(幕間) 帝国歴一二八〇年 不釣り合いな二人 〇一
「ったく……なんで私がこんなことを」
「そういうなアーシャ、軍も人手不足なんだよ」
燃えるような赤い髪とルビーのように赤い瞳を持つ軍服姿の若い美女はため息をつきながら双眼鏡の先にある要塞化した村をじっと見つめている。
その隣で同じように軍服姿だが、魔術師帽を被った男性がタバコを燻らせながら笑う。
彼らの胸元にはゼルヴァイン帝国軍を示す鷲の紋章が縫い付けられており正規の軍人であることがわかるのだが階級を示す襟元の徽章は二人と共に曹長となっており、両名ともに同格の階級である。
アーシャと呼ばれた女性は胸元のポケットから潰れた帝国印の箱を取り出すと、そこから少し曲がったタバコを一本取り出して咥えた。
それを見た男性が彼女に向かって軽く指をぱちん、と鳴らすと女性の咥えたタバコに火が灯る。
「ほれ、少し落ち着け……お前は焦りすぎなんだ」
「……人手不足って言うけどさ、私ら人形使いと魔術師だよ?」
「貴族階級の低い男爵令嬢と、出来損ないの魔術師なんざ死んでも構わないって話なんだろ」
「おっさんはそれでいいのかよ?」
「……良くねえから考えてんだ、考えなきゃ帰れねえからな、前にもいったろ? 考えて考え続けろ」
女性は少し不満そうにタバコを蒸すと、軽く紫煙を燻らせながら空を仰ぎ見るが、その瞳は少し遠くを見つめるような光を湛えている。
女性の名前はアナスタシア・リーベルライト帝国軍曹長……まだ若干二〇歳の人形使いにして男爵令嬢である。
赤い髪とルビーのような美しい瞳を持ち、学園を卒業後すぐ戦場に出て二年程度にもかかわらず人形使いとしての実績は非常に高い俊才として知られている。
その横で同じようにタバコの煙を見つめている男性は彼女よりも一〇歳以上年上の魔術師、そして人形使いをサポートする指揮魔術師ニルス・テグネール帝国軍曹長だ。
本来帝国貴族出身の人物であれば下士官など腰掛け程度の階級に過ぎないのだが、アナスタシアは男爵家出身という身分と、その粗暴な言動や立ち振る舞いなどが問題視されていた。
ニルスは魔術師としての能力の低さや素行の悪さなどにより出世からは遠ざかり、危険な最前線任務に駆り出され続けている。
実際の任務遂行能力は非常に高いのだが、一度ついた印象などから軍官僚からの評価は低く、両名はハズレくじを弾かされ続けている。
「……上の連中も舐めやがって……この間なんか私は独房に叩き込まれたんだぞ」
「そりゃあんな生物兵器みたいな飯作ったら当たり前だろ、降格されないだけマシじゃねえか」
「人には得手不得手があるんだよ……」
「まあ、お前に飯作らせようとか普通考えねえわな」
「そりゃおっさんが付き合い長いから、わかっているだけじゃん……」
ニルスはアナスタシアと共同任務を組んだ際に自ら申し出てコンビを組んでおり、その分お互いが言いたいことを言い合える友人のような付き合いになっていた。
元々ニルスは伯爵家の七男として生まれているが、星屑の塔での成績があまり振るわなかったという理由だけで昇進の道を断たれた人物である。
軍に在籍して一〇年以上一度だけ下級士官へと昇進したことがあったが、揉め事を起こして階級を剥奪され、その後は下士官止まりの人物として軍官僚からも放置される始末だった。
だが、その分軍隊生活のイロハをよく知っていることもあり、経験の少なかったアナスタシアは彼とのコンビを解消しようとはしていなかった。
「少なくとも俺らには人形騎士があるだろ、有効活用しないとな」
「それにしたって……ケレリス一騎だぞ?」
彼らの背後には帝国が開発した兵士級人形騎士「ケレリス」が、膝を着いた状態で搭乗者であるアナスタシアを待っている。
帝国が開発建造した人形騎士としては相当数が生産されている機種であり、偵察任務や単独作戦などではよく使われるのだが、二人に課せられた任務は、王国軍によって占領されたネヌイス村の奪還であった。
通常こういった作戦では数騎の人形騎士と歩兵部隊などを随伴させるのが当たり前なのだが、偵察の結果人形騎士の数も少ないため、単独行動で奪還するようにというかなり無茶な命令が軍上層部から下っていた。
それは……軍首脳部からしても腫れ物のような扱いになっている二人をどうにかしたい、という意思を感じる内容であった。
「素手よりマシだろ?」
「そりゃそうだが……私は自殺願望なんかねえぞ」
「俺もねえよ、悪意しか感じない作戦だが、俺らならできる……お前を信じているからな」
「改まっていうなよ、なんだよそれ……」
アナスタシアが照れたように頭をガリガリと掻く……ニルスからしてもまだ若い彼女をむざむざ殺させはしないとは考えている。
まだ若い彼女には戦争で簡単に死んでほしくない……短い付き合いではあるが、ニルスはアナスタシアという女性を妹のように可愛がっていた。
昨年から彼女のことを見ているが、おおよそ貴族令嬢らしくない言動や素行ではあるものの、基本的には善良で優しく、そして人形使いとしての腕前は彼が見てきた中でも飛び抜けて素晴らしい。
魔術師としての能力がそれほど高くないニルスからしても、アナスタシアはこんなところで燻っているような人間ではない、と思うのだ。
「ま、まあ……おっさんにそう評価されるのは嫌いじゃねえよ」
「なんだ……俺に惚れたか?」
「惚れねえよ、どこにそういう要素があるんだよ」
「ははっ! 違いねえ」
ニルスが大笑いするのを見て、アナスタシアは首を振るが表情は柔らかく苦笑を浮かべており口ほど完全な拒絶ではないことがわかった。
アナスタシア自身はあまり気にはしていないが、ニルスが見てきた中でも彼女は上位に入るほど美しく、男性からすると魅力的な美女である。
外見のみを見て、ニルスの代わりを務めようとする男も少なくはなかったが、実際に彼女と話をした大半の人間が『性格ゴリラ』という評価を下していた。
女性らしい体型や外見の割にアナスタシアは非常に男性的な言動や行動を好み、貴族令嬢らしさからは程遠い。
それゆえにニルスは付き合いやすい、という評価を下しているのだが、ゼルヴァイン帝国の貴族や一般的な価値観からすると相当に彼女は完全なる異端である。
「おっさん故郷に嫁がいるっていってたろ」
「もう一〇年会ってねえよ、手紙はたまに来るけど」
「なら今回も生き残らなきゃダメだよね」
「……そうだな」
アナスタシアは軽く舌打ちをした後、タバコを地面へと落とすと軍靴で踏みつけニルスに向かってニカっと笑う……その笑顔を見て彼はキョトンとした表情を浮かべた後、口元を歪めて笑い魔術師帽を被り直す。
ほんの少しだけ寂しそうなその表情にアナスタシアは少し違和感を覚えたのか眉を顰めたが、少し離れた村の方向から人形騎士から発する独特の駆動音が響いたことで、すぐに表情を引き締めた。
複数の力の核が奏でる心臓の鼓動とも思えるような音は力強く整っており、村を占拠しているヴォルカニア王国の部隊が正規軍であることを示している。
こちらの姿は見られていないはずなので、定期的な警戒行動なのだろうとニルスは思考を巡らせていく……大丈夫、彼のパートナーであるアナスタシアは帝国軍のボンクラ貴族とは訳が違う。
赤い髪を持った猛獣、その戦いぶりを見てニルスは彼女を本物だと認めた……バディを組む程に入れ込みそしてお互いを信頼するパートナーとなっているのだ。
「よしアーシャ……作戦を説明するぞ、俺のいうことを聞けばお前は生き残れる」
_(:3 」∠)_ 若かりし頃のアーシャのお話です
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