第四四話 衛兵隊始動 〇二
「本当は駐屯地に輸送してもらうって手筈だったのにな」
「わたくし二人でお出かけしているみたいで嬉しいですけどね」
私と並んで歩くパトリシアが嬉しそうに微笑むのを見て、思わず釣られて笑いそうになる。
人形騎士工房が建造だけでなく、整備・改修などを担当するのだが、建造した工房以外がその機体を整備すると言うのは慣習上あまり好まれない。
戦時中は軽整備のみ現地で行い、本格的な修理や重整備は建造した工房が請け負うと言うのが筋なのだと、戦場で出会った職人はそう話してたっけ。
ただ最前線ではそんなことしていたら戦線が瓦解するので、整備兵が必死に修理なんかをしていた……まあ構造はほぼ一緒で、素材が違うとか細かい配管が異なるとかだけなのでどうにかなったらしいが。
終戦後は各工房の権利を侵害しないと言うのが暗黙の了解となっているそうで、基本的に新規建造した人形騎士は生産した工房が最後まで面倒を見るのだ。
「で、ハインケス工房か……」
「お知り合いのところですか?」
ハインケス工房は、ハインケス伯爵家が運営する人形騎士工房であり、巨大な工場と整備棟、そして駐屯地並みにデカい実験場など一つの城砦みたいな作りになっている。
この工房はライオトリシア屈指の大工房で、私が生まれる前から人形騎士の建造を請け負ってきた名門中の名門、長年にわたってその技術を磨き続けてきた老舗と呼んでも良い職人集団だ。
辺境守備師団の人形騎士も基本的にはこの工房が建造、整備しておりこの地域においては最大級の人形騎士工房の一つだ。
「ハインケスって言えば白髪のじーさんが運営してた工房だったけど、まだ生きてるのかねえ……」
「伯爵家なんですよね?」
「そうだよ、ハインケス伯爵……工房貴族だから領地は持っていないね」
私の実家であるリーベルライト男爵家も大きな領地がないので似たような者だけど、帝国には領地を運営しない貴族というのが存在している。
そういう貴族連中は自前の商売などを通じて、本来領地から得られる税収を技術や知識などを活用して稼ぎ出すという非常に生命力に溢れた人種がいるのだ。
その中でも工房貴族というのは、職人が爵位を得た形で帝国建国時から存在している圧倒的な実力を保持した貴族家である。
帝国の人形騎士開発というのは、こういった工房貴族の連綿と受け継がれてきた秘匿された技術によって底支えされていると言っても良い。
子供の頃にハインケス工房に遊びに行く機会があったが、当時のハインケス伯爵はもう引退寸前のお爺ちゃんだったので、後継者として息子さんが補佐役で工房を取り仕切っていたな。
名前はなんていったっけ……ジー? いやジル? とかなんとかそんな名前だったはずだが、伯爵が『息子に代わったら安心できる』って胸を張っていたので腕は保証できるはずだ。
「帝都にも数多くそう言った方がいましたが、何というか話が通じなくて……」
「ああ、連中は基本的に職人気質だからな、頑固な人が多い……って工房の前に誰か立っていないか?」
「……あら?」
ハインケス工房の敷地はライオトリシアの一角にあり、巨大な敷地の中に大きな建物……これは人形騎士を立たせるスペースが必要だからだが、前世で言うところの巨大な工場のような建物が軒を連ねる不思議な空間が広がっている。
その正門に当たる場所に一人の男性が腕組みをしたまま、誰かを待っているかのように少し忙しなく歩き回っているのが見えた。
ガタイは非常に良い……茶色い髪に浅黒く日焼けした肌、工房の職人がよくつけている革製のエプロンのようなものを衣服の上から着用している。
その男性は私とパトリシアに気がついたのか、動きを止めると早くこいとばかりに私たちに向かって手を振った。
「おーい、衛兵隊の二人だな!?」
「呼ばれていますね」
「待たせると面倒そうだな、少し急ぐか」
男性の元まではまだ少し距離があったのだが意外に目がいいな……私とパトリシアはお互い軽く目を合わせると、男性を待たせないように軽くジョギングするように駆け出した。
すぐさま彼の元へと辿り着いた私を見て、その男性は少し意外そうな顔で私を見上げると……眉を顰めてじっと私の顔を見ると、すぐさま視線が体の方へと移っていく。
不躾な視線というよりは興味深いと言いたげなもので、他の男性のように私の女性らしい特徴を凝視するなどがなく、どちらかというと骨格などを凝視しているように思えてそれほど不快なものではない。
そして彼はパトリシアへと視線を動かした後、彼女の胸に下がっている星の徽章に目をやると、ふむ……と納得したかのように頷き、私へと視線を戻した。
「よく来たアナスタシア嬢……俺がこの工房の主人であるジーモン・ハインケスだ」
「あ、ああ……アナスタシア・リーベルライトだ」
「わたくしはパトリシア・ギルメールです」
「ギルメール……魔術師だな、よろしく頼む」
ジーモン・ハインケスはとても貴族とは思えないほどの屈託のない笑顔を見せると、その大きく鍛えられたゴツい手を差し出してくる。
通常貴族同士の挨拶というと女性はカーテシーだし、男性ならボウ・アンド・スクレープではあるが、工房貴族というのはそういう堅苦しい礼儀作法と無縁だからな。
私は黙ってその手を握り返し、パトリシアは貴族令嬢らしく優雅なカーテシーを披露してみせるが、私のように軍隊上がりでさほど礼儀作法などにこだわりのない貴族以外だと揉め事になりそうなものだ。
ジーモンは私が握手を拒まなかったことに多少驚いたのか、少しだけ表情を変えたもののすぐに笑みを浮かべて手を握り返してきた。
「お前さんの小さい頃に俺は会ったことがあるが覚えているか?」
「朧げながらだけど……先代伯爵から代替わりしたのか」
「うはは! あの頃のお前さんはまだこんな小さな子供でなあ……人形騎士を見て色々聞いてきたのを覚えているぞ」
「子供だったんだよ、ったく……」
正直にいうならば……生まれて初めて見た人形騎士はまるで前世で見たロボットアニメの世界だと思ったんだよ、そりゃテンション上がるだろうが。
ただその行動は明らかに貴族令嬢らしくはなかった、と今では反省している……本当に色々聴きまくったんだよな、構造とか動力とか。
私は少しバツが悪くなって懐から帝国印を取り出して火をつけるが、それを見たジーモンはニヤニヤと笑っている。
まるで親戚の叔父さんとかに子供の頃の行動を大人になってから言われるような、何とも言えない気恥ずかしさというか、居た堪れなさを感じる。
「面白いことを聞く嬢ちゃんだと思ったもんだ」
「どう言ったことをお聞きになってたんですか?」
「確か人形騎士を見て空を飛べるのか、とか……」
そんなこと聞いたっけか……前世の有名なロボットアニメは宇宙空間を飛び回ったりするから、もしかして……とか思ったりしたんだよな。
あれからちゃんと大人になったわけで、私も今では人形騎士を飛ばすのには今の魔道工学技術では不可能だということくらいは理解している。
魔術だったらワンチャン飛べるんじゃないか、とは考えたんだけど……工廠の職人たちはそういう突飛もないことを聞いてきた若かりし頃の私を見て「頭がおかしいのか?」と言わんばかりの視線をぶつけてきたもんだ。
うーん、我ながら黒歴史……だがなぜかパトリシアが目を輝かせながら私を見上げて話しかけてきた。
「え、いいじゃありませんか……いつか飛ばしましょうよ人形騎士!」
「えー? もういいよそれ……」
「俺も空が飛べたら面白いと思ったんだが、空も戦場にするのはな」
ジーモンの顔に少しくらい影がよぎる……それを見たパトリシアがあっ、という表情を浮かべて口元を押さえた。
人形騎士の主戦場は現時点では地上……戦争の兵器として作られているこれが空を飛べるようになったらどうなるのか。
空中を飛び回る人形騎士の部隊が空中戦なんか繰り広げてみろ、それは地獄絵図と言っても良いのかもしれない。
だが、すぐにジーモンは明るい笑顔を浮かべると胸をドン、と叩いて私たちへと話しかけてきた。
「ま、それよりもだ……俺はお前さんたちに可愛い我が子を預けられるのを楽しみにしていたんだ、さあきてくれ!」
_(:3 」∠)_ 空を自由に飛びたいな、はい、魔法工学!
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