第五四話 久しぶりのお茶会
「では改めて……アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢です、ご招待いただきありがとうございます」
「やあ、来てくれるなんて嬉しいよアーシャ」
数日後、正式な招待を受けた私は約束通りベリルンド子爵の屋敷へと赴いた。
アルフレートは元々の背の高さもあるけどちゃんと鍛えているのだろう、背筋を伸ばしてすらっとした背が映えるような仕立ての良い服に身を包んでいた。
私は前とは違うドレスではあるが、ラファエラが気合を入れて化粧などをしてくれたので、多分昔の同僚とか衛兵隊の連中に見られても私だと思わないものが多いかもしれない。
ライオトリシアが実家の私は貴族令嬢ということもあり、こういった外向けの交流のために休みを取ることを特別に許可されている。
出身地が異なるタラスとかパトリシアは、数ヶ月間の勤務実態がないとダメということで今日の衛兵隊の仕事は彼らに任せていた。
出かける前、馬車に乗る際にパトリシアはものすごい顔で私をじっと見た後『夜、顛末を聞きますからね』と、私に告げて仕事へと向かっていった。
「衛兵隊を急に休んで大丈夫だったかい?」
「隊長にも話したら『貴族の責務だろ?』って言われたよ、だから今日は休み」
「話がわかる隊長だな、ではこちらへどうぞ、ご令嬢に来てもらうのは久しぶりだよ」
子供の頃に何度か遊びに来た記憶のあるベリルンド子爵邸だが、その頃の記憶と寸分違わぬそのままの姿であり懐かしさを感じながらアルフレートに導かれるままに小さな庭園へと足を踏み入れた。
庭園は屋敷の庭に造られた小さいながらも花などが効率的に配置された美しいもので、手入れが行き届いた美しい場所であった。
そこには数人のメイドその長がいたが、彼女は私を見て顔を綻ばせる……小さい頃に彼女は子爵家の新人メイドだったので、軽く一〇年以上顔を合わせていないのだけど、少し年齢を感じさせる皺などが増えた以外はあの時のまま彼女は私へと話しかけてきた。
「アナスタシア様……お久しぶりです、ヴァレリーです」
「ごきげんよう、覚えてるよ……もうメイド長になったのね」
「あんなに小さかったアナスタシア様もお綺麗になられて……」
「昔食べたケーキのことはちゃんと覚えてるよ、あの時はありがとう」
「……光栄です、アナスタシア様……」
ヴァレリーは微笑みながら私へと頭を下げると、本当に嬉しかったのか少し涙ぐんだ目元をハンカチで拭う……小さなころにここへ遊びにきた時に、彼女はわざわざ手製のケーキを作ってくれて一緒に食べたんだよなあ。
あの頃の思い出が蘇るような気がして私も思わずウルっときてしまったが、そんな私たちを見てアルフレートは苦笑すると、庭園に設置された白いテーブルと、椅子へと私を案内し向かいに座った。
ヴァレリーもすぐに気を取り直したのか、メイドたちへと指示を出すと子爵家のメイドはテキパキと効率よくお茶の準備を始めていく。
男爵家はラファエラと数人のメイドしか雇っていないので、準備もそれなりに時間がかかるのだけど、子爵へは流石に人数が違うためあっという間に準備が整ってしまった。
「では……改めてだが再会を祝して」
「再会を祝して」
「さて何から話そうかな……」
お互い勝手知ったる仲ではあるので、挨拶もそこそこにお茶を飲みながら近況を話し合う……どうやらアルフレートは数年前に子爵位を継いでおり、彼の父親は領地にある村へと引っ込んでしまったらしい。
彼自身はライオトリシアから離れたことはないらしく、主に貴族会議員としての活動で忙しいため、法案の整備とか派閥内部の意見調整などをやっているのだそうだ。
貴族会議員はこの都市における政治を担っており、予算の配分などを承認したり、配分調整を命令したりと本当に政治家そのものの仕事を行っている。
ただ帝国における政治というのは、絶対君主である皇帝陛下が最終的な認可を行うことになっており、いくら議会で方針が固まったとしても、それが帝国法に合致していなければ実行することは難しい。
帝国貴族としてのバランス感覚に優れた人でないとなかなか長く続けられない、ただちゃんと続けている人は終身議員として死ぬまで立場が約束されるのだ。
「君の兄上がなかなかに傑物だ、とは思うよ……あれほど弁の立つ人物は見たことないね」
「そうなんだね……離れて暮らしていると、肉親の評判は聞けないもので」
「戦争中、アーシャはどうしていたんだい?」
「王国戦線で戦ってたよ……前にもいったけど人形使いだった」
ヴォルカニア王国戦線は帝国最後の大戦争であった……投入された兵力は期間を通じて一〇〇万を軽く超えており、戦死者も夥しい数が出ている。
人形使いとして戦った私の同僚も毎日数を減らすような状況で、いつ自分の番が来るのかわからなくて怯えたこともあったな。
何よりも……前世が平和な日本で暮らしていたこともあって、殺さなければ殺されるという戦場のルールにはかなりストレスを感じた。
だが、騎士学園で叩き込まれた兵士としての心構えや、軍に入って最初に強制的に参加させられる『卒業の儀式』などで完全に慣らされたと思う。
卒業の儀式は帝国軍の将兵だと確実に経験している襲撃作戦なのだが、とにかく思い出したくないくらい酷いものだった。
自分の手が血に塗れている、というのは比喩でもなんでもなく事実そのものだ……私は転生前の世界に戻りたいと思っていた時期もあったが、すでにその資格がないのだと諦めのような感情を抱いている。
話題の中で私の表情が少し曇ったことに気がついたのか、アルフレートは慌てて話題を変えた。
「すまない、気が利いていなくて……衛兵隊の仕事はどうだい?」
「楽しくやっているよ、私は貴族令嬢としては失格だからね、仕事をしている方が性に合っている」
「……失格だなんていうなよ、アーシャは昔から綺麗だし、魅力的なんだぞ」
アルフレートが急に立ち上がると、私をじっと見つめる……軍隊時代にも綺麗だとか、魅力的だと口説いてくる奴はいたんだけど、『性格ゴリラ』と称されたきっかけの事件もあって、その数は激減していった。
私は魅力的なわけないだろ、と苦笑いを浮かべながらお茶を口にするが、その間もアルフレートはじっと私を見つめたまま黙っている。
あまりに真剣な面持ちに私は困惑したまま彼と視線を合わせるが、ほんの少しだがアルフレートの頬が上気しているようにも見え、私は眉を顰めた。
「いやいや、アル兄……軍隊上がりの令嬢なんかにそんな目をしないでよ……第一婚約者いたでしょ」
「……彼女は、その……婚約中に男を作って逃げた、だから僕は未婚のままなんだ」
「……そ、それはお気の毒様……」
「アルフレート様の魅力を分からないご婦人だったんですよ……」
ヴァレリーが私のカップにお茶を注ぎながらそう呟くが……あれ? もしかしてこれお茶会の招待を受けたから脈アリとか思われてる?
私は何の気なしにホイホイここに来てしまった自分の迂闊さを思わず呪うが、ヴァレリーはそんな私にお構いなくアルフレートの良いところを羅列し始める。
曰くアルフレートは一途だとか、曰く清廉潔白で逃げた婚約者以外に女性を娶ろうとしないとか、曰く私が子供の頃に出した手紙をいまだに持っているとか、なんとか。
重い、重すぎるぞ、それは……私が展開に戸惑って固まっていると、ヴァレリーの援護射撃で勇気を掻き立てられたのか、アルフレートはすっと立ち上がって私の前に膝をつく。
え、え? と私が彼を立たせようと手を伸ばした瞬間、彼は優しく私の手を取ると、一呼吸おいてから真剣な面持ちで私を見つめると、言葉を絞り出した。
「アーシャ、いやアナスタシア嬢……私と婚約を結んでくださいませんか? 先日会った時から……私は君のこと以外考えられなくなったんだ!」
_(:3 」∠)_ 突然のプロポーズ!
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