零話:転生者の幸福
私は異世界転生者である。前世は特に特筆することはない、SNSの繋がりを人間関係と呼びながら、地味ながら穏やかに生きてきた。仕事帰りの寒い秋夜空、生まれつきの脆弱な体に日頃の怠惰が祟った。街中で他人を巻き込む事故にならなかったことを幸と取るか、一晩誰にも出会わない田舎道で倒れてしまったことを不幸と取るか。縁の薄い実家を出て、交友関係も少ない独り身、葬儀も速やかに行われた。日課の巡回をする中で私を発見してくれた、顔馴染みのお巡りさんには申し訳ないことをしてしまったとそれだけが悔やまれる。
転生した私だが、これといった能力は持っていない。武芸に秀でているわけではなく、尽きぬ富や知性があるわけでもない。勇者としての性質を持つ人にはそれ相応の能力も与えられるようだが、私のような一般市民にはそう必要のないものなのだろう。ただ、私はこの能力を気に入っている。
記録媒人、人から聞き伝えられた話を映像作品として生成することが出来る能力だ。耳にした言葉を映像として作り上げるのは私の想像力であり、体験者の見た景色そのものではない。それでも時折、同好の士の噂によって私の記録を見たいと声をかけてくれる人もいる。そう、私の記録は世界を救うようなものではないが、どの時代にも一定の層に好まれるものだ。
「あんたが『カイダン』を見せてくれるって転生者かい」
そう、私が記録をするのは怪談。多種多様な種族と文化を内包する異世界でも、人は知らないことが怖くて、恐怖に魅了されてしまうのが人だ。前世においてネットで細々と会話を交わした彼ら彼女らも、いわゆる怪談オタクとして繋がっていた。時に金銭のお礼を貰うこともあるが、実のところ宴の肴にお呼ばれするのが何よりの楽しみだ。
「ええ。よろしければ、貴方の『怪談』も教えて頂けますか?」
貴方の好きな料理やお酒を楽しみながら、私の集めた物語を楽しんでもらえる。私にはこの穏やかな異世界転生が、心地良い。




