初めて、こんなに美しい世界を知りました
「これが、海?」
「はい、こちらが、海です…!」
「なんて、なんて綺麗なんでしょう…!」
初めて見る大海原は、別世界だった。
透き通った薄青の水面に太陽の光が反射して、煌々と輝いていて、とても美しい世界だ。
ゴーリュンは、引きこもって、仕事ばかりする妻の女領主に、この生まれ育った辺境伯領の、素晴らしく、美しい景色を見せたかった。
山々と大海原に囲まれた辺境伯領は、海水浴も森林浴も出来る、自然が豊かな場所。
自室にこもっているよりも、自然豊かな場所を体感して、女領主として、素晴らしい領地だと知っていて欲しい。
だから、この浜辺に、彼女を連れて来たのだ。
リュディヴィーヌは、思った以上に感動して、その王女の美しい碧い瞳が煌めいて、大海原の波打つ水面ように、きらきらと輝いている。
「美しい………」
「ゴーリュン、何か言いまして?」
「えっ? い、いえ、リュディヴィーヌ様!
何でもありませんよ………!」
ゴーリュンは、密かに、また、今日のように、天気の良い時に連れて来よう、そう思った。
一緒に着いて来ている侍女マーサは、二人の、その様子に、ニコニコと満足そうだ。
明らかに、距離が縮まっている。やはり、政略結婚とはいえ、仲が良いのなら、安心だ。
その侍女マーサ自身も、42歳にして、初めて大海原を知って感動していたのだが、女領主とお婿様に気付かれないよう、口を抑えていた。
「とても美しいわ………」
「ええ、本当に………」
「………………………」
「………………」
ふたりは、夕暮れになるまで、大海原の景色をゆっくりと、無言で、堪能しました。
大海原にかかる夕焼けは、これまた別世界で、さらに、さらに、海が好きになりました。
「さすがに、お身体が冷えるといけませんので、そろそろ、帰りましょうか」
「ええ、そうよね、ありがとう」
「リュディヴィーヌ様、ゴーリュン様
おかえりなさいませ、本日の海辺のお散歩は、いかがでしたでしょうか?」
「初めて、こんなに美しい世界を知りました。
ゴーリュンに感謝致します。」
「リュディヴィーヌ様が、この領地の景色を気に入られたようで、良かったです。」
隠居生活中の先代領主である養父に仕えていたという執事、ロレインは、ほっとしました。
朝から夕方まで、慣れない土地で、事務作業に追われる女領主を心配していたのです。
さすがに、夫のゴーリュン以外が彼女を散歩や気分転換に誘う訳にもいかず、ゴーリュン様が機転をきかせて下さって良かった、と。
「ゴーリュン
おはようございます」
「………リュディヴィーヌ様!?
今日も朝早いですね?おはようございます。」
珍しく、リュディヴィーヌ様から、朝の日課の騎士としての鍛錬中に声を掛けられた。
いつもなら、ご挨拶するのは、鍛錬後のはず。珍しいことだな、と思いながら、嬉しかった。
美しい金髪碧眼の妻、リュディヴィーヌ様との距離が、少し縮まったのではないかと思えた。
「………あなたは、双剣使いなのね?」
「はい、カイラン師匠が、そうでしたので。」
「お師匠様………?
ああ、あのSランク冒険者の?」
「あ、師匠を、ご存知なんですね…?」
「ええ、もちろん知っているわ」
この大陸には、冒険者が存在する。
ジェルヴェール辺境伯領にも、冒険者ギルドの小さな支部がある。商業ギルドのお隣に。
噂で聞いたことがある。今は、異国に行ってる為に、不在のようだけれど、この辺境伯領地を中心に、Sランク冒険者が滞在している。
彼は、ゴーリュンのお師匠様らしい。だから、騎士でありながら、お強いのでしょう。
「Sランク冒険者、カイラン・へーべ殿の噂は、王都にも、届いておりましたよ?」
「そうなのですか!?」
「ええ、田舎の農民の子でありながら、Sランク冒険者になったのに爵位をもらうのを断って、自由奔放に依頼をこなしているそうですね?」
「あははは………はい、カイラン師匠、かなり、自由な旅が、お好きですからね。10代の頃に着いて行きましたが、世界が広がりましたよ。」
「自由な旅が……… そうなのですね。」
Sランク冒険者
カイラン・へーべ殿。
最初は、田舎の村の農民の息子だったために、苗字が無かったらしいです。
この辺境伯領内にある小さな村、へーべ村から苗字を与えられたようですよ。
国王陛下と先代辺境伯閣下に、この辺境伯領の地で、騎士団長として伯爵閣下にならないかと言われたらしいのです。
けれど、きっぱり、それを断ったそうですね。
冒険者の方が合っているから、と。