、ようやく状況を理解始めたアルフェレール。
「ゼノヴィア! お前は、西條ひかると最初っからグルだったというわけだな?」
「ヴァジーニア様、んーっ、それは、首謀者の西條ひかる、いえ、ヴァーシリィー様に聞いてくださーい。では、どぞぉー」
「なにぃー! ヴァーシリィー、だとぉー! なぜ、お前がここにいるっ!」
ヴァジーニアが興奮気味にそう声を荒げると、
「あぁー、じょーだん、きつかった? ヴァジーニア君」
「ヴァーシリィー様、そのお顔は偽物なのですね? では、本物の西條ひかるは?」
「アルフェレール君、『西條ひかる』なんて人物は、もうこの学園には居ないんだよ。昨年卒業した生徒だからねぇー」
「では、西條ひかるが、人間の女性を誑かし、悪事を働く堕天使というのも、偽りの情報ということでしょうか?」
「まぁ、そういうことになるねぇー」
「ヴァーシリィー! 何の目的があって、我らを騙したのだ!」
益々、ヒートアップするヴァジーニア。
「いやぁー、ちょっとしたお祝い会をさせていただいたまでだよー。ヴァジーニア君が、この日本という国に配属になるって聞いたもんでねぇー、ちょっと遊んでやろうと思いまして。お手並みを拝見させてもらったまでだよー。思った通り、色々とグダグダみたいだったけどねぇー」
「うっ、くうぅぅ~。このボクをここまで恥ずかしめるとは、ヴァーシリィー! 許さん!」
ヴァジーニアの怒りは、既に頂点に達そうとしていた。
「ヴァジーニア様、どうか落ち着いてください。ヴァーシリィー様は、我々を心配なされてこのような芝居をうってくれたのです」
ヴァジーニアを必死になだめようとするアルフェレール。
「ヴァジーニア様ぁ~、どうか、ヴァーシリィー様を許してあげて下さい。この通りです。うちからもお願いします」
そう言って、ヴァジーニアに深々と頭を下げるゼノヴィア。
「いやぁ~、良い部下を持ったねぇ~、ヴァジーニア君。しかし、君を色々と試させてもらったが、状況判断ミスが多過ぎる。もっと、シッカリしないといけないなぁ~。こんなことじゃあ、いつか君自身の身を滅ぼすか、部下を失うよ。あえて言わせてもらおう。今の君は、リーダーとしては失格だぁ~」
「……」
ヴァーシリィーに対し、何も言い返せないヴァジーニア。悔しさからぐっと唇を噛みしめ、その瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「ははっ、さすがに気が強くてプライドの高いヴァジーニア君も、もうハートはズタズタってわけか?」
「ヴァーシリィー様、これ以上ヴァジーニア様を責めるのは、もうやめていただきたい。このアルフェレールにも落ち度はあったのですから……」
「そおーですよぉー、うちもヴァーシリィー様同様、ヴァジーニア様を試すためとはいえ、騙したんです。だからエラそーなこと、言えた身分じゃないですけど、うちにも悪いところ、いーっぱい、ありました」
「アルフェレール君にゼノヴィア君、君達のヴァジーニア君への忠誠心は素晴らしいと思うよ。しかし、ヴァジーニア君がこんなグダグダ状態じゃーねぇー。残念ながら、今のままではヴァジーニア隊は実戦ではとても使えないな。私には、天使委員会に今回のテスト結果を報告する義務があるのでねぇー」
「ふふっ、あははっ、そういうことか。ヴァーシリィー、素直にボクの敗北は認めよう。しかし、いい加減、趣味の悪いこの拘束プレイから解放してはくれぬか?」
ヴァジーニアは、縛られた両手を差し出しそう訴えると、
「いやいや、君達、この拘束プレイ、心から楽しんでくれていると思ってねぇー。いつ解放してくれと言い出すのか、ずーっと待ってたんですよ。ゼノヴィア君、もう解放してあげてくれたまえ」
ニヤニヤ顔で、この状況を楽しんでいる様子のヴァーシリィー。
「バカっ! アホっ! 変態っ! 死ねっ! 誰が、好き好んで楽しむかっー! こんなものっ!」
「ヴァジーニア様、お口が過ぎます」
「ヴァジーニア様、アルフェレール様、これでもう自由ですよ?」
ゼノヴィアがヴァジーニア達の両手足の拘束を解くと、
「いやぁー、随分と酷い事、言ってくれますねぇー、ヴァジーニア君。コレ、返して欲しくないのですかぁー?」
ヴァジーニア達から奪ったロザリオのチェーンを、右手の人指し指でブンブン回しながら弄ぶヴァーシリィー。その目は笑っているように見えた。そして、その意味を察するヴァジーニア。
「タダでは返してくれぬ、ということか?」
「ほぉー、これは、これは…… さすがご察しが良いことで、ヴァジーニア君」
「交換条件は?」
「交換条件もなにも、このロザリオは、天使委員会の決定が出るまで没収ですよ」
「待って下さい、ヴァーシリィー様!」
「それはいくらなんでも、酷いですぅ~」
「アルフェレール、ゼノヴィア、お前達は黙っていろ。ここは、ボクとヴァーシリィーの間で話をつける。だからこの場は、退室してくれぬか?」
そう言われたアルフェレールとゼノヴィアは、無言で生徒会室を後にした。
「ヴァジーニア君、君のやろうとしていることはお見通しだよ。土下座でもなんでもして、私に許しを請うって魂胆なんだよね? そんな無様な姿を部下達には見せたくない。だから、彼女達を退室させた。違うかい?」
「……」
ヴァーシリィーの言葉に、無言で両手をギュッと握るヴァジーニア。
「ははっ、図星というわけだね?」
「そのロザリオは、どうしても返してくれぬ、というわけか?」
「いやいや、どーしてもってわけじゃないんですよー。君の心がけ次第では、返して差し上げますよ?」
「よかろう、ヴァーシリィー。お前の要求を無条件で受け入れよう。だから、そのロザリオを返してくれぬか?」
「いいでしょう。それでは遠慮なく。先ほどは、私に酷い事、言ってくれましたよねぇー。君にはそれに見合うだけの代償、払ってもらいますよ。さあ、土下座してこの靴にキスをしてもらいましょうか?」
そう言うと、ヴァーシリィーは右足を一歩前に差し出した。
「……」
無言で怒りに打ち震えるヴァジーニア。
「どうしたのです? できないのであれば、私はこのまま、天界に帰らせてもらいますよ?」
「おのれぇー! ヴァーシリィー!」
今にも、ヴァーシリィーに飛びかからんとするヴァジーニア。
「おぉーっと、私に手を出したら、どうなるのか? おバカじゃないヴァジーニア君も、お分かりでしょう?」
「うぐぐっ」
唇を噛みしめ、怒りを必死で堪えようとするヴァジーニア。
「やはり、この要求は君には高すぎましたか? 私は優しいですからね、要求を下げてあげましょう。では、私の目の前で、全裸になっていただけますか?」
「よっ、よかろう。そのくらいの屈辱、このボクにはなんでもないことだっ!」
ヴァジーニアがセーラー服の襟を両手で掴み、今にも脱ぎだそうとすると、
「まっ、待った! ヴァジーニア君。君には、恥じらいというものが無いのか? しかも、天使が公衆の面前で裸体を晒すなどという行為は、罪になるのだぞ?」
「何を言っている、ヴァーシリィー。お前が要求したことであろう? しかも、今までお前が要求したことは、天使法に反するということも知っておろう? そうであったな? アルフェレール、ゼノヴィア」
ヴァジーニアのその呼びかけに、姿を現すアルフェレールとゼノヴィア。
「その通りです、ヴァジーニア様」
「今の話、ちゃーんとこのロザリオに記録しましたから、もう逃げられないですよ? ヴァーシリィー様ぁ~」
「フハハハハっ! この私が、君達に逆に騙されるとはねぇー。私の負けだ。このロザリオは、君達に返して差し上げよう」
ヴァジーニアは、ヴァーシリィーから放り投げられた黄金とシルバーのロザリオを受け取ると、
「つまり、今回の件は見逃してくれるというわけだな? ヴァーシリィー」
「あぁ、今回は、引き分けということにしておこう。だが、君との勝負はいずれ、つけさせてもらうつもりだよ?」
「ふんっ、まだ根に持っているのか? 女々しいヤツめっ!」
ヴァジーニアがそう言った次の瞬間、ヴァーシリィーの顔は彼本来の顔に戻り、体は半透明状に変化し、背中からは輝く翼が生えてきた。
「まっ、精々頑張ってくれたまえ。ヴァジーニア隊の輝かしい船出を祈っていますよ。では、私はこれで失礼するとしよう」
ヴァーシリィーはそう言い放つと、そのまま生徒会室の天井をすり抜けて消え去った。
「行っちゃいましたねぇ~。うち、もうードキドキもんでしたよぉ~」
ゼノヴィアがそう言えば、アルフェレールは、
「いやぁー、しかし、ヴァジーニア様、これほど上手くいくとはこのアルフェレール、思ってもいませんでした。最初から、この展開を計算されていたのでしょうか?」
「いや、一か八かの賭けだったのだよ。彼の性格なら、このボクの挑発に乗ってくれるはずだと……」
「でもぉー、ちょっとおしかったかなぁ~」
右人指し指をくわえ、ヴァジーニアの体を上から下まで、舐めまわすように見つめるゼノヴィア。
「何がだ? ゼノヴィア」
ゼノヴィアのそのいやらしい視線に、不愉快そうなヴァジーニア。
「何をって、それはヴァジーニア様のキレイなお体、生で見れなかったことですよぉ~」
「たっく、何を言っているのだ、お前は!」
「ねぇ~、アルフェレール様もそう思うでしょお~」
ゼノヴィアに振られ、ヴァジーニアの体をまじまじと見てしまったアルフェレールは、その瞬間、右手で鼻を押さえ付けた。
「ふぐっ」
「きゃあぁー、アルフェレール様の鼻から大量の血が!」
「アルフェレール、大丈夫なのか?」
「だっ、大丈夫ですヴァジーニア様。少し、疲れたのでしょう。少し横になって休めば……」
そう言って、右手で鼻を押さえたまま、左手でポケットから取り出したハンカチで鼻血を拭うアルフェレール。
「よし、このボクが膝枕をして介抱してやろう。横になって少し休むのだ、アルフェレール」
「いえ、そんな、めっそうもございません」
「何を言っている、今日はお前達に助けられたのだ」
ヴァジーニアが床に正座すると、あたふたと、その対応に困り果てるアルフェレール。
「いくらなんでも、ヴァジーニア様にそんなことをさせるわけには……」
やましい心があって鼻血を出してしまったアルフェレールは、ヴァジーニアのそのやさしさに、罪悪感に苛まれていた。
「遠慮するでない、アルフェレール。さあ」
「では、遠慮なく」
断れば、かえって場の雰囲気を壊してしまうと判断したアルフェレールは、渋々、ヴァジーニアの膝枕に自分の頭を預けた。すると、ゼノヴィアは、
「いいナー、アルフェレール様ぁ~。羨ましいぃ~。ヴァジーニア様ぁ~、うちも膝枕ぁ~」
と、甘える子供のように、ヴァジーニアの膝枕に割って入るが、ヴァジーニアはそれを拒否するわけでもなく、少し嬉しそうな顔で受け入れる。
「こうしてると、ボクには大きな子供が二人いるみたいだ。今日はありがとう、アルフェレール、ゼノヴィア」
ヴァジーニアは、膝に乗る二人の頭を両手で撫でると、頭を下げ、二人の頬に軽くキスをした。
ここまで読んでいただいた読者様、ありがとうございました。
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