第〇四話 ライオトリシアへ戻ろう
——ゆらゆらと揺れる荷台、私が吐く紫煙は緩やかな軌跡を残して空へと消えていく、そんな空の色は戦場でもいつも青一色だった。
「ああ、いい天気だねえ……こういう時はタバコが美味い……」
ギルドでの顛末から数日後、六本足の巨大な馬スレイプニルが曳く乗り合い馬車……その荷台兼乗客席で揺られながら私はタバコの煙を薫らす。
乗り合い馬車がある世界……というか魔法工学のある世界なのに馬車なのか?! と思うかもしれないけど、民間の移動手段は馬とか徒歩が中心で、田舎の移動手段なんかはほとんどこれだ。
軍に居た頃は魔法工学の粋を結集した列車での移動もあったけど、それは本当に一部の区間しか稼働していないんだよなあ。
辺境とも言えるライオトリシアへ行くには徒歩で長旅するか、こうやって民間の乗り合い馬車に便乗させてもらうかしかない。
いつの時代も辺境と呼ばれる場所に向かうのには苦労が絶えないものだ……ついでに金がなくて一般人と一緒に移動するしかなかった、とも言えるが。
「ママ、お馬さんパカパカしているね」
「そうよ、あのお馬さんが私たちを運んでくれているの」
「そうなんだ! えらいね!」
乗客の中に小さな男の子とその母親が混じっており、子供は眼を輝かせて馬車を引く大型な六足歩行獣であるスレイプニルに釘付けになっている。
スレイプニルは大きさとしては前世で見た馬よりも遥かに大きな魔物で、六本足を器用に動かして結構な速度で走れる生物だ。
元々は野生で暮らしていた魔物で、雑食性のため飼育されるまでは人間を襲うケースもあったらしい……とはいえ飼育方法が確立してからは人間社会において良き使役生物としての地位を確立した。
この生物の良いところは速度自体それほどではないけど、とにかく曳く力が強いところだ……数トンの荷物を丸一日曳いても疲れることがない。
軍の補給部隊ではスレイプニルを数頭使った巨大な馬車が街道を進むなんて光景がよく見られたものだ。
乗り合い馬車に乗っているのは男性……御者と護衛らしき若い男、そして農民風の中年男性が二人、先ほどの子供と母親。
ちょっと珍しいな、と思うのはもう一人乗っている女性がいるのだが、彼女は非常に若い一〇代後半くらいの少女でどう考えても辺境に向かうには若すぎる年齢だ。
辺境から出ていくのは若者で、戻るのは老人だけだ……そんな言葉があるくらい、都会生活に憧れるなんて価値観は異世界においても共通の出来事なんだろう。
少女は美しい金色の髪に青い眼をした美少女と言っても過言ではない見た目をしており、私からして驚きなのは魔術師にしか与えられない星の徽章を首に下げていたことだ。
つまり彼女はこの世界における超エリートである魔術師の一員であるのだ……これがどれだけすごいことなのか、というのは貴族家出身の私がその入り口に立てなかったことでもわかるだろう。
『あの年代くらいの時はちょうど私が戦場に出たくらいかなあ……』
そんなことを考えつつ私がその少女を見つめていると、彼女はひどく侮蔑を感じさせる視線を私に向けた後、まるで関係ない方向へ視線を逸らした。
これは私の格好に関係があることだろう……何せ令嬢らしいドレスとか、可愛い服装なんざ縁のなかった私は着崩した軍服をそのまま着用しているからだ。
下手すると軍をドロップアウトした落伍兵のようにすら見えるのかもしれない……軍を脱走した兵士などは本当に危険な存在だ。
肉体は鍛え込まれ、人を殺すことに躊躇いなんかない……下手すると魔物なんかよりも遥かに怖い存在だろうよ。
軍紀のない兵隊なんか凶暴な怪物と大した差はないからな……私は再びこちらをチラリと見た彼女に向かって引き攣った笑顔で手を振るが、それを合図に少女は私へと話しかけてきた。
「……タバコ」
「ん?」
「タバコ……小さな子供いますよね? 迷惑ですよ」
少女は蔑むような瞳で私を見ながら火の付いたタバコを指差す。
帝国軍御用達、支給品としてはメジャーな帝国印は最前線の兵士達に愛された安タバコだ。
前世でもそうだったけど、この世界において紙タバコは一般に広く普及しており一大産業となっており、様々な銘柄のタバコが販売されている。
タバコを販売するのは専門の商会が一手に担っているのだけど、民間で入手する場合は商会と繋がりのある商人から入手する嗜好品として知られる。
戦争中に親を失った子供を使って販売させたりなんてのも見たけど、元最前線でもなければすでにそういう光景は見なくなっている。
ちなみにヘビースモーカーすぎた兵士が斥候任務中に喫煙していて、位置がバレて捕縛されるなんていう間抜けな事件も戦争中には起こったらしいけどね。
私も前線出るまでは喫煙の習慣はなかったのだが、なぜ兵士がタバコを吸うのか理解できた気がする……戦場における精神安定剤に近い役目なのだ。
最初は特殊な薬品でも入ってんのかな、と思ったけど製法を聞く限り前世の紙巻きタバコと同じだし、安くてホッとする感覚にハマって手放せなくなった。
ただこの帝国印は大量に生産し、一部は無料で兵士に配られることで知られる非常にコストの安いタバコであるため、質はそれほど高くなくニオイがきついという欠点がある。
大人ならいざ知らず子供には少々辛いのかもしれない……私は指摘を受けて馬車の床で火をもみ消すと、外へと軽く放って手を軽く広げた。
「悪いね、習慣でやめられないんだ」
「最近研究結果が出ておりますよ、タバコの喫煙で病気になる確率が上がるのだとか」
「へえ、知らなかったよ」
「……見たところ軍の方だったようですが、何故民間の馬車に乗っているんでしょうか?」
少女は私がタバコを消して話を返してくれるということで警戒心が緩んだのだろう、少しだけ距離を近づけると急に質問を投げかけてきた。
そういうところは年相応か……素直でいいことなんだが、私が悪人だったらどうするんだ? という少々意地の悪い気持ちが芽生えてくる。
だが、歳の離れた少女にこうやって尋ねられるというのは軍人生活が長い私でもあまり経験がなく、どう返していいのか迷いつつも、少し眼を逸らしてから言葉を返す。
「軍隊をクビになってね、ライオトリシアが生まれ故郷なんで戻るのさ」
「……素行の悪さで?」
「ふっ……アンタそれをいう相手は間違っているよ」
思わず笑みが溢れる……同年代の男性に言われたら鉄拳制裁ものだが、少女の言葉には悪意がなさすぎる。
確かに今着用している草臥れた軍服や、階級章を外してある襟元などを見たら素行の悪さや何かやらかしてクビになったとしか思えないだろうな。
他の乗客は私が怒り狂うのかとでも思ってたのか、ビクビクしながら私たちの会話を聞いていたが、私が対して怒りもしないことに驚いたのか、じっと私の様子を観察している。
怒るも何も……悪気のない箱入り娘なんだな、としか思わないのでいちいちめくじらを立てる意味はないと思ったからだ。
「あ、申し訳ありません……わたくしったら失礼なことを申しましたね」
「いいさ、気にしていないしクビになったのは事実なんだから」
「お名前をお聞かせいただけませんか? わたくしはパトリシア・ギルメールです」
「アナスタシ……いやアーシャって呼んでくれ、軍ではそう呼ばれてた」
リーベルライトの名前が出ると厄介だと私は判断し、咄嗟に愛称を教えるが、少女の名前……特に家名を聞いて私は内心驚いた。
ギルメールという名前は帝国ではかなり有名だ、帝国随一の魔法研究家であるギルメール侯爵家しかこれを名乗ることは許されない。
星の徽章を下げているのも理解できる……ギルメールの一員だったら確かに魔術師としての能力も確かなものなのだろう。
私が少し驚いたような表情を見せるとパトリシアは美しい花のような笑顔で笑うと、私へと軽く頭を下げた。
「アーシャさん、わたくしのことはトリシアって呼んでください……同じくライオトリシアに向かう途中だったので、少しだけお話できると嬉しいですわ!」
_(:3 」∠)_ 新キャラ登場……!
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