第七二話 人形騎士ヴァルカリオン 〇三
「さて……結構ヤバいねえ……」
私は緊張からか思わず乾きを覚えて唇をペロリと舌で舐めるが、この仕草は『淑女らしくない』とか言われて矯正させられたんだっけな。
それでも前世の記憶がある私はどうしても一人になると、男性だった時の癖らしきものが顔を覗かせる……いくら言われようが『アナスタシア・リーベルライト』が転生者であるという事実がある以上、私は一〇〇パーセント満点のご令嬢というのは難しいのかもしれない。
目の前のヴァルカリオンは油断なく槍を構えると距離を測るように牽制の攻撃を繰り出すが、私はそれを盾の表面で受けつつ相手を中心にゆっくりと左回りに移動していく。
『どうした、かかってこないのか?』
「人を手負いの虎みたいな扱いするんじゃないよ」
『赤虎姫といわれたくらいだろう? 野生の虎と同じでよかろう……』
「ハハッ! そういう安っぽい挑発は新兵相手にやるもんだぞ」
二〇かそこらの時なら今の挑発で無理矢理にでも距離を詰めていっただろうが、経験を積んで古強者となっている私は、多少挑発されても状況が悪ければ飛び出さないくらいの判断はできるようになっていた。
モニター内に映るヴァルカリオンはこちらの様子を覗いながら、時折牽制のために槍を突き出す……だがこれは牽制で無理に飛び込むと逆に食われる可能性がある。
もう一手状況が変わる手札が欲しい……相手の攻撃を避けつつ、操縦席内に視線を配る.
そういえばジーモンが整備の時に色々言ってたんだが、特殊兵装の類を装着したいという希望が出ていた。
が、今回の整備には間に合わなくて私の一号騎にはそう言ったものが付けられていない……いやつけるのもちょっと抵抗あるんだよな。
「……付けとけば良かったか? うーん……」
戦争中にグラディウスをベースにした特殊兵装満載の遊撃人形騎士『グラディウス・プラエドー』ってのが建造されたことがあった。
ばね仕掛けの投げ矢発射装置とか、背中につけた投石装置などで一騎打ちの際にはかなり有効な装備を持っていたそうだ。
いきなり相手の腕から投げ矢が飛んできたり、背中越しに石が飛んできたら確かに驚くんだけど。
残念ながら技術的な問題で、その威力は限定的で機体そのものが区別化のために全く違う外装を持っていたことから警戒されてしまった。
戦場では一騎討ちを避けられたりと、終戦前はかなり評価が下がってしまっていたらしい。
私も乱戦での戦いを得意としていたので、そういった特殊兵装には興味なかったんだよな……ただ、魔道具を使用した特殊兵装ならもしかして、という気がしなくもない。
『うおおおおおおっ!!』
「何?!」
『なんだ……ッ!』
私とヴァルカリオンが対峙している最中、広場へと走り込んでくる人の雄叫びで、私たちは同時に視線をそちらへと向けた。
ようやく貴族会議員の護衛が終わったのだろう……タラスの駆る二号騎が戦斧を手にヴァルカリオンへと突進してくるのが見えた。
タラス機は多板装甲を多用した重装甲タイプであり、私の一号騎と外見がかなり異なっていて、ついでに彼の趣味らしいが頭部に羽飾りが付いているのが特徴である。
ぱっと見はかなり違いがある私と彼の乗機ではあるが、体高が変わらないことや細かい部分のパーツが同じだったりするので同じヴィギルスだとはっきりとわかる。
重装甲タイプとは思えないほどの速度で距離を一気に詰めたタラスは、両手に持った戦斧を叩きつけるようにヴァルカリオンへと放った。
ギャイイイインッ! という音を立てて咄嗟に防御姿勢をとったヴァルカリオンの持つ槍へと叩きつけられる戦斧。
ヴァルカリオンの持つ伸縮式の槍は強度がそれほど強くはなかったのだろう、あまりの威力に中央から歪むようにへし折れ、敵は役に立たなくなった武器を手放すとすぐに距離を取るように地面を蹴った。
『ちっ! 思ったよりも硬いな!』
『く……新手か、しかも一撃が鋭い……!』
「まだ荷車が残っているのか……! タラス気をつけろッ!」
だが、少し離れた場所に着地したヴァルカリオンが地響きを上げながら、そこに残されていた荷車へと再び手を突っ込んだことで、私はタラスへと警告を発する。
ヴァルカリオンが再び手を上げたときに再びその手には幅広の直剣が握られている……同じ武器が二本あるってことは二刀流を前提に組み立てたのかもな。
騎士級人形騎士はそもそも装甲が分厚いからな……搭乗者が慣れていればそっちの方が強いだろう。
私とタラスはゆっくりとヴァルカリオンとの距離を詰め始めるが、流石に二人同時に相手するというのは不利だとわかっているのだろう、彼は距離を測るように後退していく。
『……戦い慣れてやがるな』
『タラス……? そうかお前は北の亡霊ノイラート子爵か』
『俺を知っているということは帝国人か』
『衛兵隊に英雄級の人物が幾人も……やはり帝国は腐ったな』
北の亡霊と言うタラスの異名は、北方戦線において彼が敗色濃厚な戦線を一人で支え続けたことに起因している異名である。
北方戦線はノルガルド王国を中心に、帝国が敵対した国の中でも屈指の戦力を有する北方国家群と呼ばれる国家連合との戦いが主であった。
帝国軍はこの戦線において非常に苦戦し、何度も苦渋を舐めさせられている……戦争開始直後から、帝国軍は何度も侵攻を繰り返し、そして一時的には領土を支配するのだが時間の経過とともに押し返され一進一退を繰り返し続けていた。
転機があったのは北方諸国の中でも帝国領に近い南方の貴族連合が北方諸国から離脱し、帝国に帰順した時だとされていて、ノイラート子爵家もまたこの貴族連合の一員であった。
『そもそも帝国貴族相手に腐ったとか何言ってやがるんだ、なあ赤虎姫』
「まあね……そっちも名のある貴族じゃねえのか? そうでもしないとそんなオモチャ手に入らないだろ」
『確かに元貴族だがな……私はもう籍を捨てた』
元貴族……つまりなんらかの理由で貴族家が没落したか、自ら貴族家から離脱したか……戦争後にそういう連中が多かったと言うのは聞いたことがある。
軍人といえども人間である……戦争中に無茶な命令とか、悲惨な状況を目の当たりにして心を病み軍人であることを諦めて、別の道を志したものなどは多く存在している。
ただ貴族であるということは非常に強い身分証明であり、帝国ではそう簡単に簡単に貴族家の肩書を捨てることはできない。
と言うのもいわゆる『ご落胤』問題が尾を引くためで、こう言った人たちは平民階級に近いけど『準貴族』として帝国の戸籍名簿には載っているはずだ。
そう言ったものを調べれば、このヴァルカリオンに載っている人物の名前や元の爵位なども調べられるだろうけど……それはここですぐ出てくるものではない。
「こっちは名乗ったぞ、アンタは名乗らないのか?」
『私はもう名前を捨てた……ッ!』
『くるぞッ!』
その言葉と同時にヴァルカリオンが地響きとともに前に出る……私とタラスは左右に分かれて敵人形騎士の背後を取ろうと動き始めた。
対人形騎士戦で最も厄介なのがこういった形で多数の敵に回り込まれ、背後から攻撃されることだと言うのは人形使いであれば常識となっている。
当たり前だが視界は人形騎士の目に当たる部分から入る情報しかなく背後に目が無いので、そちら側の情報は手に入らないからである。
基本的に相手を正面に捉え続ける、と言う訓練は散々に教え込まれるわけだが……左右に分かれた敵をどう捕捉し続けるか、と言うのは経験値がないと咄嗟に判断できないんだよね。
だが……ヴァルカリオンはそんなことを無視して前進すると、左側に展開したタラスへと進路を変更して追いかけ始めた。
私のヴィギルスは攻撃力が低いと判断して、先にダメージを受けそうな方を狙いに……!
「あ、こいつ……ッ! タラス気をつけろッ!」
_(:3 」∠)_ タラス君ピンチ
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