浮かれているのかもしれない
「リュディヴィーヌ様
まずは、噴水広場に行きましょう」
「ええ、ご案内ありがとう、ゴーリュン」
お忍びなので、辺境伯邸の、あまり目立たない小さな裏門で待ち合わせしてから、辺境伯領の街中へと向かって、今は、商店街だ。
侍女のマーサが注文してくれた、可愛いらしい爽やかな白いワンピースに着替えて。
今日は、執事も、侍女も、護衛騎士もいない。
今回、初めて、ふたりでのお出掛けとなる。
この場合は、どうしたらいいのかしら?
「リュディヴィーヌ様、その格好………今日は、もしかして、新品のワンピースですか?」
「ええ、侍女のマーサが注文して下さいました。
初めて、ワンピースを着てみましたよ。」
「ええ、可愛いです。
とても似合っています。」
「そ、そう?ありがとう、ゴーリュン。」
初めて着るワンピース、似合っているのね?
良かったわ、と内心ほっとしていた。
このワンピースは、少し裕福な商家の娘風の姿ならば、女領主様が貴族だと思われないはずというマーサの案だ。
マーサは、王都の商業ギルド長の末娘だから、王都の商会に注文したらしい。
「あなたも、似合っているわ。家でも騎士服しか見たことがなかったから、とても新鮮ね?」
「あ、ありがとうございます、嬉しいです。」
彼は、次期騎士団長として領民に顔が知られているため、顔を隠さずに、堂々としている。
その為、茶髪の鬘は、被らなかった。
ゴーリュンは、次期騎士団長として、有名だ。
知名度が高い為に、私が変装してしまったら、不倫だと勘違いされる恐れがあったから。
今でも、ミステリアスな美形の次期騎士団長が女性を連れ歩いているということで大変騒ぎになっているくらいだから、ざわざわと、私への視線が、ものすごく、痛いくらいには。
妻がいるらしいとは噂になっていたのだけど、まさか、あのお方が………!?と。
「騎士服じゃなくても、あなたは目立つのね。
これは、お忍びではないのでは…?」
「あ……… そうみたいですね…?」
まさか……… ゴーリュン………
自分が目立つ存在だと認識してなかった?
ゴーリュンは、しっかりとしていらっしゃる、真面目なお方ですが、自己認識が甘くて。
細身な感じなのに筋肉質で、艶やかな黒短髪、宝石のような青紫色の瞳も美しい。
つまり、かなりの美形だということには、全く気付いていらっしゃらないらしい。
「あなたは、この街に詳しいの?」
「ええ、騎士団として、仲間たちと、見習いの頃から、見回りに参加することが多くて。」
「ああ、なるほど、見回りに、それは大事ね。」
この領地には、騎士団員や、警備部隊の兵士、冒険者達がいるから、治安は良い方だ。
しかし、万が一、何かあったら、大変なことになるため、騎士や兵士、依頼を受けた冒険者が街中を見回りするらしい。
「商店街は、広いですから、迷子にならないよう気をつけてくださいね。」
「そうなの?それなら、手を繋ぎましょう?
私達は夫婦だから、違和感はないでしょう?」
「て、手を………?」
「ええ、どうぞ、ゴーリュン」
「は、はい、繋ぎましょう。」
なんだか、ぎこちなく、手を繋いでみますと、ゴーリュンの手が、赤くて、暖かいです。
あら? よくよく見ましたら、耳も赤くて…
もしかして、慣れていらっしゃらない…?
そういえば、このお方は、三兄弟で、従兄弟も男児ばかりなのでした。身近に、女性があまりいない人なのかもしれませんね…?
どうしましょう?その反応見たら、こちらも、少し恥ずかしくなってきましたよ…?
「ざ、雑貨屋さんはあるのかしら?」
「は、はい、ありますよ、ご案内しますか?」
「ええ、お願いしても良いかしら?」
「はい、かしこまりました!」
ゴーリュンの案内に着いて行きました。
この商店街の中でも、こじんまりとした可愛いらしいお店の『雑貨屋フルル』に到着しました。
小物から、服や鞄、可愛いらしいものばかり。
今回は、わざわざ、女性向けのお店を紹介して下さったようですね。
「とても可愛いらしいお店ね?」
「騎士団の見習い達が噂していたんです。
彼女と出掛けるなら、こういうお店に行きたいみたいな話を。」
「そ、そうなの?ありがとう、ゴーリュン」
ゴーリュンは、初デート気分みたいな感じで、リュディヴィーヌを連れて来た。
騎士団の見習い青年達は、16歳から23歳と幅広い年代だが、見習い仕事が忙しいために、婚約者や恋人がいない者が多い。
が、デートしたいと思っている者達が多い為、デート出来る場所に詳しいのだ。
今25歳にして、政略結婚の、片思い中の妻と初デート気分を味わうゴーリュン。
浮かれているのかもしれない。
「ゴーリュン」
「は、はい、何ですか?」
「今日は、連れて来て下さって、ありがとう。
とても新鮮で、楽しいわ。」
「ふふふ、また、お出掛けしましょうね?」
「ええ、その時は宜しくお願いしますね」
「はい! もちろんです!」