第八一話 迷宮探索者 〇二
——禁じられた祭壇、古き時代の魔道大国により建造された巨大寺院の一つである。
「ったく……こういうのは冒険者に任せときゃいいんだよ」
私たち衛兵隊から選抜された調査班は以前訪れた場所、禁じられた祭壇における本来の入り口から少し離れた場所にある発掘調査現場へと来ていた。
今は支給された装備や武器を確認しつつ、現場に足を踏み入れる前の準備を進めている……いつの時代も、どんな場所でもそうだけど、何かをする前の準備というのは疎かにできない。
装備は潤沢に……という要望が受け入れられ、武器だけじゃなく探索に必要そうなものは大抵支給されることになった。
背嚢には三日分の携帯食料だけでなく、ギルドが支給する冒険者御用達の基本セット……これには魔導ランタンとか超軽量のロープに幾つかに分けられた水袋、火口箱に毛布など野営の際に使えそうな装備がこれでもかと詰め込まれたものだが、それが一人一つずつ配られた。
「軍で使っているのとあんまり変わらないか?」
「ひとまとめになっているのは便利ですねえ」
「タバコも数日分あるからまあ、不満はないか」
「アーシャさん、これいるのですか? 魔法でどうにかすれば……」
他の連中はどうかわからないが、私はタバコの消費量が少々多いので軍にいた時は背嚢には山ほど入ってて、それを見た同僚に『お前商売でもやる気なのか?』と笑われたものだが。
最近はほんの少しだけ吸う量が減った気がする……と口に咥えたタバコに火をつけると、それを見ていたパトリシアが背嚢に入っていた火口箱を手にして不思議そうに首を傾げる。
火口箱はそのまま火を起こすための道具が一式入った道具のことで、火打ち石や鉄片そして油の染み込んだ布切れが入れられている。
まあ本当に石をカチカチやって火を起こすんだ! と初めて見た時は感動したもんだよ、ほんと。
「軍でもそういうの使ってたんだよ、魔術師の前で魔法使うと嫌がられるじゃん」
「魔術師だって、口ではそう言いますけど案外自分でも使ったりしますよ」
「まあそうですね……年配の人だと厳密に守ったりしますけど」
パトリシアの言葉に、タラスの指揮魔術師であるマルツィオ・カサヴォーラも苦笑しながら頷く。
実のところ魔術師が魔法を見下す理由は彼らにしかよくわかっていない……理論と学問に基づいた魔術と違い、魔法はもっと原始的なものだというのが理由の一つだけど。
ただ一般的には魔法を扱う人間の方が圧倒的に多く、方法さえわかっていれば食堂のおばちゃんでもこれを扱えるというのは利点である。
使いようによっては破壊と混乱を撒き散らす魔術師など比べ物にならないほどの戦力になったりするので、この辺りは使いようによるのだろう。
私が知っている人も、魔術の力量はそれほど高くないが魔法を操らせると超一流なんてのもいたので、やはり何が使えるのか? よりもどう使うのかが重要だと思う。
「ま、可能な限りこういうものに頼らないようにしたいね」
「傷薬とかも入っているな、二人は『治癒』を使えないんだろ?」
「自分は使えません」
「わたくしは使わないですね」
マルツィオとパトリシアはタラスの問いかけに同時に答えるが、治癒は魔術師たちが扱う魔術の中でも特に奇跡に近い部類だ。
この世界の治癒は結構高性能で、傷口そのものに魔力を当ててその形を元に戻していくのが特徴で、四肢喪失した怪我人を元に戻すこともできるが、これには相当な魔力を使うらしく当然のことながら対価が高い。
聖教の超熱心な信徒であり神職である聖務魔術師にしか伝授されない特殊な魔術なんだけど……ん? パトリシア、今なんて言った?
私が訝しげるようにパトリシアの顔を見ると、彼女はニコニコ微笑んで首を傾げた。
「どうかいたしました?」
「あ、いや使わないって聞こえて……」
「ええ、滅多に使わないですね……とても疲れるので」
「ああ、疲れるのね……わかったよ」
毎度のことながらパトリシアのポテンシャルはどうなっているんだ、そしてこの才女が星屑の塔で出来損ない扱いってなんかおかしいだろ、とは素直に思う。
私が難しい顔をしているのが不思議なのか、パトリシアはキョトンとした顔で私を見ていたが、肩をすくめるような仕草をしてからマルツィオに苦笑を向けた。
タラスの指揮魔術師であるマルツィオはカサヴォーラ伯爵家の三男だが、このカサヴォーラ家は魔術師の家系ということだが、戦争中は東方戦線に派遣されていたらしい。
東方戦線はヴォルカーヴン公国が主要な敵国ではあったが、他の戦線に比べると比較的落ち着いていたという話は聞く。
「まあパトリシア様は色々と規格外なので」
「そうなんですか? 皆様も同じことができるのかと」
「難しいですね……現に自分、治癒は使用できませんよ」
あまり目立っていないけど、マルツィオもかなり優秀な魔術師と言える。
私の見立てでは十分に高位クラスの能力と魔力を有している……タラスと組ませるにはあまりに常識人すぎて、事務作業は彼がほとんどやっていたり、隊長や参謀の補佐などに付き合わされているとかでいつも疲れた顔をしていたりする。
過去の経歴的には大規模会戦よりも少人数での遭遇戦に能力を発揮していたとかで、魔力の精密なコントロールを買われて衛兵隊にスカウトされているらしい。
ちなみに同じように私の書類を率先して処理しているパトリシアはそれほど疲れた顔を見せていないので、やはりそう言った面でも彼女はちょっと違うのだろう。
「おい、それよりも今わかっている範囲の地図はもらっているのか?」
「ありますよ、こちらに」
駐屯地を離れることが難しいデュポスト隊長に変わり、本件の指揮を取るのはエゼルレッド参謀である……相変わらず元軍人には見えない小柄な女性だが、この人実務能力に関しては本当に飛び抜けてるんだよな。
彼女は仮説のテーブルに大きな地図を広げる……そこには現在までにギルドと冒険者たちが調査した禁じられた祭壇の内容が描かれている。
思ったよりも広いな……横穴が開くまでの間、この遺跡は地下四階層であることが調査でわかっている……過去には小型の竜種などの生息も確認されていたが、大規模討伐の後は小型のコブリンとかコボルトが棲みつくような場所として知られていた。
そのため先日のようなバジリスクが出るなど誰も想像していなかったのだ……それまで出ていない魔物がいたということは、この禁じられた祭壇はもしかしたら別のダンジョンと繋がっており、そこから魔物が移動してきている可能性がある。
「追加調査時には先日討伐されたバジリスクのような大型の魔物はいなかったそうですが、それまでいなかったガーゴイルなどの守護生物が発見されました」
「ガーゴイルも大きさによっては人間じゃ勝てないぞ」
「一応今までに発見されたのは人間大だったそうですが……今後はわかりませんね」
「大きさ的に人形騎士は入らないよな?」
「難しいですね」
ダンジョンに人形騎士が入らない……これはどこでも起きる問題で、大型の魔物が住み着いている場所は広くても入り口がそもそもそのサイズではない、みたいなことが発生する。
こう言った魔物は別に出入り口を持っていたりするんだけど、空を飛ばないとダメだったり水中に潜るとかが必要だったりとどれも人形騎士には難しいケースが多い。
なので……ダンジョンないで奇妙に広く、そして開けた場所にもし巨大な魔物が出た場合は一目散に逃げ出すしかない。
勇敢な冒険者なら立ち向かうかもしれないけど、残念ながら私たちは人形使いと魔術師である……正直白兵戦は勘弁してもらいたいところなのだ。
地図を見ながら難しい顔をしていた私を見て、エゼルレッド参謀は優しく微笑んだ。
「まあ内部を踏破しろという話ではないので、ほどほどでいいですよ……何が出てくるかわかりませんし」
_(:3 」∠)_ 次回ダンジョン探検!
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