年若き女領主をご存知だろうか?
ジェルヴェール辺境伯家の
年若き女領主をご存知だろうか?
フォセット王国の第一王女殿下として誕生し、幼き頃に、ジェルヴェール辺境伯の先代当主の養女として迎えられ、先代の辺境伯が80代で隠居したために、20歳という若さで、女領主となった金髪碧眼の女性だ。
国防を担う騎士の多いこの地に、養子入りする役目は、本来なら、末妹の第二王女だった。
しかし、カールメリッサ第二王女殿下は、よく知らない辺境の地に行くのを嫌がった。
そこで、父たる国王陛下は、リュディヴィーヌ第一王女殿下を、この地に養女として送った。
そのリュディヴィーヌ第一王女に、政略結婚の相手として、公爵家の次男を考えられていた。
ただ、それを、彼女は、潔く断った。
辺境伯領地のため、辺境伯領地で生まれた者を婿に迎えた方が良いのではないか、と。
そこで選ばれた相手は、王女殿下と歳の近い、サムセイト子爵家の三男坊、ゴーリュン。
彼は、辺境伯領立騎士団の中で、次期騎士団長と言われているような青年、この領地の中で、結婚に興味無く、ただただ次期騎士団長として活躍していた彼が指名されたのだ。
ゴーリュンは次期騎士団長、リュディヴィーヌ第一王女は女領主、そういう形に、適材適所な完全なる政略結婚の夫婦が出来上がった。
「リュディヴィーヌ様
朝早いですね、おはようございます」
「ええ、おはようございます、ゴーリュン」
夫婦として生活し始めて、早くも1年が経過。
ゴーリュンとリュディヴィーヌ、二人の仲は、いまだに、曖昧な関係のままであった。
なんせ、ゴーリュンは、子爵家の三男坊だ。
王女殿下を、自分の妻だなんて、恐れ多くて、どうしたら良いのか、分からない。
「あなたは、朝から鍛錬なのね?」
「はい、そうでございます」
「………………………」
「………………」
それ以降は、会話もせず、庭先で、
ただ、ベンチに座って、景色を眺めて。
若い夫婦らしくない領主夫妻は、そうやって、のんびりと過ごすのだ。
この二人を見た、執事は、密かに苦笑いして、それぞれの好みに合わせた紅茶を用意する。
お互いに、無言でも平気だなんて、ある意味、仲が良いのではないだろうか………?
不思議な夫婦だなあ、と思いながら。
「リュディヴィーヌ様」
「はい、なんでしょうか…?」
女領主は、いつもの無言の時間が、いきなり、崩れたことに驚いて、夫を見た。
その場に控えている執事も、侍女も、みんなが驚いて、ゴーリュンを見た。
ゴーリュンは、いつも静かで大人しく見える。しかし、彼自身は、次期騎士団長として才覚を表していける程に騎士として強い青年だ。
彼を、よくよく見ると、細身の身体のわりに、筋肉質で、艶やかな黒い短髪も、宝石のような不思議な色彩の、青紫色の瞳も美しい。
「こ、今度、散歩に行きませんか?」
「………わたくしと、お散歩に?」
「はい!」
予想外の展開に、女領主は、さらに驚いた。
彼女は、第一王女として育てられて来た為に、あまり自由が与えられていない。
今も尚だ。常に、彼女の側には、王家から派遣されてきた侍女が、一緒にいるから。
だから、女領主となった今も、街中へ、あまり行ったことが無く、散歩もしたことが無い。
「海辺に行きませんか?」
「………そうね、見てみたいわ。」
王家のある王都は内陸部だから、海は無い。
湖というものも見たことが無いくらい、水辺が少ない。川や池なら、あるはずだが。
辺境伯領は、一部が海辺に面しているらしい。
それを聞いた時は、少し気になった。
周りに控えていた執事と侍女は、いきなりの、女領主夫妻の急展開に慌しくなった。
「いつなら
空いていますか?」
「明後日の午後からなら、空いてるわ。」
「それでは、明後日の午後、海辺のプライベートビーチを、ご案内いたしますね。」
「ええ。わざわざ、ありがとう。」
「い、いえ、こちらこそ」
「ねえ、マーサ
これは、夢かしら………?」
「リュディヴィーヌ様!
先程の出来事は、夢じゃないですよ!」
「えっ? 夢じゃないの?」
「ゴーリュン様から、お散歩に誘われました!
明後日に、海辺だそうですよ!」
部屋に戻って、リュディヴィーヌは、後ろで、何やら作業中のマーサに問いかけた。
王女が、赤ん坊の頃から、リュディヴィーヌにお仕えしている侍女、マーサ。
彼女は、専属料理人である夫のメルト、7歳の一人娘のレーサと共に、この辺境伯領に着いて来てくれた、王女の家族のような存在。
いきなり、女領主になれる程に仕事能力は高いはずなのに、人間関係は不器用、初恋したことすら無い王女を心配しているお姉様的な侍女、それが、このマーサだ。
「夢じゃないのね?」
「はい!当日着る服は、ご用意致しましたから、ご安心して下さいませ!」
「そうなのね。ありがとう、マーサ。」
「どういたしまして!」
女領主となった第一王女殿下と
これまた不器用そうな騎士のお婿様。
夫婦らしくも家族らしくもない年若い夫婦を、このお屋敷に住まう使用人全員が心配しているということを、王女は全く知らない。
何の心境の変化なのか分からないが、ついに、ついに、ゴーリュン様が動き出した。
この二人の様子は、執事も、侍女も、料理人も庭師も清掃員も、全員が注目していることだ。
「明後日は、宜しくお願いしますね?」
「はい! かしこまりました! 可愛いらしく、清楚な感じに、仕上げますよー!」
「ええ、ありがとう、マーサ」