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三話:人間みたいだね

その言葉を口にする時、我々は何を見て「人」と判断するのか。

 カイダンを集めてる転生者って君のことかい。僕も聞いて欲しくて来たんだ。お代はこれくらいで良いかな。……要らないの? 代金を貰うのはカイダンを見せた時だけ。君って商売っ気が無いんだね。自分が知っている恐怖を聞いてもらうって、多分お金を払っても良いくらい救われることだと思うよ? 僕からでも、お金を取った方が良いって。……要らないなら、分かった。でも、時間を取らせる分の呑み代ぐらいはおごるよ。これでも僕は研究者で、自由に使える資金は多い。同業者に比べて結構稼いでいるし。

 寒くなってきたからホットミルクを、分かった。スパイスはどうしようか。此処の店はその日のマスターの気分で味わいが変わるんだ。苦手なものが無ければ、お任せもおすすめだ。……じゃあ、お任せ二つね。

 さて、僕の恐怖を語ろうか。ねぇ、転生者……記録媒人、と呼んだ方が良いかな。

 君は「人間みたいだね」という言葉を、どう思う? ……そう、動物だとか魔術師式自動人形だとかが、人間のように見える行動を取った時に使われるだろう言葉だね。つまりはこの言葉を使われる存在は「人間じゃない」というわけだ。では、その言葉を人間相手に使ってしまった時……君はどうすれば良いと思う?


 事の始まりは同業者の間で聞いた噂だった。とある見世物小屋に、人間にしか見えない魔術式自動人形がいて、その魔術式自動人形を見世物小屋に卸している技術者はたった一人でその偉業を成し遂げたという話だ。魔術式自動人形、大衆劇や見世物小屋、時に祭典にも利用される「自らの意志で動く人形」だ。

 自らの意志、命令をされずとも動く人形。人間であれば容易く実行できるそれは、しかし魔術術式として機械人形の中に納めることは至難の業だ。一つの文章に複数の正解がある問い、その複数の問いを違和感なく不規則的に発せられる演算を、余すことなく刻まなければ結局それは否応二つの延長線上でしかない。

 だからこそ僕達は皆、躍起になって噂の見世物小屋を探した。勿論、後追いをしたところで一番最初にその魔術式自動人形を作り出した有能な人間は一人しかいない。だが、我々は研究者であり技術者である。つまり実物を見れば、最初の一人が気づかなかった「欠陥」を見つけられるかも知れない。見つけられた欠陥を修正し、改善されたその作品こそが「世界を救う最高傑作」になるかもしれない。最初から完璧な作品などどこの世界にもほとんど存在せず、後追いの技術が認められることなんてこの生業ではよくあることだからね。


 見世物小屋にその子達はいたよ。ピエロや踊り子、騎士風の甲冑に海賊風の毛皮、妖精の如き可憐なワンピースを着た子もいた。皆が舞台が始まるまで瞬きもせず床に座り、緞帳が上がった瞬間に命を取り戻したかのように動き出す。時に観客席に話しかけて、人の良い紳士淑女を舞台上に上げて共に踊ったり歌を歌ったり、子供のような我儘を言って見せることさえある。

 本当に人間みたいだった。観客席の皆が「人間みたいだね」と声を揃えて称賛した。私もまた、悔しがりながら胸の底ではそう思っていた。そんな我々の感動に、苦言を呈したのは舞台に上げられた盲目の老人だった。

「なんだい、皆、馬鹿なことを言って。 世界一の魔術式自動人形の劇団と言いながら、此処に人形なんて何処にもないじゃないか。私は目が見えないが、耳と指先ははっきりしている。坊や、大人に頼まれたからと言って、嘘を言っちゃいけない。君には体温も脈もあるじゃないか。動き回って小鳥のように跳ね回る心臓の音が、私の掌から伝わってくるもの」

 老人に優しく諭されたピエロの少年は、立ち尽くしていた。嘘がばれてしまった呆然自失と言うよりも、魔法の解けてしまった魔術式自動人形のような、完全な無感情の表情で。


 皆、人間だったんだ。自分の親の手ずから見世物小屋に売られたり、捨てられた路地裏で捕まった子供達が、団長をしていた男に洗脳されていただけだった。男はその昔、魔族との戦争が始まった頃に「新世界教」なんて狂った新興宗教を作っていた詐欺師だったんだ。研究者だの世界を救う最高傑作だのと偉そうなことを言っていた僕達は、たった一人の金儲けしか頭にない、子供を道具として扱うようなクソ野郎に騙されていたってわけだ。

 詐欺師は王都に引き渡したよ、子供の売買は重罪だからね。子供に関わる犯罪者は嫌われるものだ。裁判が始まるまでに同じ牢の罪人の手で肥溜めに埋められたところで、誰も悲しみはしない。……そんな悪態を吐いたところで、あの見世物を楽しんでしまった僕達の罪は消えない。……騙された人が悪いわけじゃないだろうと、君は言いたいようだね。確かに、騙されただけならば罪ではないよ。だが、僕達はただ騙されたんじゃない。僕達は自分達の欲望の為に、考えることを放棄したんだよ。目に見える者ばかりで判断して、近づくことも触れることもしなかった。誰も出来なかったことが出来た理由を考えすらせず、ただ自堕落に目の前の犠牲を消費しただけの全員に罪がある。

 

 まぁ、悲観ばかりはしていられないよ。これでも研究者、嘆くだけで前に進まない人間もまた怠惰だ。罪があるなら贖い、贖いながら改善を務めなければならない。だから僕は魔術式自動人形の研究をやめないし、人間の感情と思考について学び続けるよ。

 実はあの老人の元へ行って、子供達のケアを手伝っているんだ。御老体は目が見えない以外は矍鑠としていてね、身寄りのない子供達の保護施設を営んでいる。子供達も、あの日ただ一人真実に辿り着いた老人を、信頼しているように見える。

 僕は人間の悪意が恐ろしい。それでも、より善い世界へと歩みを止めない人間を前にすれば、その恐怖から立ち上がる程度の勇気は持てる程度に研究者として好奇心が強いのさ。

人を判断する我々もまた「人間みたい」に生きられているだろうか。

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