第五五話 貴女はわたくしのものですから
「え?! その婚約を申し込んだ方ってアーシャさんの幼馴染なんですか?」
「うん、アルフレート・ベリルンド……子爵位を継いだって言ってたね」
答えを保留にして家に戻ってきた私は、男爵家が用意したネグリジェ姿で同じベッドの上にぺたんと腰を下ろしているパトリシアの質問攻めに会っていた。
ここ最近毎晩パトリシアは寝る前に私の部屋に来て、同じベッドでその日にあったことのおさらいと、翌日にやらねばいけない仕事のことなどを話すようになっていた。
彼女は『こうしないとアーシャさん翌日忘れちゃいますよね?』と結構真剣な目でそう話してきたんだけど、私ってそんなに忘れっぽかっただろうか? と思った。
アルフレートのお茶会に出席していた間、彼女は衛兵隊の書類作業を終わらせ、タラスの指揮魔術師であるマルツィオに業務引き継ぎを全て終わらせると、いつものように男爵家に戻ってきている。
仕事し過ぎでしょ、と思ったし実際にデュポスト隊長は『侯爵家の御令嬢にそんな仕事は……!』と、胃が痛そうな顔で訴えたが、パトリシアは仕事を頑として譲らず、結果的に彼女は必要な仕事は全てこなしていくようになっているのだ。
「……わたくしの知らないアーシャさんかぁ……」
「それを言ったら私だってトリシアの小さい頃を知らないだろ」
「あ、そうですね……でも男性の幼馴染かぁ……」
彼女がリーベルライト男爵家に居候するようになって早くも一ヶ月以上の時間が過ぎており、男爵家の人たちはパトリシアを客人から、自分の家族のような扱いへと変えていた。
パトリシア本人がそうして欲しいという話をしたからなのだが、そうすることによって彼女自身も元の生活よりも大分質素な生活ではあるが、楽しそうに毎日を過ごせるようになっていた。
ちなみに先日ギルメール侯爵家から、リーベルライト本家を通じて『娘を預かってくれて感謝する』という言伝とともに、多額のお金が送られてきた。
そのお金はパトリシアの生活のために使用してほしい、というものだと判断しお義父様はパトリシアへと相談をしたところ、彼女は男爵家の生活に合わせて欲しいと懇願していた。
一人だけ豪華な生活を送るわけにはいかない、というのが彼女の意図だったらしいが、それを汲んだのかお義父様はパトリシアの意思を尊重して男爵家相当の生活レベルで抑えている。
「なんで不満げなんだよ」
「それは……わたくしがアーシャさんと契約しているからですよ」
不満そうな表情を浮かべるパトリシアだが、ちょっとその表情が可愛過ぎて私は思わず笑ってしまう……確かに私たちは誰にもいえない契約を結んでいる。
人形使いと随伴魔術師間の契約として、私たちの魂そのものが結びついてしまっている。
グラトニアを倒した際に御者であるメルタにそのことを突っ込まれているのだけど、彼女にはこれには事情があって人に話せないのだと告げたところ、目を輝かせて何も言わずに頷いていた。
後でパトリシアが聞いたら『禁断の関係なんですよね!』と何故かメルタはひどく興奮した面持ちで返したそうなので、秘密が漏れる心配はないのだろう……多分。
「そりゃ私はアンタのものだけどさ……」
「そうですよ、随伴魔術師と契約した人形使いは魔術師のものです、だからアーシャさんはわたくしのものなのです」
「なんで誇らしげなのさ……」
ふふんと胸を張ったパトリシアだが、ネグリジェ越しに薄く透けて見える彼女の体は程よく締まっており、小ぶりな胸や白い肌は透き通るようで思わず見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
少し視線を逸らした私を見て、パトリシアはそっとそばに近寄るとイタズラっぽく笑ってから言葉を出さずに両手を左右に広げた。
私がパトリシアの行動に戸惑っていると、彼女は『ん』、と咳払いのような声を出すとその格好のまま私を待つように両目をつぶっている。
抱きしめろってことか……私が彼女をそっと引き寄せると、パトリシアは私にのしかかるように体重を預ける……顔を私の胸へと押し当てるような格好になると、そっと呟く。
「わたくし……ちょっと嫉妬しちゃいました」
「誰に? トリシアが嫉妬するような話じゃないだろ」
「その幼馴染の人にアーシャさんを取られるような気がして……婚約しませんよね?」
パトリシアは上目づかいで私の目をじっと見つめる……少しだけ潤んだ青い海のように深い瞳に吸い込まれそうになる。
前世が男性という自認のある私にとって自分もさることながら、女性の柔らかい感触というのはとても気恥ずかしい。
思わず頬が熱くなる感覚を覚えるが、そんな私を見たパトリシアはニカっと笑うと私の胸に改めて顔を埋める……人並み以上におっきい胸がその動きで軽く揺れる。
こんなに甘えん坊だったかな、と彼女を抱きしめながらそっと髪を撫でると、まるで飼い犬が優しく撫でられることに喜ぶようにパトリシアは満足したように私の背中をギュッと抱きしめた。
その感触がとても心地よい……これほどの安心感は今までに感じたことがなく、私はそっと彼女の額に唇を落とした。
「……とられないよ、私はトリシアと魂で繋がっているだろ?」
「そうですけど少し感じるんです、その……アーシャさんが心より信頼した魂の痕跡を……だから、少し不安になって……」
「ああ……戦争では彼に助けられたからね……ずっと忘れないだろう」
戦争中に随伴魔術師であった彼と契約をした際は戦闘における視界の拡大や、多少反射速度が速くなったくらいでパトリシアの時のような全身を駆け巡る電流のような快感はなかった。
それはアイツ自身が『俺は落ちこぼれだったからな』と自嘲気味に笑うくらいだったからなのかわからないけど、それでも戦いでは非常に効果を発揮したし私も彼のことは心から信頼していたのだ。
戦争中にお互いがいなければ死んでいたであろう、最前線での戦い……元々は教育係としてコンビを組んでいたのだけど、命を預けるパートナーとして最も良い相性だったと言っても過言ではない。
だが、今はもう彼はいない……命が失われる瞬間を、死の恐怖に溢れた涙も、そしてその時に感じた強烈な喪失感も私は今でも忘れられない。
「アーシャさん、悲しい顔してますね」
「……思い出しただけだよ、もう昔のことだし私は婚約なんて考えてない……」
私がパトリシアとの契約を渋ったのは階級差だけじゃない、今から考えてみればそれを理由にはしたけど本当のところ私はあの感覚がとてつもなく怖かったからだと思う。
魂が結びついたパートナーが死ぬ感覚、魂に空いたぽっかりとした空洞、そしていつまでもそこにこびりつく彼の残穢、いつまでも忘れない優しく響く声。
真剣なアルフレートの顔も浮かんでくるが、実際に面と向かって婚約を申し込まれたのは初めてじゃないにもかかわらず、やけに気にはなった。
私がパトリシアの髪を撫でる手を止めて思考の海に沈んでいると、突然彼女は私に向かって唇を軽く重ねてきた。
いきなりのことで私が目を見開いて驚いていると、パトリシアは軽く私の唇を啄むような動きを見せた後、正面からじっと瞳を見つめてつぶやいた。
「……契約の時みたいにしましょう」
「え? 契約の時って……んっ!」
私が言葉を言い終わるのを待たずに、パトリシアは再び私へと口づけた。
彼女は少し強引なまでに舌を使って私の唇を割ると、そのまま口内へと侵入し……そして強く舌を絡ませていく。
それはある意味蹂躙と言っても良いかもしれないが、彼女は一心不乱に唾液が口の端から溢れることも構わないかのように舌を絡ませ、二人しかいない静かな部屋に舌と唾液が絡む水音を響かせる。
あまりに強引で彼女らしくない行動に面食らっていた私だが、その動きに反応して次第に自らの体が熱くなっていくのを感じ、思わず……んんっと吐息を漏らす。
パトリシアは少し上気した頬のまま唇を離すと、いつもの彼女らしくなく妖しく微笑み、そしてちろりと舌で唇を舐めてから私の耳元でつぶやいた。
「改めて言いますけど……わたくしはアーシャさんと契約できて嬉しいのです、貴女と繋がっていることが幸せなのです」
_(:3 」∠)_ 百合なんですよ!(白目
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