第四八話 特別個体グラトニア撃破
『魂の契約に基づき、我パトリシア・ギルメールはアナスタシア・リーベルライトと共にあり!』
「ト、トリシア……あああっ!」
パトリシアの力強い言葉に合わせて私と彼女の魂が再び結びつく……それは全身を駆け巡る魔力となって駆け巡り、お互いの魂を強く震わせる。
ヴィギルスの機体がまるで自分の体となったかのような、そして全身を駆け巡る生命の水が自分の血液のようにすら感じられる。
その瞬間、私はヴィギルスと一体となって肉体は機体へ、そして機体は肉体となって心臓の鼓動と力の核の鼓動が同調していくのがわかる。
ヴィギルスの目が私の目となって、剣を握る手も地面を踏み締める足も全てが自由にそして意のままに操れる全能感を感じた。
「く……う……うっ……この感覚、やっぱ凄……いっ……」
『アーシャさん、わたくしと共に……あのいやらしい顔した魔物を倒しましょうッ!』
「言われなくても……私に任せなッ!!」
私は一気に前に出る……まさかこちらから打って出るとは思わなかったのだろう、グラトニアは多少驚きを隠せない表情を浮かべたまま大きく口を開けて私を噛み砕こうとしてきた。
だが……すでにそんな攻撃は私には当たらない……その牙をギリギリで避けた私は、剣の柄をグラトニアの顎へと叩きつける。
ゴガアッ! という鈍い音と共にグラトニアの顎が一撃で砕ける……血飛沫を舞い散らせながら、魔物は大きくヨタヨタと踏鞴を踏むが、それを見逃さずに左手に持った剣を横凪に振り抜く。
ザンッ! という快音と共にグラトニアが咄嗟に振り上げた左前足が切り裂かれ、空中へと跳ね飛ばされた。
凄まじい手応え……! だが次の瞬間、負荷に耐えられなかった長剣はパキンッ! という軽い音ともに砕け散り、折れた金属片がまるでキラキラと星のように輝く。
『アーシャさん、剣がッ!!』
「予想内だ、くたばれええッ!!」
「ギャアアアアアッ!!」
私は左手に握られていた折れた剣をそのままお構いなしにグラトニアの目へ突き立てた……無理やりに捩じ込まれる金属の感触に魔物は大きく悲鳴をあげて、なんとか私を引き剥がそうと体を回転させて右前足を振り抜く。
それに反応した私は突き刺さった剣を離してグラトニアの体に足をかけて地面を蹴ると、大きく機体を宙に舞わせた……そのまま右手で相手の肩を支えに人形騎士を倒立させるように飛び、致命の一撃を回避してみせた。
いきなり相手の姿が消えたことに反応できなかったグラトニアの動きが完全に止まる……私はもう一本の長剣を空中でくるりと回してから両手で握り、人形騎士の重量を全て剣に載せると魔物の背中、ちょうど心臓のあるあたりに向かって剣を突き立てた。
ズドンッ! という鈍い音と共にグラトニアの肉体へと長剣が食い込んでいく……ビクンッ! と大きく身を震わせながら、グラトニアの残った赤い瞳が私を見つめる。
「アアアアアアッ!」
「アンタ強かったよ、でも私とトリシアはもっと強い……欲をかかなきゃ死なずに済んだな?」
しかし……心臓を貫かれたグラトニアの瞳から光が失われていくとともに、その巨体が力を失って地面へと大きな音を立てて倒れていく。
ライオトリシアの方向、城壁の上でこちらを見ていた辺境守備師団の連中がいたのだろう、大きな歓声が聞こえてくるのがわかった。
ぴくりとも動かないグラトニアの死体を見ながら、肩で息をしながら私は軽く汗を拭う……特別個体の魔物は強いって聞いていたが、普通の人形使いでは歯が立たなかっただろう。
私はふと装甲馬車へと目を向けると、そこには満面の笑みで私を見つめているパトリシアの姿が見える。
「もういいよ、接続を解いてくれ」
『……はい、お疲れ様でしたアーシャさん』
その言葉と共に私とパトリシアの魂が離れていくのがわかる……それまで全身を駆け巡っていた魔力は失われ、私は全身にどっとのしかかるような疲労を感じる。
昔契約していたアイツの時はこんなことなかったんだけどな……私はぼうっとする頭でふと昔のことを思い出しつつ、前面に備え付けられたハッチを開く。
ふわりと少し冷たい風が差し込んできたことで、ほう……を息をはいた私は、ゆっくりとヴィギルスの膝をつかせると、地面へと降り立つ。
そこへ装甲馬車を降りたパトリシアとメルタ・リューブラントが手を振りながら歩いてくるのが見えた。
「アーシャさん、すごいですね! あんな動き人形騎士で見たことないですよ!」
「メルタさん、アーシャさんすごいでしょう?」
「一緒に組むって話をした時は眉唾でしたけど……実際に見たらびっくりしました」
「いやあ……咄嗟にそうしないと死ぬかなって……あはは」
「それはそうと、お二人はどうして契約されているんですか?」
メルタの何気ない一言に一緒に笑っていた私とパトリシアの表情が一瞬で固まる……そうだった、人形使いである私と、随伴魔術師であるトリシアが契約していることは秘密なのだった。
男爵令嬢でしかない私と、侯爵家令嬢しかも優秀な魔術師であるトリシアが契約しているなんて公になったら非常に面倒なことになるのだ。
固まったまま言葉を発さない私とパトリシアを見て不思議そうに首を傾げたメルタだが、そんな謎の沈黙を破るかのように魔道具からデュポスト隊長の声が響く。
『おい、無事か?! 歓声が聞こえているから討伐に成功した……のか?』
「……あ、ああ……グラトニアは倒したよ」
『……ほ、本当か?』
「ああ、ただ……」
私はそのままヴィギルスを見上げる……激戦の跡を物語るように、人形騎士の装甲の一部が裂けているのがわかる。
背中の装甲も一部が切り裂かれ、生命の水を通す管に破損が生じているのか、青い液体がじっとりと染み出している。
一歩間違えれば装甲を引き裂いたグラトニアの爪が私の体ごとなます斬りにしてた可能性もあるけど……まあ結果的には大丈夫だ。
さらに先ほど思い切り大きく跳躍させ無理やり着地した時の衝撃で関節部分に破損が生じているのか、膝回りの一部から青い液体が軽く溢れているのがわかる。
うん、初陣なのにもう傷ものにしてしまった……ほんの少しだけ罪悪感を感じる、人形騎士は戦争兵器である以上に工業製品でもある。
本来関節などに大きな負担をかけないようにあたりをつけるという工程を行わなければいけないのだけど、急に出撃となったために各部に大きな負担がかかってしまったのだろう。
「ごめんよ……改めて整備はしてもらおうね」
私は謝罪の言葉と共にそっとヴィギルスの装甲を手で撫でる……命なき人形騎士は静かにそこへ膝をついたまま沈黙を保つ。
西門からハインケス工房に自走で持っていくのは厳しいだろうな、途中で擱座してしまう可能性が高い……どうするべきか、と私が顎に手を当てて考えていると、ライオトリシアからもう一騎のヴィギルスが歩いてくるのが見えた。
そのヴィギルスは大きな戦斧を背中に装着しており、その人形使いが誰なのか、私たちは一発でわかった。
『も、もう終わりか? 俺の活躍の場は……?!』
「もう終わったよタラス」
『マジか……すまないな赤虎姫、野暮用でよ』
悪びれもないタラスの声が通信用魔道具から響く……どうせ娼館にいたんだろこいつ、まあ野暮用って言い換えるだけマシとは言えるが。
ただ二人で戦ったとしても、グラトニアは倒せなかったかもしれない……やはり私には、と私はそっと横目でパトリシアへと視線を向ける。
その視線に気がついたのかパトリシアはまるで花が咲くような、美しい笑顔を浮かべて笑うとそっと頷き、私へと歩み寄ると手を差し出し話しかけてきた。
「帰りましょうアーシャさん、人形騎士での初任務お疲れ様でした」
_(:3 」∠)_ 契約についての揉め事は今後……
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