第八八話 新武装評価試験の誘い
「それで……? 私に評価してほしいということですか?」
「そういうことです、ハインケス伯爵からもタラス氏とアナスタシア嬢を指名したいと」
数日後ようやく探索の疲れも癒えた後、久しぶりに衛兵隊へと出勤した私はパトリシアと共に参謀であるエミリー・エゼルレッド参謀の個室へと呼び出されていた。
ちなみに個室があるのはシルヴァン・デュポスト隊長とエゼルレッド参謀のみで、人形使いと指揮魔術師は執務室が共有になっている。
平たく言えば執務室は前世の小さな会社みたいな雰囲気なので、私はあまり違和感ないのだけど……そもそも貴族が顔突き合わせて仕事している風景はちょっと奇妙ではあるらしい。
参謀専用の個室だが、執務するには十分な広さと彼女の性格を表しているのか、壁にはライオトリシアの市街地が細かく記載された地図が貼られている。
メモ書きなどもピンで止められていて、色々書き込んであるが……おそらく今後の任務で必要になるであろう、さまざまな情報がびっしりと並んでおり、参謀ってすげえな! と思ったりしている。
「ジーモンのおっさんなら目を瞑ってでも兵器開発なんかできそうなものだけど……」
「正式に衛兵隊に採用する前に、実際に使った感想をもとに上奏するんだとかで」
「……嫌な予感しかしない」
私は基本的にこの手の新兵器、というものを信用できていない……軍人であった頃、終戦前後にも何度か帝都の工房に呼び出されて、様々な新型人形騎士や武装のテストなどを行なっている。
ある程度腕の良い人形使いでないと評価にならない、という理由づけだったのである意味私も『そういうことなら……』とホイホイ出かけて行ったりもしたのだけど。
戦争中は武装よりも新型機の機体性能試験が多く、グラディウスよりもピーキーで尖った人形騎士を割り当てられ、運動性能のチェックなどをやらせてもらった。
基本的に私は評価が辛いという工房からの意見で、数回で呼ばれなくなったのだが、中には前線を離れて試験専門になった人形使いもいたりした。
それはそれでよかったのかな、と思うが……その後も私が担当した人形騎士は名前も聞いていないので、おそらく試験で建造が中止されてしまったんだろう。
この世界の技術レベルは高いようでそうでもない部分も多いため、新技術として導入された大半の発明はあまり役に立たないこともあったりする。
個人的には超小型の空調魔道具があらゆる人形騎士に導入されてほしいが……高額すぎて難しいらしい。
「武装のみですか?」
「辺境守備師団に納品されるポルタリウスの先行建造騎が来てるので、それも動かしてほしいそうで」
「アタリをつけろってか、全く……」
ポルタリウス……近隣都市ダムシンヒアのヴェストペリ工房が建造している重装甲型の人形騎士で、数箇所の都市で導入が始まっている戦士級人形騎士の一つだ。
ライオトリシアでは今後にかけて六騎の導入が決まっており、もともとヴィギルスが納入されるところを横から割り込んだヴェストペリ家が発注を横取りした、とかで揉め事になってたらしい。
性能は非常に高く、辺境守備師団のケレリスよりもはるかに強力な機体ではある……とはいえ、ベースとなるフレームはグラディウスではなく、その一世代前にあたるフェラリウスだ。
よくある話で、生産が長期に渡るとそのベースとなるフレームには現場の声を反映して様々な改良が施される。
最終型のフェラリウスは初期建造の機体よりもはるかに高性能で、グラディウスに匹敵する能力を得ていたそうだ。
生産騎数も凄まじい数であり、各都市にはまだ稼働しているフェラリウスも多く存在している……まあ、その大半は最終型で、初期型はほぼ残っていないらしいが。
ポルタリウスは全体的な建造コストを安価にするために量産コストの高いグラディウスではなく、フェラリウスを選択したということらしい。
グラディウスよりも汎用性という面では劣っているが、長年帝国の戦線を支えた名機故にフェラリウスは非常に整った性能を持った人形騎士である。
「確か連邦の技術も入ってるんでしたっけ」
「らしいですよ、これまでの軍用とは違うレベルで操作がしやすいとか……まあ工房の宣伝文句ですけど」
「連邦はあんまり信用できないのですが……」
「まあ、現状彼らは衛星国扱いですから」
アルヴァレスト連邦は人形使いだけで人形騎士を動かす技術に長けている……基本的に人形騎士というのは非常に操作が複雑で、色々な調整や細かい動作の修正など、熟練の腕を必要としている。
私が普通に動かしているのはそれまで培った経験や、操縦に対する習熟の結果であり、さすがの私ですら初めて動かした時にはそれなりにギクシャクしてた気がする。
ただ、そう行ったそれまで『こういうものだから』で見過ごされてきた人形使いの負担を、技術的なアプローチでクリアしようとした連邦の工房貴族の情熱は素晴らしいと思う。
ただ、どうも連邦という国自体があまり信用のおけない存在であるため、なんだかなという気がしてモヤモヤとした気分を感じるのだ。
特に先日戦ったヴァルカリオンという騎士級人形騎士は連邦が作ったもののようだったし、ここへ来る前に戦ったラプターの件もある。
彼らは潜在的な敵国になり得る存在だというのに、帝国は連邦の商人や人形騎士を取り入れてしまっている、という現状がもどかしい。
「……そういえばヴァルカリオンの残骸は調査できているんですか?」
「工房側で預かってもらっていますが、あの状態では……」
「まあ難しいですかね……」
私たちの前で自壊したヴァルカリオン……乗っていた人形使いの骨すらも見つからないくらいに焼き尽くされ、はっきり言えば同じ質量を持った灰の山みたいな状況だったらしい。
それでもいくつか形を残していた箇所があって、それを工房で調査してもらっているらしく、進展があれば伝えると言われているそうだ。
まあ、試験の際に軽く進捗でも聞いてみるか……と私は隣に立っていたパトリシアへと視線を向けると、いつの間にか彼女は私を見上げてやる気がありそうに拳を握った状態だった。
「エゼルレッド参謀、わたくしもついて行っていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「やった、アーシャさん一緒にいきましょう」
「……行くのはいいけど、トリシアは何するんだよ」
「試験中に指揮魔術師による命令を元に行動するとか、色々ありますよ」
試験に直接関係ないパトリシアであるが、試験は工房内にある試験場で行われるため指揮魔術師が命令を出して、それに対して人形使いが対応するなんて光景はあるっちゃあるけど。
パトリシアは完全にお出かけモードになっているのか、目を輝かせて私を見ている……うん、まあジーモンのおっさんとも話が通じるらしいし、連れて行くのはいいか。
私がエゼルレッド参謀へと敬礼すると、彼女は正式な命令だからと今回の内容が書かれた書面をパトリシアへと手渡し、同じように敬礼を見せた。
この辺りはもともと軍人だった私たちはどうしても敬礼してしまう癖がついており、なおさら同じ部隊にいたため習慣のようになってしまっている。
「おっと、もう軍人ではないのに……アナスタシア嬢も畏まらなくて大丈夫ですよ」
「申し訳ありません」
「長年の習慣というのは抜けませんね」
エゼルレッド参謀は苦笑しながら別の書類を手にして椅子へと座る……私とパトリシアは一度頭を下げた後、彼女の執務室を出て廊下を歩き始めた。
性能評価試験か……ポルタリウスは宣伝だけ知っているが、実際に目にするのは初めてなのでちょっと楽しみではある。
なんだかんだ言っても私は人形騎士というこの世界の圧倒的な戦闘兵器が好きだし、この子達がいるからこそ今まで生きてこれたという自覚も持っている。
「新しい子かぁ……ポルタリウス、どんな子なのかちょっと楽しみだね」
_(:3 」∠)_ ポルタリウスの試験!
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











