罪の贖い~第2話~
鳴り続けるスマホ。
耳障りなバイブ音が、心臓を掴んで揺さぶる。
逃げろ。
出るな。
そんな声が、頭の奥で喚いていた。
でも、俺は──受けた。
**
「……誰だよ」
喉が乾いて、うまく声が出なかった。
スピーカーの向こうから、
子供みたいな、でもひどく冷たい声が返ってきた。
「やっと、出たね。悠人くん」
ぞわり、と肌が泡立った。
知らないはずなのに、その声には奇妙な既視感があった。
「……何が目的だ」
「ゲームだよ。君はプレイヤー。ルールは簡単。秘密を晒されたくなければ、"代わり"を差し出して。」
「ふざけんな!」
怒鳴った俺に、声はあくまで静かだった。
「君には、思い出してもらわないといけない。
君がどれだけ、醜いことをしてきたか。」
「俺は、何も──」
言いかけた俺の脳裏に、ふいに"光景"がフラッシュバックした。
──誰かが、血を流して倒れている。
──俺は、その横を、顔を伏せて通り過ぎる。
──誰にも、何も、言わずに。
「……っ」
スマホを取り落としかけた。
「君には、救えたはずの命があった。
でも君は、"見捨てた"。
その代償を、今、支払ってもらう。」
通信は、それだけを告げて、切れた。
無機質な通話終了音が、やけに重たく耳に残った。
**
リビングに戻ると、由紀がいた。
いや──由紀が「倒れて」いた。
「由紀ッ!!」
慌てて駆け寄る。
肩を揺さぶると、彼女はゆっくりと目を開けた。
「……悠人……? ここ、どこ……?」
意識はある。
でも、表情がぼんやりしている。
それに、由紀の右手首には、赤黒いアザができていた。
誰かに、掴まれた跡。
……誰だ。
家には、俺と由紀しかいなかったはずだ。
「由紀、スマホ、貸せ」
彼女からスマホを受け取り、確認する。
メッセージアプリが開きっぱなしになっていた。
そこに表示されていた文面──
《次は、彼女の番。》
《選択肢:
秘密を晒す
彼女を犠牲にする》
《制限時間:あと6時間》
**
「ふざけんな……っ」
震える手でスマホを握りしめる。
選べるわけがない。
由紀を犠牲にするなんて、できるわけがない。
けど──秘密を晒したら、
俺は、すべてを失う。
職も、友人も、家族も。
この世界から、抹消されるだろう。
何より──
思い出したくない、
封じ込めていたはずの"あの日"の記憶が、
全世界に暴かれる。
「……どうすりゃ、いいんだよ……」
自分でも情けないくらい、震え声だった。
由紀は、ぼんやりした顔で俺を見ていた。
「悠人……あたし、なんでもいいから、助けて……」
**
助ける。
それが当然だ。
俺は、あの日と違う。
逃げたりしない。
……そう、思っていた。
でも、あの時、俺は──
助けなかった。
そういう人間だった。
そうだろ、遠山悠人。
**
選択の猶予は、もうない。
俺は、"どちらか"を選ばなきゃならなかった。
そして、俺は──
俺は──
「由紀、ごめん」
そう呟いた。
声が震えていた。
由紀は、きょとんとした顔で俺を見ていた。
「……え?」
その瞳に映った俺は、
きっと最低だった。
「……俺、無理なんだ。
全部晒されるくらいなら……お前に、行ってもらうしか、ない……」
膝が笑った。
心が引き裂かれるみたいだった。
でも、選んだんだ。
もう、戻れない。
スマホを操作する指先が、異様に冷たかった。
表示された選択肢。
【2. 彼女を犠牲にする】
俺は、ためらいなく──タップした。
**
すぐに、
リビングの照明が、パチンと消えた。
真っ暗闇の中、由紀の小さな声が聞こえた。
「……やだ……悠人……?」
ガタガタと、テーブルが揺れた。
家具が軋む音が響く。
何かが、由紀を引きずる音がする。
俺は──動けなかった。
ただ、スマホの微かな光を握りしめたまま、震えていた。
「……たすけ……」
最後に聞こえたのは、
由紀の、掠れた、必死な、呼びかけだった。
──ごめん。
本当に、
ごめん。
**
数分後。
明かりが戻ったリビングには、もう由紀はいなかった。
代わりに、床には真っ赤な手形が点々と続いていた。
そして、スマホに新たなメッセージが届いていた。
《選択完了。
次のゲームへ進みます。》
《次のターゲット:君の"家族"》
**
胃の中が、ぎゅうっと捻られる。
次は──家族。
俺は、助けられるのか?
それともまた、選ばされるのか?
そして、画面の下には、さらに別の文言が添えられていた。
《君が最初に見捨てたのは、"あの日の少女"だったよね。》
《彼女の名前を、思い出せる?》
──あの日の少女?
誰だ。
俺が、
俺が忘れている──誰だ?
思い出せない。
いや、思い出したくない。
でも、思い出さなきゃ、次は──家族が、消える。
**
その瞬間、俺は覚悟を決めた。
逃げるのはもう終わりだ。
戦うしかない。
たとえ、過去の俺がどれだけ汚れていようと。
俺は、"@匿名"の正体を暴く。
すべてを、終わらせるために──。
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