罪の贖い~第3話~
翌朝、俺は実家へ向かった。
最後に顔を出したのは、半年以上前だった。
父も母も、年老いている。
あんな連中に狙われたら──ひとたまりもない。
電車の窓に映る自分の顔は、驚くほど青ざめていた。
心臓が、ずっと嫌なリズムで鳴っている。
嫌な予感しかしない。
**
実家の前に立った時、すでに何かがおかしいと気づいた。
玄関が、半開きだった。
「……ッ!」
駆け込む。
リビングには、誰もいない。
台所も、風呂場も。
2階の寝室も──誰も、いなかった。
家じゅうを探しても、両親の姿はなかった。
代わりに、リビングのテーブルに「それ」は置かれていた。
黒い封筒。
裏には、あの忌まわしいロゴ。
【@匿名】
震える手で封筒を開ける。
中には、一枚の写真と、スマホが入っていた。
写真には、縛られた両親が、どこかの薄暗い倉庫の中で震えている姿が映っていた。
そして、スマホの画面には──
《新たな選択肢》
《1. 過去の罪を告白する(ネット上に公開)
2. 両親を犠牲にする》
《制限時間:あと4時間》
**
またか。
またこれか。
選ばされるのか。
俺に……また、誰かを見捨てさせる気か。
**
スマホを持ったまま、俺はその場に膝をついた。
逃げたって無駄だ。
拒否したって、相手は待ってくれない。
思い出せ。
あの日を。
そう、やつらは何度も言う。
──あの日、俺が見捨てた"少女"のことを。
**
だが、どうしても、思い出せない。
記憶の底に、蓋をしている感覚だけがある。
もし思い出せたら、何かが変わるのか?
救えるのか?
それとも、もっと取り返しのつかない地獄が待っているのか?
**
「……ふざけんなよ……」
かすれた声が漏れた。
俺はスマホを睨みつけた。
──選べ。
また、選べというのか。
父さんと母さんを、見殺しにするか。
それとも、自分のすべてを世界にさらけ出すか。
由紀のとき、俺は……
俺は、弱さを選んだ。
なら、今度は──
どうする、悠人。
**
そのとき、スマホが震えた。
新たなメッセージが届いていた。
《君が最初に裏切った少女──
名前は、"日向 結衣"だよ。》
──日向、結衣。
その名前を見た瞬間、
頭の奥が、爆発するみたいに痛んだ。
思い出した。
俺は──
確かに、彼女を見捨てた。
そして、彼女は、
俺の目の前で──死んだ。
**
全身の血が、逆流するような感覚に襲われた。
「……ッ……っっ!!」
俺は、咆哮のような声をあげて、リビングのテーブルを叩きつけた。
食器が跳ね飛び、ガラスが割れた。
──許されない。
俺は、
最低な人間だ。
**
選べ。
許しを乞うのか。
さらに、罪を重ねるのか。
制限時間は、
あと──3時間57分。
**
──俺は、選ばなきゃならない。
次は、"家族"を犠牲にするか。
それとも──すべてを、晒して終わるか。
この世界で生き延びるには、
どちらにしろ、"地獄"しかないのだと、もう理解していた。
**
──選択まで、あと、3時間56分。