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ショートストーリーズ

太陽のオムライスと星の約束

作者: Yama
掲載日:2026/06/29

読者の皆様、目をとめていただきありがとうございます。

本作は、ある特別な「ご縁」で結ばれた二人の、少し不思議でとっても温かい再会の物語です。

日常の小さな優しさが、長い時を経て奇跡に変わる瞬間を、どうぞ最後まで見守っていただければ幸いです。

──大丈夫、俺がいるから。


それが、彼の口癖だった。

仕事でひどく落ち込んだ夜も、将来への不安で心がぐちゃぐちゃになった時も、みなとはいつも大きな手で私の頭をポンと撫で、その言葉をくれた。不思議とその一言を聞くだけで、肩の強張りがすっと抜けていくのだった。


小さな会社で経理事務として働く私、みなみが、港と付き合い始めて二年。

先月の私の誕生日に、彼はいつも行かないようなフレンチレストランで、小さな箱を開けてくれた。中にはキラキラと輝く指輪。

『南、俺と結婚してください』


幸せの絶頂の中で、トントン拍子に話が進み、今日は初めて彼の実家へ挨拶に向かう日だった。

緊張で胸をバクバクさせながら、港の運転する車の助手席に座っていた私は、ふと窓の外を見て奇妙な感覚に囚われた。


「あれ……?」

「どうした、南? 緊張でお腹痛くなった?」

「ううん、違うの。なんか、この道、知ってる気がして」


初めて訪れるはずの、隣の市の住宅街。それなのに、古びたパン屋の青い日差し、角にある小さな児童公園、錆びかけたガードレール……流れていく景色のひとつひとつが、どうしようもなく懐かしい。まるで何度も通った帰り道のように、胸の奥がそわそわと波打つ。


車はある一軒家の前で、静かに止まった。

その門扉を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「嘘、でしょ……?」

ゆっくりと引き戸が開き、奥から彼のご両親が姿を見せる。

車を降りた私は、挨拶の言葉すら忘れて、ただ口を半分開けたまま立ち尽くした。


「あら、お帰り港。その方が婚約者さん? よく来てくれたわねえ」

温かく包み込むような声。少しシワは増えていたけれど、間違えるはずがない。


「ゆき子、さん……? 正一、おじさん……?」

私の震える声に、怪訝そうに首を傾げた二人が、同時に目を見開いた。

「……え? まさか、南ちゃん!?」


私の脳裏に、19年前の夏が鮮烈にフラッシュバックした。


* * *


当時、小学二年生だった私は、母と二人で小さなアパートに暮らしていた。

ある土曜日、仕事から帰ってきた母が、玄関のたたきで突然倒れて動かなくなった。幼い私はパニックになり、サンダルもまともに履かずに家を飛び出した。

『誰か、誰か助けて……!』


泣きながら熱いアスファルトを走っていた私を、呼び止めてくれたのが正一さんだった。

正一さんは救急車を呼び、母を病院へ運んでくれた。過労と軽い脱水で数日間の入院が必要になった母には、頼れる親戚がいなかった。

『じゃあ、お母さんが退院するまで、おじさんの家で君を預かろう』


連れられた見知らぬ家で、不安に押しつぶされそうになっていた私に、妻のゆき子さんが作ってくれたのが、湯気を立てるふわふわのオムライスだった。黄色い卵の上には、ケチャップで小さな「太陽」が描かれていた。

『元気になれのおまじない。うちを2つ目の家だと思っていいからね』

その温かさに、私は堰を切ったように泣きながらスプーンを握った。


そしてその夜、一人で眠れずに客間でしゃくり上げていた私のもとに、パタパタと慌ただしい足音が近づいてきた。

『南、眠れないんだろう?』

入ってきたのは、その家の小学四年生の男の子──港くんだった。

彼は足元に大きなゴールデンレトリバーの『ハチ』を連れて、角のよれよれた絵本を抱えていた。

『特別に、俺が読んでやるよ』


孤独な魔女が少しずつ村人に受け入れられていく、温かい星の絵本。たどたどしい彼の朗読を聞いているうちに、私の呼吸は落ち着いていった。読み終えた彼は、まっすぐに私を見てこう言ったのだ。


『俺とハチと父さんと母さんがいるから、泣かなくていいよ。大丈夫、俺がいるから』


数日後、母は無事に退院し、私たちは引っ越すことになった。バタバタとしたお別れで、きちんとお礼も言えないまま、あの夏は私の胸の奥の大切な宝箱にしまわれた。


* * *


「ちょっと待って、待ってくれ!」

リビングに通された後、すべての事情を理解した港が、頭を抱えて叫んだ。

「じゃあ、あの時数日間だけうちにいた、あの『南ちゃん』が……今の南なの!?」

「無理もないわよ、お互い名字も変わったり、20年近く前のことだもの」

ゆき子さんが目元を拭いながら笑う。


「まさか、息子が連れてきたお嫁さんが、あの時の女の子だなんてなぁ。人の縁ってのは本当に不思議なもんだ」

正一さんが豪快に笑うと、足元から二代目の『ハチ』が、私の膝にコテンと顎を乗せてきた。


「南、ちょっと待ってろ」

正一さんが席を立ち、奥から一冊の古い本を持ってきた。表紙の合間に星が散りばめられた、あの日擦り切れるほど見つめた絵本だった。


「懐かしいな……」

港が愛おしそうにそれを受け取り、ページをめくる。と、最後のページの余白で、彼の指が止まった。

「あ、これ……」


「どうしたの?」

「これ、南が急に引っ越しちゃった後、次に遊びに来たら見せようと思って、俺が書いたんだ。すっかり忘れてたけど、今思い出した」


手渡された絵本の最後のページ。そこには、たどたどしい、けれど一生懸命な子供の文字で、こう書かれていた。


『みなみへ またあそぼうね。こんどはべんきょうもおしえてあげる。ずっとずっとともだちだぜ。』


胸の奥が、じわあっと熱くなる。涙がポロポロと絵本の表紙にこぼれ落ちた。

「……ありがとう。でも、友達じゃなくて、夫婦になることだけ許してね」

私が涙を隠すように冗談めかして言うと、港はいつになく真剣な顔で、私の手を強く握りしめた。


「19年かかったけど、やっと届けられた。──南、あの頃も、今も、俺は南のことが大好きだよ。これからは俺がずっとそばにいる。何があっても、大丈夫だ」


その声に、重なる。

あの寂しかった夏の夜に、私を救ってくれた少年の声が。

なぜ彼の言葉にいつもあれほど救われていたのか、ようやくすべての答えが繋がった。


「うん。よろしくね、港」


お昼ご飯に、ゆき子さんが再び作ってくれた、ケチャップで太陽が描かれたオムライス。

一口食べると、あの日と同じ、世界で一番温かい味がした。


(了)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

子供の頃の小さな出会い、そして何気なくかけてもらった「大丈夫」という言葉が、長い時間をかけて本物の運命になる。そんな温かい奇跡を描きたくて筆を執りました。


作中に出てくる「太陽のオムライス」と「星の絵本」は、二人の過去と現在を結ぶ大切な鍵です。読み終えた皆様の心にも、ほんのりと温かい光が灯れば幸いです。


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