(幕間) 帝国歴一二八〇年 不釣り合いな二人 〇三
「ったく適当な作戦を……生きて帰れなかったら呪うからな」
「そう言いながら、お前はちゃんと俺のいうこと聞くよな、大好きだぜアーシャ」
通信用魔道具から聞こえる声に、アナスタシアは少し表情を曇らせる……ニルスには妻がいることを彼女は知っている故にその言葉が軽く、心無いことを理解しているからだ。
それでも指揮魔術師であるニルスの指揮には従うために彼女は兵士級人形騎士であるケレリスをゆっくりと歩かせ始める。
彼女の駆るケレリスの手にはそれぞれ大きな岩が握られているが、その重さも感じさせないほどに人形騎士は軽やかに歩を進めていく。
アナスタシアは通信用魔道具には入らないくらいの声で何かを呟くが、ニルスは単なる雑音だろうと気にせずに彼自身が建てた作戦のために移動を開始する。
本来指揮魔術師であれば装甲馬車を使って移動するケースが多いのだが、落ちこぼれである彼にはそういった機材は用意されていない。
「まずは敵の人形騎士を引き寄せてくれアーシャ、お前の腕なら王国の人形使いなどどうとでもなるだろ」
「……だから指示が雑すぎるんだよ、おっさんはどうするんだ?」
「人形騎士がいなくなったところを狙って魔術を使う」
「大丈夫か? 私はおっさんの魔術が雑魚なのをよく知っているぞ?」
そう話しながらもアナスタシアはケレリスを徐々に加速させていく……その騒音と振動で、ネヌイス村で警戒を続けていた王国軍がその動きを察知したのだろう。
けたたましい音を立てて警報が鳴り響く……王国軍兵士たちの怒号が響く中、アナスタシアの駆るケレリスは両手に持った大きな岩を次々と村に建てられた物見櫓へと投げつけていく。
ドゴンッ! という凄まじい音を立てて岩が叩きつけられた櫓が崩れると、慌ててそこから王国兵が近くにある小屋の屋根へと飛び降りていった。
奇襲攻撃に近い帝国人形騎士の攻撃に、虚をつかれたのか王国軍の人形騎士はまだ一騎しか起動が間に合っていないのが見えた。
「はっ、おせえよ! 王国の※※※※※※※野郎どもッ、玉がついてるならかかってこいやあ! それとも玉無しどもしかいねえかッ!?」
「んま、お下品」
ケレリスはそのまま腰に装備していた二本の長剣を抜き放つ……帝国軍人形使いとしては珍しくアナスタシアは両手に剣を持つスタイルを好んでいる。
その武器を振り回して近くにあった木を一撃で切り倒すと、片足でその丸太を蹴り上げ、さらに王国軍陣地へと叩き込む……ドオオンッ! という音を立てて土煙が舞う。
その攻撃に王国兵たちの怒りが増したのだろう、アナスタシアが駆るケレリスに向かって矢を射かけるものなどもいるが、人形騎士の装甲は頑丈で、人間の放つ弓矢など物ともしない。
ようやく王国軍側の人形騎士が武器を手にノロノロと立ち上がっていく……それを見たアナスタシアはまるで挑発するように何度か剣を振ると、そのままゆっくりと後ろへと下がっていく。
『帝国の犬がッ! 逃すな……!』
「犬はお前らだろ、キャンキャン吠えるだけの駄犬が、ついてきやがれッ!」
アナスタシアの声に怒り狂ったのか、三騎のヘルロアが短槍と小盾を手に彼女を追いかけ始める。
その様子を見たニルスは口元を歪める……人形騎士の動きを見ても、アナスタシアのケレリスは明らかに動きが違う。
人形使い一人で動かしているとは思えないほどに、滑らかに動いているのがわかる……あれを見て搭乗者の腕がわからないのであれば、王国人形使いのレベルも高くないな、とほくそ笑んだ。
軽く魔術師帽を被り直したニルスは村を一望できる高台へと移動を始める……ドサ周りとも言える任務を多くこなしている彼だが、他の魔術師よりも身体的には優れていた。
軽い足取りで高台へと到着すると、ニルスは別方向でアナスタシアが敵人形騎士との戦闘に入ったことを目視で確認すると、軽く苦笑してから詠唱を開始する。
「ったく、あっちは放っておいても大丈夫だな……怒れる空よ、我が雷を放ち敵を穿て……落雷ッ!」
ニルスが発動した魔術により、突然空に渦を巻く雲が出現する……それは魔力によって擬似的に顕現した雲なのだが、その中心から白銀の雷が降り注ぐ。
ゴオオオオンッ! という爆音と共に村のあちこちへと降り注いだ雷が地面を抉る……爆発と破壊が逃げ惑う王国兵へと襲いかかるが、ニルスはがくり、と膝をついた。
凄まじい消耗にどっと汗が噴き出るのを感じ、彼は表情を歪める……体内にある魔力が根本的に少なすぎるのだ、落雷の魔術の破壊力も彼の記憶にある本物には遠く及ばない。
だが、それでも村には魔術に対する対抗手段がなかったのだろう、悲鳴と怒号が飛び交う王国軍の陣を見ながら、通信用魔道具を片手にゆっくりと立ち上がった。
「……くそ……もう魔力がないな、アーシャ! こっちは一撃入れたぞ」
「オラあああッ! もう少し踏ん張れッ!」
魔道具からアナスタシアの声が響くのとと同時に、少し離れた場所でヘルロアがケレリスの蹴りをまともに受けてしまい、大きく吹き飛んでいくのが見える。
高台からだとよく見えるが、三体一にもかかわらずアナスタシアは距離をうまく取って大立ち回りを演じているのが見えた。
ケレリスは帝国人形騎士としてはここ三〇〇年以内に建造された量産機である……すでに戦線投入から時間が経過し、戦争相手の王国だけでなく各国がベンチマークとして研究を行っている。
対するヘルロアはケレリスに代表される帝国人形騎士を研究して作られた最新鋭機であり、性能的にはより高性能機である。
だが……乗っている人形使いの腕の差なのか、ケレリスはヘルロアをひたすらに圧倒し続けているのだ。
「そこッ!!」
「おお、良い一撃……王国の人形使いもだらしねえな」
アナスタシアの一撃がヘルロアの頭部を一撃で切断する……吹き出す生命の水と共に、がくがくと下半身を震わせて、人形騎士が地面へと崩れ落ちていく。
反応が遅い、切断されてすぐに器官閉鎖を行えば、視界は奪われるが行動だけは確保できる……ニルスは王国の人形使いがそれほど良い腕をしていないことを理解すると、懐から帝国印を取り出して火をつける。
その合間にもアナスタシアの攻撃を避けきれなかったヘルロアが次々に叩き切られていくのが見えた……頃合いか、この方面における王国軍の戦力は相当に落ちる。
紫煙を燻らせながら、パチンと指を弾くと背後で村に建設途中だった木製の柵が火を吹き始める……彼は魔力量が少ない分、その魔力の使い所を熟知している。
先ほどの落雷のような大魔術は消耗が激しすぎて何度も行使できないものの、下賤の術法である魔法については達人級の腕前だった。
「村人には悪いが、これは戦争なんでな……恨むなよ?」
炎が瞬く間に広がっていく……ニルスはその光景を見ながら、一つだけ奇妙なものが視界に映ったのを見た……白い天幕、不釣り合いなほどに整った天幕の前で、いく人かの兵士らしくないものたちが荷物を持って大慌てて村の外へと脱出していくのが見えたのだ。
戦場において目立つことはあまり良くないことではあるのだが、自己顕示欲や自らの階級を誇る人たちは戦地においてもそれまでの暮らしを捨てないものたちがいる。
つまり、あの天幕は『貴族』の持ち物なのだ……ニルスはタバコをふかしながら、別の方向へと視線を向ける……それまで気にしていなかった少し離れた場所に、朱色の何かが動いているのが見える。
特徴的な連続した鼓動を奏でながら、迫ってくる非常に大きな二本の角が生えたような頭部をもつ鋼の巨人。
これまでに何度も戦場で見た、恐怖の対象が大慌てで燃え盛る陣地へと走ってくるのを見て、彼は魔道具に向かって叫んだ。
「アーシャ! やばいぞ……連中はラヴァロードを持っていやがった!!!」
_(:3 」∠)_ ちなみに落雷は達人級が使うと地面が抉り取られてクレーターになります
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