第五三話 夜会(コンウェントゥス)
「君はリーベルライト家の……」
「衛兵隊所属のアナスタシア・リーベルライトと申します、こちらこそチェッカレッリ子爵のお話は父より聞いております」
目の前で微笑む中年男性……確かライオトリシアの貴族議員であるアミントレ・チェッカレッリ子爵だったか? 子供の頃にあったような記憶があるが、その時よりもずっと歳を取ったなという印象がある。
チェッカレッリ子爵はリーベルライト男爵家と同じ政治派閥に所属しているので、基本的には味方という認識で良いだろう。
ゼルヴァイン帝国における貴族会議は、複数の政治派閥にそれぞれ複数の貴族議員が所属しており、各議題に応じて派閥同士が議論し合うという体制が作られている。
長い歴史の中で政治的な対立が直接的な暴力へとつながるケースは少なくなかったそうだが、ライオトリシアは辺境都市ということもあって、議論以上の対立は起きにくかったそうだ。
特にカリェーハ女伯爵の世代になってからは平和的な手段でのみ解決が奨励されている。
「ワシは小さい頃の君ともあった事があったな、ずいぶん大きくなって……婚約はしておらんのだったか?」
「そうですね、戦争でいなくなりまして……」
「そういう貴族家はかなり多いからな……ワシが紹介しても良いが」
「今は仕事に集中したいので……」
「そうか、まあ貴族家のご令嬢があまり一人でいることはよくない、いつでも頼りなさい」
「……ありがとうございます」
私は少しぎこちないながらもチェッカレッリ子爵へとカーテシーを披露してみせるが、それを見た子爵は優しく微笑むと『またな』と軽く手を振ってから別の参加者と話をするために私の前から離れて行った。
今私はライオトリシア貴族会議主催の夜会に参加していて、何年振りかわからない貴族的な交流というやつを余儀なくされている。
着用しているドレスはわざわざ男爵家が用意した美しいエメラルド色のものだが、よくこんなの用意していたな、と実家の手際の良さに多少呆れを感じる。
個人的にはもう二〇年以上女性をやってるので、ドレスを着用したところで気恥ずかしさなど全く感じなくなっているとはいえ、大きく開いた胸元から覗く自分の胸を見ると、ため息をつきたくなる気分だ。
「おや? アナスタシアか?」
「……えっとアナスタシア・リーベルライトです……どなた様でしたっけ……?」
「なんだよ、俺のこと忘れてしまったのか?」
あえて隠れるように壁の花となっていた私に声をかけてきたのは……緑色の髪に青い目、私と同じくらいの年代だが口髭が多少キザぽさを感じる男性だった。
どこかで見た事がある? がくるんと巻いた口髭の印象が強すぎて、どうにも記憶の中の顔つきと整合しなくて多少どうしようか悩んでしまった。
昔の顔を思い出そうと彼の目をじっと見つめると、少し不満げな表情ながら私を見ていた男性の表情に古い記憶が蘇る。
ああ……彼はライオトリシアにいた頃によく遊んでいた……と、私が少し驚いたような表情へと変わるのを見て、男性は嬉しそうににっこりと笑う。
「ようやく思い出したか、久しぶりだなアルフレートだ」
「アルフレート・ベリルンド……お久しぶり、まだ子爵令息って言えばいいの?」
「今はベリルンド子爵だ、お前は……まだリーベルライト姓ってことは結婚していないのか?」
アルフレート・ベリルンド子爵……私が騎士学園に入る前によく遊んでいた男の子で、年齢は三つ上だったかな? 活発かつ男子に混じって遊ぶのが好きだった私とよく遊んでいたのだけど、その頃の面影はまるでなく、立派な貴族といった出立だったので人の成長ってすげえな、と内心思った。
子爵家を継いでいるということは、ベリルンド子爵家は貴族会議員としてライオトリシアの政治にかかわっていたはずなので、彼も政治家になったということだろう。
私が少しぎこちないカーテシーを披露すると、彼も応じるように紳士の礼であるボウ・アンド・スクレープを返してくるが、こちらは非常に優雅な所作だった。
「昔みたいにアル兄と呼んでくれて構わないぞ、お前は妹みたいなものだからなアーシャ」
「そう? アル兄は貴族会議員やっているのかしら?」
「ああ、親父の後を継いでな……で、アーシャは結婚は……」
「してないよ、婚約者がいたこともあったけど全員死んだ」
「そうか戦争で恋人や家族を失ったものも多いからな……その前に再会を祝して」
アルフレートは近くにいた給仕メイドを呼び止めるグラスに入った赤ワインを二つ受け取ると、一つを私へと手渡す。
ライオトリシア産の赤ワインはアルコールが少し弱いが、口当たりが良く飲みやすいので油断すると簡単に酔っ払うんだよね。
私とアルフレートは軽くグラスを合わせて乾杯の仕草を取ると、そのワインを口に含んだ……うん、葡萄品種とかは全然わからないけど、やはり口当たりが良くて飲みやすいな。
芳醇な味わいのワインの味に思わず目を輝かせていると、そんな私を見た彼は結構真面目な顔で話しかけてきた。
「アーシャが軍人になった後の話を聞かせてくれ、君の話をお父上から聞けなくてね」
「んー……なんてことはないよ、最前線勤務で死ぬような目にあったけど……」
「貴族令嬢が最前線だと?」
「男爵令嬢ってことで相当舐められてたからねえ……」
「それにしたって……それで軍では何をやっていたんだ?」
私がペロリ、とグラスの中身を飲み干したのを見てアルフレートは苦笑しながらメイドから再び同じワインを受け取って私へと渡した。
それを受け取った私は軽く中身を口に含んだ後、少し昔のことを思い返す……軍での思い出はあまり良いものがない、もちろん辛いだけではなく色々な出来事や仲の良い友人なども多くいるのだが。
グラスの中でルビーのように輝くワインを見つめていると、自分が随伴魔術師であった元パートナーを失った時のことを思い出してしまう。
随伴魔術師との契約は魂の契約……今はパトリシアとの契約があるため、魂そのものにぽっかりと空いた穴はないのだけど、以前の契約の残穢はこびりついたままだ。
「軍では人形使いやってた」
「人形使いか……」
「一応少尉までは昇進したんだけど、戦争が終わって近衛に配属されてたんだ」
「貴族令嬢が尉官までって……い、いやそのあとは近衛か」
「でも近衛はクビになって、この間帰ってきたんだ」
私がワイングラスからぐい、と中身を飲み干すのを見てアルフレートは『そりゃ酷いな……』と呟くと、同じようにグラスからワインを一気に飲み干し、再びメイドを呼んで新しいワインを受け取り、私へと渡してきた。
彼に会う前からも結構な量を飲んでいた私だが、もともと酒に対する耐性が非常に強いのでこの程度では簡単に酔い潰れたりしない。
だが立て続けのワイン二杯はいくら酒に強いとはいえ、頬が少し熱くなっている気がする……対するアルフレートは同じように耐性がついているのか顔色を全く変えることはなく、グラスの中身を楽しむように飲んでいる。
「そうか……な、なあ……もし迷惑じゃなければ、一度お茶に誘ってもいいか?」
「衛兵隊の仕事終わりならね」
「お前……今衛兵隊にいるのか?」
「うん……令嬢らしくないって言われたけど、仕事をしている方が好きだから」
私がそう答えるとアルフレートはびっくりしたような表情を浮かべた後、私をじっと見て何かを喋ろうとして、すぐにハッとした表情で口元を押さえた。
なんだ……? と私が彼を見ているとアルフレートは何かをもごもごと口籠るような仕草を見せた後、視線を別の方向に動かし、そしてすぐに軽くため息をついた。
そして私に向き直ると、恭しく私の手をとり甲に軽く口付けしてこう告げた。
「ではアナスタシア嬢に自分との時間をいただけますと嬉しいですな、よろしいですか?」
_(:3 」∠)_ 昔のにーちゃんが出てくる、よくあると思います!
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