第八六話 調査の終わりに
「身体に異常はありませんね……でも何かおかしい気がします」
「うう……パトリシア……もうこの格好しなくていい?」
禁じられた祭壇の調査より帰還した私たちは、悪魔の出現とその行動を報告することになった。
衛兵隊宿舎にある治療院でパトリシアによる念入りな検査を受けたものの、タナトルムのマーキングによる影響というのは今のところ身体には現れていないという結果になった。
過去の記録から、マーキングによる影響というのは悪魔によって違うとされていて、人によっては呪いのような形で生命そのものに影響を与えたり、肉体にその証である紋章が浮かび上がったりとさまざまらしいが今のところそういった兆候はないらしい。
「もう一度見て良いですか?」
「も、もう勘弁して……」
パトリシアが隅々まで確認すると言い出して服は全部剥ぎ取られたし、絶対違う目的なのかと思うようなポーズをさせられ、すでに私の羞恥心は限界に達しているのだ。
途中から楽しくなってただろ……私がパトリシアをジト目気味に見つめると、彼女はなぜか非常に満足したような表情を浮かべ『仕方ないですね』と頷いた。
私は黙って服を手に取るが、確かに何か違和感はずっと感じているものの、何かが変化したような感覚はまるでない。
まあ悪魔のマーキングってのも絶対ではないらしいからな……彼らは人間とは時間感覚が違いすぎて、人の寿命なんか理解していないという話だし。
「んー……良いものは見られましたが、影響がないってことはないと思うんですよ」
「力が抜けるとかはないね」
「そんな直接的なもの悪魔は好みませんよ……よほど気に入っているのか、それとももっと先なのか……」
「まあ何もないと良いけどね、服着るよ」
「ええ……もう大丈夫です」
パトリシアは少し考え込むような仕草を見せるが、その間に私は服を着ていく。
実家だとラファエラが手伝ってくれるが、本来自分だけでも問題なく着れる貴族令嬢である……下着を着用した後、衛兵隊から支給されている制服を着直すと、私はほっと息を吐いた。
今この部屋にはパトリシアと私しかいないとわかってはいても、自宅でもない場所で素っ裸になっているなど恥ずかしくて仕方ないのだ。
服を着終わってもパトリシアは手に持った書類をじっと見ながら考え込んでいたが、準備が終わったことに気がつくと椅子から立ち上がって私へと微笑んだ。
「いつもと違うことがあったら教えてください」
「……わかった」
「私も文献でしか知らないですけど、悪魔はとにかく油断している時に何かしてくるケースが多いみたいです」
「ペレグリ子爵の話も聞いたことあるよ」
「ああ、有名ですものね」
私も過去の文献を見たことがあるが、生命の危機に瀕している時とか夢の中とか、なんでこのタイミングで? という時に限って悪魔は何かしら影響を与えようとするらしい。
特に魂をマーキングしたというケースでは、悪魔は対象の魂を手中におさめるためにさまざまな影響を与えてくることが多いそうだ。
三〇〇年ほど前に、戦争で活躍した人形使いであるファン・イグナシオ・ペレグリ子爵というヴォルカニア王国の英雄がいた。
彼は戦争で帝国人形使いを次々と打ち破り、『帝国の宿敵』として今でも語り継がれる人物なのだが、ある日古代遺跡から発掘された宝物を献上された彼は、誤ってそれを壊してしまう。
壊れた宝物の中には数百年封印されていた悪魔が閉じ込められていて、自らを解放したペレグリ子爵を悪魔はとても気に入り、マーキングを行った。
「マーキングされたって逸話はあれが最初なんだっけ」
「そうですね、大抵はもっと直接的な行動をしますから」
戦争の英雄であるペレグリ子爵に対して悪魔は『素晴らしい魂に不敗の祝福を、これであなたは無敵の戦士になります』と話し、いつの日か子爵が自発的に戦いから身を引くと決めた際に、対価として魂を貰いますよと告げると姿を消した。
その悪魔の言葉通り、子爵は帝国兵を次々と打ち破っていく……自信を持ったペレグリ子爵はその後も多くの敵兵を討ち取っていった。
帝国はこの異常な強さを持つ英雄をどうにかして殺そうとするが、暗殺者が放った毒矢は命中せず、剣は身体に触れる前にへし折れたという。
だが彼が老境に差し掛かった時に、ふと昔ほど体が動かなくなったことを嘆いた子爵は、冗談混じりに夫人へとそろそろ引退も考えないとな、と言葉を漏らした。
『戦いから身を引くと考えましたね? 対価をいただきますよ』
だが、次の瞬間突然彼の視界にあの時自分を殺せないと告げた悪魔が姿を現すと彼へと告げる。
哀れなペレグリ子爵は敵の手ではなく、悪魔の手によって魂を抜き取られその生涯を終えることになった、という話だ。
この場合は悪魔は対価を魂として、その代わりに無敵の強さを与えているのだが、私の場合は観察するというタナトルムの言葉なので、それとは様子が異なるんだよね。
「追いかけるだけっていうから、少し面倒な付き纏いって感じなのかな」
「そうなんですかねえ……」
「まあ彼も仮初の肉体が滅びる瞬間だったし、上手くできないってことも……」
「どちらにせよわたくしのアーシャさんに、年がら年中付きまとう時点で万死に値しますよ」
パトリシアはなぜか怒りを滲ませるように拳を握りしめるが……わたくしの、ってどういうことなんだよ。
ため息をつきつつ私はパトリシアをそっと抱き寄せる……ふわりとした柔らかい感触を感じさせながら、彼女は私へと身を預けた。
お互いの体温を感じながら私たちは無言のまましばらくの間抱きしめ合う……こうしているだけでも気分が落ち着くし、不安など全てなくなるような気がする。
任務が終わってすぐだったので、少し汗の匂いがあるだろうか? それでも化粧品や香油の匂いなどもあってほっとするような香りが鼻腔をつく。
「危ない時はパトリシアが守ってくれるんだろ?」
「……ええ、私が守りますよ」
「私もパトリシアのことを守るからさ、よろしくね」
私の言葉にパトリシアは顔をあげて少しだけ泣きそうな表情を浮かべると、それを誤魔化すかのように再び私の胸へと顔を埋める。
初めて会った時から比べると、彼女はずっと柔らかい表情を浮かべるようになった……私もパトリシアのことを大切に思っているし、魂の奥底で彼女自身と結びついている感覚がずっとあって、それが心細さなどを感じさせないような気がしているのだ。
彼女を守らねばならない……だがそれと同時に彼女も私を守ろうとしてくれている、それがとても嬉しい。
「ごめんなさいアーシャさん、私にはまだわからないことが多いようです……」
「大丈夫だよ、それに私とアンタは心の奥底で繋がっている」
「契約してますからね……離れていても私はアーシャさんのことを感じています」
随伴魔術師であるパトリシアは物理的な距離が離れていても、ずっと近くにいるような感じがする。
これが魔術師と契約をすることなのだろう、以前の彼もそうだったが契約をした魔術師との思考や、考え方なども近くなっていくのかもしれない。
私はパトリシアの金色の髪をそっと撫でると、もう一度彼女を優しく抱きしめる。
「ありがとうパトリシア……私にとってアンタは本当に大事な、心よりも大切な存在になってきてるよ」
_(:3 」∠)_ 軽めの百合
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