第四九話 ライオトリシアからの知らせ
『ライオトリシア近郊に巣を構える特別個体グラトニアを衛兵隊隊員であるアナスタシア・リーベルライトが単独討伐に成功』
「クハハハッ! さすが俺のアーシャ……早速派手に働いてくれたな」
ゼルヴァイン帝国第三皇子であるグラディス・バルハード・ゼルヴァインは、ライオトリシアへと派遣した『影』より届いた報告を見つつ堪えきれずに笑い出す。
そんな皇子の様子を見ながらヴィンツェンツ・ヘルダーはやれやれ、といったような表情を浮かべて彼の前に置かれたカップへと追加のお茶を注いでいた。
ヘルダー伯爵家の三男として生まれたヴィンツェンツは、グラディスが騎士学園時代の同級生であり初めて麾下にと望んだ人物の一人でもある。
グラディスが正妃であるカーリン・ビオンデッティを一〇代後半の時に娶った際に、ヴィンツェンツも妹であるオルネラ・ビオンデッティと結婚し、それ以来兄弟のように付き合っている仲でもあった。
「側室候補の情報をわざわざ帝室の影まで使って報告させるとか、帝室はどうなっているんですか」
「やはり情報精度が違うな、ほら見てみろ……今アーシャの元にはギルメール侯爵令嬢がいるそうだぞ、これは面白い」
「え? 帝都から行方不明になったっていう……」
「カリェーハ女伯爵からも報告が来ていたが、どうやらリーベルライト家含め令嬢を保護する方針で決めているらしい」
「確かレミントン侯爵家の子息と婚約していませんでしたか?」
「ああ、婚約者に愛想を尽かして逃げ出したというのは本当だったな、しかし思ったよりも行動力がある」
ギルメール家とレミントン家同士の繋がりを深めるために、という話でレオニドヴィチ皇太子が間を取り持った婚約話。
バーナビー・レミントンは将来を期待された学園随一の天才、しかしパトリシア・ギルメールは学園での成績は今ひとつで、魔術においては天才的な一面を有していたものの、控えめでおとなしく貴族令嬢としては失格という烙印を押されていた。
学園に通っていた生徒からもバーナビーが、一方的にパトリシアを詰る光景を見たものがおり、そう言った報告も情報を重視するグラディスの元には舞い込んでいたのである。
さらにレミントン家は古くからの皇太子派閥であり、中立に近い貴族家であったギルメール家を皇太子派閥に取り込むための政治的な動きであった。
「顔が潰れたレオ兄は内心レミントン家のことが面白くないだろう」
「リーベルライト家はなぜ保護を?」
「アーシャのためだろう、どうして知り合ったかはわからんが……これで兄の派閥はギルメール侯爵令嬢に手出しができなくなった」
「保護すれば政治的に有利になりますものね……」
「よりによってリーベルライト家が、という連中もいるだろうよ、いい気味だ」
リーベルライト家が行方不明になったギルメール侯爵令嬢を保護した、という噂がここ最近夜会などで囁かれているのは偶然ではなく意図的に流された情報だ。
令嬢の保護をしたリーベルライト公爵家は中立派貴族の中でも最大規模の勢力を誇っている……ギルメール侯爵家は中立派貴族とはいえ、レミントン家との婚姻が結ばれれば皇太子派閥に取り込まれることが確定していた為、皇太子派閥の勢力拡大が潰えたことに他ならない。
さらに……令嬢を保護したのが第二皇子派貴族であれば、テーオドリヒの派閥の拡大が見込まれたがそれすらも果たせなかったのだ。
二人の兄は揃って面白くもないだろう……リーベルライト家は中立派を装っているが、実態としては第三皇子であるグラディスに近く、結果的に第三勢力の拡大が表面化しだしているのだから。
「本格的に三つ巴の政争になりそうですね」
「当たり前だ、なんのためにカリェーハの元にエゼルレッドを送り込んだと思っている」
「ようやく継承権争いに身を置く、ということですか……長かったですよ」
第三皇子グラディスは有能だが継承権争いには興味がない、という態度を今まで取り続けてきたが、実際には二人の兄の争いの陰でじっと時を待って牙を磨き続けてきていたのだ。
これは自分の妻であるカーリンにすら告げていない、秘められた野心というものだ……ヴィンツェンツは古くからの友人であるため、その想いを共有しており共にゼルヴァイン帝国を手にするために共謀しているのだ。
有能なグラディスがこのまま無為に時を過ごすのではないか、という憶測も流れていたが学友は普通ではなかった、やはり野心の炎を絶やさず時を待っていただけなのだ。
「それにな帝国地方軍の一部……これはテオ兄の派閥に近いが、きな臭い動きを見せているようだ」
「アルヴァレスト連邦ですか?」
「ああ……軍事力ではどう考えても太刀打ちできないと判断してのことだろう」
グラディスの配下である貴族家から、連邦製の人形騎士の輸入が増加しているという報告が上がっている。
アルヴァレスト連邦は表立って帝国と争う姿勢を見せていないが、戦時中に何度も苦杯を舐めさせられてきた手強い相手だ。
和平をしているとはいえ潜在的な敵国と考えても良い……だが近年豊富な資金力と交渉術を駆使し財政難にあえぐ帝国貴族を籠絡し、資金を投入することで飼い慣らし始めているという噂も出てきている。
経済的な侵略……武を持って尊ぶ帝国にとって、戦力無き侵略に危機感を持つ貴族は少なく、両派閥にも連邦の資金が流れ込み始めているのは頭の痛い問題なのだ。
特にテーオドリヒ派閥のハルストレム公爵家は、率先して連邦との交渉を行なっており、第二皇子派閥は連邦の資金を元に派閥の拡大を図っている。
「……このままいくとテオ兄の派閥は連邦の言いなりになるな」
「早めに目は潰さないと危ないですね、連邦の技術は侮れませんし、彼らは交渉上手です」
「レオ兄は武を尊ぶ……いざとなれば内戦を起こしてでも鎮圧する気ではいるだろうが、それでは帝国が荒廃する」
グラディスからすると後継者として指名はされていないが、長兄として立っているレオニドヴィチをはっきりとした次期皇帝へと指名していない父も悪いと考えていた。
帝国皇帝ドリスタン・フォレ・ゼルヴァインは病床の身にあって、明確に政治の舞台から身を引き始めている……その間隙を縫うように、二人の皇子が政争を繰り広げている。
さらに官僚機構にも多額の連邦資金が流れ込み、帝国は侵食され続けている……大陸最強の国家でありながら、まるで寄生虫に内部を食い破られ次第にガタガタになってしまってきているのだ。
「早めに手を打たないと手遅れになるだろうが……」
「まだ我らの派閥は小さく、ようやくまとまってきている状況です」
「ああ……きっかけがなければ這い上がるのは難しい、水面に石を投じる必要があるな」
最大の派閥は皇太子派閥……そしてテーオドリヒが続き、ようやくグラディスの派閥が続く……中立派貴族の取り込みは積極的に行なってはいるが、今まではグラディスが表立った行動を起こしていなかったため、勢力の拡大は鈍かった。
しかし……リーベルライト家という中立派最大にして帝国でも有数の貴族家が表立ってはいないがグラディスに協力をし始めたことで、日和見の貴族家が次第に第三皇子へと目を向け始めている。
全てのきっかけはアナスタシア・リーベルライトが追放され、そしてなんの因果か逃亡中のギルメール侯爵令嬢を見つけだし、共に辺境都市ライオトリシアに落ち着いたことから始まっている。
グラディスは報告書を暖炉へと放り込むと、燃えて灰になっていく報告書を眺めながら口元を歪めて笑った。
「……見ていろ、俺が必ずこの帝国を手にし帝国最強の国家として一〇〇〇年語り継がれる強国へと押し上げてやる」
_(:3 」∠)_ 第一章終了です〜
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