第六五話 戦勝式典警護 〇五
「……『鼠』が全滅した」
「そうか……他はどうだ? 『狩人』が無事ならどうにかなる」
ライオトリシア戦勝式典に沸く喧騒の最中、ほぼ開店休業状態となっている宿屋の一角で一〇人ほどの男たちが声を潜めて話を続けていた。
彼らの格好はバラバラで、着崩した帝国軍の制服や、貴族が好んで着用する仕立ての良い服など、元の身分が異なる人物が一堂に会していることだけがわかる。
彼らは自らを『鉄槌を下す者』と呼称しているが、その名を知っているのはこの場にいるものと、彼らの同志だけである。
少し無精髭が目立つ初老の男性が椅子に座ってテーブルの上に置かれている、この戦勝式典の順路などが記載された地図を見ながら、一箇所に何かを示す印をつけた。
その箇所は地下水路につながる場所であり、つい先ほど帝国軍が不審者との戦闘となった箇所を示しているが、彼らはその印を見ながら苦々しい表情を浮かべている。
「すでに所定の位置についています、いつでも行動は起こせるかと」
「整備は完了しているのか?」
「問題ありません、ただ……」
「なんだ」
「一度出ると二度と戻れないため、行動開始は慎重に行うべきかと」
今この場にいる鉄槌を下す者たちは、過去にライオトリシアの政治や軍事の要職についていた貴族や軍人であった。
数年前にカリェーハ女伯爵とバララーエフ少将によって綱紀粛正の嵐が吹いた際に、汚職などの疑惑によってその地位を追われた者がその場に集まっている。
元々政治的な対立をしていた者同士もまた、お互いの利害を超えて復讐のために手を結ぶと、今日までその牙を研ぎ続けていたのだ。
カリエェーハ女伯爵が確固たる政治体制を築いているのは、それまで対立していた政敵を虱潰しのように粛清し続けていたからで、ある意味彼女の被害者とも言える。
ただ、その粛清では流石に命までを取るようなことはせず、要職から追いやられたもの、他の都市へと移住を余儀なくされたものなど多岐に渡るが、よほどのことがない限り獄中などには放り込まれていない。
ただ女伯爵によって簡単に粛清されるほど彼らはその地位を利用して、自ら不正などの罪を犯しており、自業自得のようなものではあるのだが、やられた方にとっては理不尽極まりないことは確かだ。
「そうだな、一撃で仕留めねばなるまい……辺境守備師団の協力者はどうだ?」
「粛清でかなり数が減っていますが、地図の提供や警備の穴を伝えてもらっています」
「今はそれでよかろう、次はどうする?」
「『猿』を使い、同志の一部を会場へと移動させます」
一際長い髭を指先で撫で付けながら一際豪華な服を着用している男性がそう尋ねると、窓際で外の様子を眺めているフードを被った男性はそう応えた。
彼らは行動に際して自らの手駒を動物に喩えて話をするようにしていた……聴いただけでは何を意味するのかは理解できず、同志として認められるとその意味を教えられるという単純極まりない暗号ではあるが、戦時中の帝国軍ではこういった暗号はよく用いられていたのだ。
戦争に参加していた工作部隊の人間であれば馴染みの言葉と呼んでも良いだろう、鼠は工作部隊そのものを表し、彼らは地下水路で破壊工作を担当していた連中だ。
ライオトリシアの地下水路は長年の無計画な開発によって迷宮のように入り組んだ構造となっており、さながらダンジョンとも言える場所である。
余談だが、ライオトリシアのギルドにて初心冒険者向けに発注される任務の中で一番メジャーなものがこの地下水路の地図制作と言われている。
「狩人による襲撃により『狐』と『犬』を殺します、そしてその直後から『猿』により扇動で場を混乱させ、警護を無力化します」
「狩人はどうする?」
「目的を達成したのち、猿の支援を受けつつ都市外へと脱出……馬車に乗り換えて都市デッジアへと移動の予定です」
「……衛兵隊」
「何だ?」
「衛兵隊の人形騎士はどうするかお聞かせ願いたいですね、スポンサーとしては」
テーブルから離れた場所に一人だけ距離をとって椅子に座っていた男がそう尋ねると、その場にいた全員がその男性へと視線を向けた。
視線が一斉に集まった緑色の短い髪に青い目をした三〇代くらいの男性はひらひらと手を振りながら微笑むが、その容姿は連邦人特有の少し浅黒い肌や痩せぎすの頬からも彼が帝国人ではないことが理解できる。
反カリェーハ女伯爵のために集まった同志たちは、この『カイム』と名乗る連邦人と彼が所属する『イムジア商会』からの支援を受けていた。
この商会はアルヴァレスト連邦との取引で拡大した中規模商会の一つで、終戦直前からその勢力を拡大した新興商会の一つである。
数年前よりイムジアの代理人と名乗る人物が路頭に迷っていた同志たちの元へと足繁く通い、驚くほどの資金を彼らに提供し、その資金をもとに彼らは息を吹き返していた。
そのため、今回行動を起こすにあたって、商会より派遣されてきたこのカイムと名乗る人物の意向は彼らにとっても無視できないものになっている。
「特にあのアナスタシア・リーベルライトは厄介だと思いますよ」
「リーベルライト男爵家の娘か? 女の人形使いがいかほどのものか」
「赤虎姫の名をご存知ではない? 王国では結構知られた存在ですけど」
「知らんな……温和な男爵の娘だろう? 軍人向きではないと思うが……」
カイムの言葉にその場にいた同志達は顔を見合わせる……ライオトリシアは前線から程遠く、さらにヴォルカニア王国戦線での活躍を知るものはそう多くなかった。
特に帝都との距離を考えると情報がうまく伝わっていない、という事情もあり彼らはリーベルライト男爵の娘と言われると、どうしてもまだ小さかった少女の印象しかないのだ。
それが名前持ちの軍人になっているという思考にはなりにくいのだろう……男爵の控えめで温和な性格などもあり、彼女は後方支援部隊などで働いているものだと勝手に思い込んでいた。
さらに直近までライオトリシアを離れていた者も多く、グラトニア討伐などの話題が一段落したところで街へと戻っていたことも影響して認識のずれが生じていた。
「……まあいいでしょう、狩人に任せます」
「彼は教導部隊の教官も務めていただろう、腕は確かなはずだ」
「ええ……そういうことを祈ります」
カイムの手元にある資料に書かれた名前は『アルマン・ルファヌー』……経歴によると南方戦線で二〇年近く戦っていた元帝国軍士官であり、最終階級は少佐。
人形使いとしての撃破スコアはそれほど高くないが、戦後教導部隊の教官を勤めた経験を持ち、三年ほど前に軍を退役した後、故郷であるダムシンヒアへと戻っている。
そこで妻と小さなパン屋を営んでいたが、一年前に妻が病気で他界すると仕事が手につかず、酒浸りの日々で借金を抱え自殺を図ろうとしたところを、鉄槌を下す者の手によって拾われた。
その恩義を返すため、という理由からアルマンはこの無謀なテロ計画に力を貸すことを約束していた……元々ダムシンヒアという近隣都市の出身だったこともあり、ライオトリシアには特別な思いもないからだ。
「アルマンの腕は私が保証する」
「連邦の未発表人形騎士を提供するのです、それ相応のものを期待しますよ、それと……」
「分かっている、脱出後は魔道具を使って焼却処分するのだろう?」
「ええ、アルマン氏にもそう伝えてください、それでは私はここで」
カイムはにっこりと笑うと椅子から立ち上がった……彼からすればこの場に残っている方が危ないのだ。
スラリとした長身の彼は、商会の人間というにはあまりに姿勢が良く、見るものが見れば彼が正規の訓練を受けた軍人だと気がつく者もいるだろう。
そして……もしこの場にアナスタシアやパトリシアがいれば、その声に聴き覚えがあると答えたかもしれない。
カイムの声は彼女達がライオトリシアへと来る途中、山賊団のアジトへと拐われた際に最新鋭人形騎士ラプターに乗っていたあの、アルヴァレスト連邦第三軍所属カイネル・オイレンブルク騎士少尉当人のものだからだ。
カイネル少尉は扉から出ると廊下で深くため息をつく……商会の人間を装うために来ている服はどうも着心地が悪くて合わないのだ。
「……ま、これで赤虎姫を倒せるとは思えんが、ライオトリシアという都市には相応のダメージが入る、な」
_(:3 」∠)_ ようやくカイネルさん再登場……!
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