3話
私の名はホーリン。職業は剣士。ここはダンジョウ城。本日付けで城主直属の任を言い渡された。城主様は三十年前に行方不明となった妹オルフェウス様の捜索を私に命じてきた。手がかりはスーフェン、リクラインと三人で魔王城に向かったということだけ。こんな情報では捜しようがないと思い、伴を連れずにゆっくりと西に向かった。
三十年前の話であり捜索は難航を極めた。いかんせん情報が少なすぎる。私はとりあえず魔王城の手前のクインという街まで行って引き返してこようと思い、適当にオルフェウス様の捜索を続けていった。
やっつけ仕事とはこのことだと思いつつも魔王城の手前のクインの街までやって来た。思った通り三十年前の情報などまったくなかった。さて帰ろうと思いつつも街はずれにある鍛冶屋に立ち寄った。そこでは年老いた男が剣を打っていた。
その鍛冶屋に立ち寄ったのも、その男に話しかけのも単なる気まぐれであった。その気まぐれからの行動がまさか歴史を大きく塗り変えようとは誰が予想できたであろうか。
私は鍛冶屋の壁にかけてある宝石のような石に目を奪われた。それは蒼い光をたたえた涙の形をした石であった。私がずっとその石を見ているとその男はこう言った。
「その石は流星の涙といってな。覇王の所有物なんだよ。いくら欲しがってもやることはできぬぞ」
「いや、欲しいというのではなく。なんというか。言葉では表現できないのだが。申し遅れた。私はジョーヨーのダンジョウ城の剣士ホーリン」
「ジョーヨー、ダンジョウ城か。久しぶりに聞いたな。ワシの名はハインだ」
ハインは覇王に流星の涙を返すためにかつての覇王の根城だったジョーヨーに行ったこと。そこで勇者スーフェンの一行と出会い、この地まで旅したことを語った。
「リクラインはこのクインの街で突然失踪したんだ。ワシらは必死で捜したんだが結局見つからなかった」
「リクラインはオルフェウス様の執事をしていたときいています。私は城主様の命でオルフェウス様の行方を調査するように言われこの地まで来たのです。オルフェウス様は確かにここまでは来ていたのですか?」
私がそう尋ねるとハインはこう告げた。
「ここというよりも、魔王城の手前の山の洞窟までは一緒だった」
「だった?」
「そうだ。あの洞窟でワシは足を踏み外しでしまい奈落の底に落ちていったんだ。この街の行商人に発見されてここまで連れてきて介抱してもらったんだ」
「それでその後のオルフェウス様の足取りは?」
私はハインに聞いたが、彼は首を振りこう言った。
「ワシは三ヶ月ほど目を覚まさなかったそうだ。スーフェンたちがその後どうなったかはわからんが、魔王城が健在ということは魔王討伐は失敗したんだろう」
「そうですか。いずれにしてもその洞窟までは行かなければいけないようですね。それから城主様からお聞きしているのですが間もなく覇王軍の魔王城攻めが始まるそうです。ここも戦場になるやもしれません。あなたも避難されたほうがよろしいかと」
「この流星の涙はな。覇王のものだからこれを持つものは覇王に返さないといけないらしい。返さないとその家は呪われるという話があって、ワシは覇王を捜しているんだ。魔王城攻めということは覇王もそこにいるということ。ワシもお主についていくぞ」
そして、私はハインとともに洞窟に向かった。
私はハインの案内で洞窟の入口にすぐにたどり着いた。洞窟の中は暗い。ハインは持っていたランタンに火を灯す。洞窟全体は灯せないが足元を灯すには十分だ。私の分のランタンを渡され、私は洞窟の上の方を灯す。この洞窟はクイン側が下の方に入口があり、魔王城側が上の方に入口がある不思議な構造になっている。その上の方は少し明るく魔物の気配はない。というよりもこの付近には魔物の気配すらない。やはり覇王軍の魔王城攻めが近いからだろう。
ハインはゆっくりと一歩一歩確かめながら道を進んでいく。私もハインを真似て一歩一歩確かめながら道を進んでいく。ちょうど中間くらいまで登ってきた時にハインは歩みを止めた。
「なんだ、その姿は。人間をやめてしまったのかい。オルフェウス」
ハインはそう言った先には、一人の魔女がいた。
「オルフェウス様? オルフェウス様なのですか?」
私は後先も考えずにハインを追い越そうとしてハインに手で制止された。
「こいつはかつてオルフェウスだったものだ。あまり近づくべきじゃない」
ハインはそう言って、魔女に近づいていっていく。
「それは身なりからしてスーフェンかい。オルフェウスの魂が少しでも残っているならもう成仏させてやれよ」
ハインがそう言うと、魔女はニヤリと笑い話しはじめた。
「私の名はベルキーズ。覇王ドルゲード様の第三の配下。私も早く魔王城攻めに加わりたいのだが、この女がこいつのそばを離れようとしないんだよ」
私は頭に血がのぼり抜刀して魔女に切りかかっていった。そして、その魔女、オルフェウス様の姿をした女を一刀のもとにふした。
私の剣が魔女の上半身を切り裂く。切り裂いた先から魔女の傷は塞がっていく。それを見たハインも抜刀し、魔女の心臓を一突き、剣を抜いたそばから傷口は塞がっていく。
「ちっ、化け物め」
ハインの言葉に対し魔女は高笑いをしながら言い放つ。
「覇王ドルゲード様のご加護を受けているこの身体に傷などつくわけないだろう」
魔女の電撃が私とハインを襲い、二人とも立ち上がれなくなった。ハインが持っていた流星の涙を道に落としてしまった。
上の方からコツコツと響く靴の音。靴の音から男が一人降りてきたのがわかる。敵か味方か。この男の威圧、常人のものではない。
「おいおい、いつまでそんなところで座っているつもりだい。俺様はこれから魔王城に攻め入るつもりだが、お前は置いていっていいかい?」
「覇王様お待ちくださいませ。この女の未練たらしいことこの上なく。愛する男がこのように骨だけになっても離れようとしないのです」
魔女が覇王に懇願する。
残念ながら敵だった。
「ほほう、面白いのがいるではないか」
覇王は私たち二人を一瞥する。
そして、道に落ちている流星の涙を見て言う。
「まだ、こんなものがあるのか。忌々しい。こんなもの砕け散ってしまえばいいのに。試しにここから下に投げ捨てれば砕け散ってくれるかのう」
覇王はそう言って、流星の涙を拾い上げ奈落の底に投げ⋯⋯⋯⋯、捨てなかった。
流星の涙から聞こえてくる声。
女の声。
女の声。
だんだん大きな声になり洞窟内に大音量で響きわたる。
なんなの。
しゅうにいだいすきって。
女の声はやがて小さくなり消えていった。
覇王が纏う威圧的な空気が、いつの間にか優しい空気に変わっている。
「君たちがここまで運んでくれたのかい」
覇王が私たちを見て言う。
「流星の涙は覇王の所有物なので、これを覇王に返さないとその家は呪われるという話があるのです」
ハインがそう言うと覇王はフッと笑いこう言った。
「ありがとう。海秀め、策士だな」
そして、こう呟いた。いや、呟いたように聞こえた。
「リセット!」
彼はその場から消滅した。
すると、また上の方からコツコツと響く靴の音。靴の音から男が一人降りてきたのがわかる。敵か味方か。
えっ?
先ほどまでここにいた男が下りてきた。
「覇王様、お戯れを」
魔女がそう言った。やっぱり敵だ。
でも、さっきと何かが違う。
この男の眼、私が今まで出会った人々など比較にならないくらい冷たい。まるで海の底のように冷たいのだ。先ほどのどちらとも明らかに違う。
「スーフェン、よく頑張ったね。怖かったろうね。こんなになるまで⋯⋯。でもね、君のおかげでこの世界は救われたんだよ。君こそ本当の勇者だよ、シューティングスター。誇っていいよ」
彼はさらに続ける。
「探したよ。ベルキーズ」
探した?
「永遠と思えるくらいの時間がかかってしまったよ。さあ、覇王のことを全部吐いてもらおうか」
彼が言った。そう言ったのだが、彼が味方とは到底思えない。ハインも同じ思いらしく剣を構えている。
「そうそう、そこの二人には用がないからそんなに身構えなくてもいいよ。用が終わったらボクは消えるから」
彼はそう言うが、はいそうですかと言える状況ではない。ハインも同じだった。魔女が黙り込んでいると彼は魔女の髪を掴んだ。
「おとなしく吐いた方がよかったのに⋯⋯」
そう言うと、二人は消滅した。
と思ったら、すぐに現れた。
「ああ、もうこの魔女は廃人同然だけどこいつに用があったの?」
彼が魔女を私たちの前に放り投げた。
一体、何がどうなるとこんな状態になるの?
私がそう思っていると彼は言った。
「まったく、どいつもこいつもメンタル弱くて話にならないんだよ。ボクはもう用がないから行くよ」
彼はそう言って、ふたたび消滅した。
私とハインはしばらく呆然としていたが、我にかえりスーフェンの遺骨と廃人同然となったオルフェウスだったものを持って洞窟を出ていった。