第〇八話 街道だからって安全だとは限らない
「あともう少しでライオトリシアか……」
「正直長かったですね、あちこち痛いです」
ゆらゆら揺れる馬車の荷台から空を見上げると、どこまでも青い空がいつものように広がっているのが見える。
ライオトリシアへと向かう馬車の旅はそろそろ終わり……何度も野営して、一度だけ途中の街で宿に泊まれたのだが、長い馬車の旅と野営で少し身体が痛い気がする。
パトリシアと話したのはあの夜だけだが、それでも多少なりとも距離は縮まったようで、今も少しだけ近くに座っているし、私がタバコを吸っていて彼女はあまり文句を言わなくなった。
とはいえ子供は同じ馬車に乗っているので気を使って、タバコを吸うときは一番後方に移動して可能な限り煙が子供に向かないようにしているのだが、それを見る乗客の目はほんの少し優しくなっただろうか?
「ライオトリシアにはアーシャさんの実家があるのですよね?」
「あ、ああ……もう一〇年以上戻っていないから忘れられてるかもね」
育ての親がいるリーベルライト男爵家はまだあることは知っている。
何度か強引に送りつけられた釣書の件で連絡が来たり、兄であるパトリック・リーベルライトが近衛連隊に尋ねてきたりもしており、つながりは完全に途絶えているわけじゃない。
パトリック兄様はライオトリシアの貴族議会員である義父の秘書を勤めているが、そのうち男爵家を継ぐことが決まっていて、結構忙しいとか愚痴をこぼしていたっけ。
前に会った時に『お前はいいよなあ、気楽な軍人稼業で……』と言われたけど仕方ないだろう、実子な上に兄は男性なんだから。
ライオトリシアに着いたらまず実家に寄って、そこから兄の家に遊びに行くか……私がそんなことを考えていると突然馬車が急停止する。
「なんだ……?」
「急に止まりましたね……何かあったんでしょうか?」
嫌な予感がする……私は少し広めの荷台を歩き馬車の前にある御者台の方向へと移動していく。
この乗り合い馬車の御者は途中で一回変わっていて、護衛はそのまま残ってくれているが、そういえばあまり話をしてない。
私が御者台へと顔を出すと、そこにいた御者と護衛の若者が少し緊張した面持ちでじっと街道の前を見つめていた。
なんだ……? と私がそちらの方向へと視線を向けると少し離れた場所に、まだ煙を上げる破壊された馬車の残骸が積み上がっているのが見える。
明らかな襲撃の跡、戦争中にはよく見たけど平和な時代においては危険そのものの光景に他ならない、しかも今私たちは街道を進んでいたので、この辺りに何かが潜んでいることは明白であった。
その周りには黒く焼けこげた人形のようにも見える何か……戦場では何度も見た炭化した死体がいくつも転がっている。
「……街道に山賊でもでたのか」
「ここは安全な場所のはずなんだが……」
私の問いかけに答えた護衛の男性……名前はミハエルとか言ったか、傭兵として活動しているとか話していたが彼は腰に下げた剣の柄に手を添えてあたりを注意深く見守っている。
その時後ろからパトリシアが異変を感じたのか寄ってくるが、私は彼女に手を向けてこっちへくるな、と合図する。
空気が変わったことを察知したのか、ご婦人が連れていた子供が怯えてしまい泣き出している……まずいな、山賊に聞かれたら呼び寄せることにもなってしまう。
私は背後に視線を向けてそこで緊張した面持ちのパトリシアへと無言で、口に指を当てて子供をなんとかしてくれと合図する。
それを理解したのかパトリシアはすぐに子供のそばへと向かって、母親と一緒にあやし始める。
「……アーシャさんとか言ったか、兵士だったんだろ?」
「ああ、私が見にいくよ……武器はあるかい?」
「持っていないのか? 仕方ないな……」
ミハエルは背中に手を回して一本の小剣を取り出すと、私へと渡してきた。
それを受け取った私は軽く重さを確認すると、馬車を降りて少しだけ姿勢を低くしながら小走りに馬車の残骸へと向かう。
煙は上がっているが、すでに燃えてからかなりの時間が経っているのだろう……残火で燻るその場所は戦場で散々嗅いだ嫌な匂いが漂っている。
放置されたままの黒焦げになった死体のそばへと向かうと、状態を確認するために私は軽く手を触れた。
だが死体は相当な時間焼かれたのか、触っただけでずるりと炭化した皮膚が崩れ、恐ろしく鮮やかな色をした肉が露出する。
ぐ……数年戦場から離れてたために思わず口元を押さえてしまった……だが、死体の格好を見るに、どうやら焼かれる前に武器か何かで刺し殺されたようにも見える。
「……あまり手入れしていない武器で刺したように見える……だけどあっちは違う」
私は周りに何かがないか視線をあたりに向けると、地面に奇妙な凹みが残っていることに気がついた……何かとてつもない重さのものが地面を歩き回ったような……昔戦場で散々見た足跡。
馬車へと視線を向けると恐ろしく巨大な何かで撫で斬りにでもしたかのように、馬車も巨大なスレイプニルも両断されているのだ。
その事実に背中がゾッと寒くなる……まずいな、人を殺したのは山賊だが馬車を破壊して回っているのは別のものだ。
すぐにここを離れないと同じ目に遭う……戦争中も落伍兵が山賊化する事件は多発していて、その度に治安維持を名目に鎮圧に向かったことがあるが、このケースは初めてだ。
私はすぐに自分が乗っていた乗り合い馬車の方へと身を低くしたまま移動すると、心配そうな顔で私を見ていた御者とミハエルに向かって私は少しだけ声を小さくしながら伝えることにした。
「まずいな、おそらく襲ったのは山賊なんだけど装備が問題だ」
「どういうことですか?」
「馬車を一撃で破壊するだけの力がある装備なんかそう多くないだろ」
私が何を言いたいのかすぐに理解したのだろう、ミハエルと御者は血相を変えて馬車の方向を変えようとし始める。
だがスレイプニルが何かに怯えたように動こうとしない……この六足歩行獣はひどく臆病だ、目の前に同族の死体が転がっているのを見て、危険を察知しているのかブルブルと震えている。
一向に動こうとしないスレイプニルに業を煮やしたのか御者が馬車の前に移動してスレイプニルをなんとか動かそうと手綱を引っ張る……無理だな、スレイプニルは人の力で動かせるほど軽くはない。
そんなことをしている合間に、何かとてつもなく重いものが移動しているかのように地面が緩やかに振動していることに気がついた。
ズシン、ズシン……と遠くから何かがこちらへと近づいてくるのがわかる、だがその振動もまたスレイプニルを怯えさせているのか、悲鳴のような声をあげて前足を振り上げて動くことを拒んでしまっている。
「諦めろ! 馬車を捨てて逃げるんだ!」
「おい、馬車から離れるんだ、急げッ!」
「うわあああッ!」
「アーシャさん何が……!」
「早く走れッ! 出てくるぞ!」
ミハエルの言葉に乗客たちは混乱しながらも馬車を降りて、近くの木陰へと逃げようと走り出した……私も馬車から降りてきたパトリシアの手をとって走り出す。
走りながら馬車の方を見ると、ちょうど深い森の中から巨大な影が出現するところだった……ゆらり、ゆらりとまるで甲冑を着用した神話に出てくる巨人のような姿。
あの戦争中、私が嫌になる程散々に聞いた駆動音、そして人間の心臓の音を大きくしたかのような独特の鼓動。
この世界に転生して初めて見た時に驚いた……それはまるで前世のアニメや漫画に出てくるような巨大な騎士、そしてそれは人の手によって作られ、人を模した兵器そのもの。
戦争のために生み出され、戦争の趨勢を担う存在として活躍し……そして大陸中の戦場で猛威を振るった脅威の存在……この世界における最強の決戦兵器であるそれは、少しぎこちない動きで首を動かし、ぼんやりと光る青い目を逃げようとする私たちへと向けた。
私はその巨大な存在を見て思わず誰に聞かせるわけでもなく思わず叫ぶ。
「人形騎士……! そこらへんの山賊が持っていい装備じゃないぞ……!」
_(:3 」∠)_ タグにある通り実はロボットものでした(オイ
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