第四三話 衛兵隊始動 〇一
——ハインケス伯爵家当主ジーモン・ハインケスの朝はとても早い。
「いい天気だ……今日は衛兵隊に人形騎士を渡すのだったな」
秘書であるアルビンは当主の言葉に『左様でございますか』とだけ答えると、そっと彼の前へと湯気の立つカップを音もなく置いた。
ハインケス伯爵家はライオトリシアに拠点を持つ貴族だが、カリェーハ伯爵と同じ伯爵家とはいえ、都市運営には全く関与しない『工房貴族』と呼ばれる立場だ。
工房貴族は人形騎士や、魔道具開発などを生業とし領地を収めていない人たちを指しており、錬金魔術師を統括する立場にある。
現当主ジーモンはその地位を継いでから、一〇年以上人形騎士の開発、建造に己の人生を費やしている。
戦争中には生産拠点の拡大や効率化に力を入れ、最終的には人形騎士の年間生産数一〇騎を達成し、帝国でも有数の工房として莫大な収益を上げてきた。
「工房の方ではヴィギルスの納入前整備はできております、あとは衛兵隊の人形使いが来れば引き渡しとなる予定です」
「あれはいい仕事になったな、可能であればもう少し手を入れたかったが……」
「左様でございますね、戦争終結後では珍しい仕事でございました」
元々人形騎士ヴィギルスはライオトリシア辺境守備師団に納品を予定していた機体として建造が始まり、初回の受注は三騎が検討されていた。
この人形騎士は戦士級グラディウスのフレームをベースに工房独自の設計思想を組み込んだ、もはや別物とも呼んで良い機体である。
グラディウスそのものは帝国兵器工廠により行われているが、帝国に忠誠を誓う工房貴族にはこの設計図や基本的な素材などの情報が格安で販売されており、各地の工房が独自の仕様に作り替えることを許可している。
一般的に戦士級は兵士級よりもコストが高い。
整備コストもその高額な機体建造費に比例して増大するため、兵士級を大量生産するよりも戦士級の注文を受けたがるのが普通なのだ。
だが、ヴィギルスは都市部における高速展開を視野に入れた軽量設計の人形騎士であり、辺境守備師団からするとなぜ守備力を重視しないのか? という疑問がついて回っていた。
ジーモンは戦争中に提唱されていた『高速機動による先制理論』をベースに、機動力による防御能力の補完を主張していたが、結果的にそれは不信感を煽ることになった。
一方的な契約破棄は辺境守備師団に責があるものの、彼らからすると熟練の人形使いが減っている現在、ある程度の腕でも十分に扱える人形騎士を提案しないハインケス工房との取引など考慮に値しなかった。
より重装甲かつ安定した機体性能をもつ人形騎士ポルタリウスを、近隣都市ダムシンヒアのヴェストペリ工房へと発注していたことが発覚し、両者は法廷闘争にまで突入してしまう。
「ポルタリウスは良い機体だが、俺のヴィギルスと違ってベースは少し古いしなあ……」
「結果的にはカリェーハ女伯爵閣下のおかげでことなきを得ましたが……ヒヤヒヤ致しましたよ」
「全く……ひどい話だ」
法廷闘争となった際に、ヴェストペリ工房を運営するヴェストペリ侯爵家とハインケス伯爵家では格が異なり、いくら正当性を主張してもジーモンの負けがほぼ確定していた。
そこにカリェーハ女伯爵が割り込んだことで、法廷の空気が一変する……帝国辺境軍が本件を仲介していたのだが、納入管理を担当していた軍官僚がヴェストペリ工房から賄賂を受け取っていたという新しい事実を女伯爵が提示したことで風向きが変わった。
結果的に辺境守備師団はハインケス工房へと謝罪を余儀なくされ、ヴィギルスの代金について半額を賠償金として支払うことで合意。
ただ侯爵家の顔を立てるためにポルタリウスは予定通り納品されることが決まり、空いてしまったヴィギルスは格安でライオトリシア衛兵隊が引き取るという形で決着がついた。
果たして誰がこの絵を描いていたのか、ジーモンはそう思いつつも大きな損失を免れたことにホッと安堵する。
「衛兵隊が採用した人形使いの名前は聞いているか?」
「ええと……アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢と、タラス・ノイラート子爵……と聞いております」
「リーベルライト男爵の娘……ああ、あの赤毛の……軍から戻ってきたのか?」
「そのようですね」
「もういい歳だろうに、婚約者がいたはずだが……」
「戦争で亡くされたそうですよ」
「そうか……不幸だな、それで衛兵隊か……」
幼い頃のアナスタシアとジーモンは一回だけ会っている……おおよそ令嬢とは思えないほど活発な少女だったのを覚えている。
騎士学園に通うということでライオトリシアから離れてもう一〇年以上経っているはずだ……軍で人形使いをしているとは初耳だったが、今はどのような淑女になっているのか少し気になるところだ。
辺境であるライオトリシアでは彼らが二つ名をもつ軍の英雄であることは知られておらず、ジーモンも二人がどのような偉業を成し遂げたのかはまるでわかっていない。
叶うのであれば……人形騎士を大事に扱ってくれる人物であることを祈るしかない、ジーモンは目の前に置かれたカップを手に取ると、ちょうど良い温度になっているお茶を軽く啜る。
「そういえば旦那様、リーベルライト男爵令嬢の話がありましたよ」
「ほう?」
「なんでも冒険者の手伝いで、土木用のヘルロアを動かしてバジリスクを討伐したそうです」
「ヘルロア……ああ、ギルドが所持しているやつか、あれで魔物を倒したのか?」
「そのようで、しかも大型の個体だったそうで」
ギルドがヴォルカニア王国から購入した人形騎士ヘルロア……整備のために一度だけジーモンも機体の確認で立ち会っているが、武装は一切装備していなかったはずだ。
王国が開発した人形騎士は技術的には帝国に肉薄するレベルにあり、その技術を工房に取り入れていくという目的のため、ギルドに働きかけて整備を受けている。
流石に王国の主力建造機というだけあって、各部の設計や構造は見るべき部分が多かった……残念ながら、ギルドでは酷使されていたため整備が追いついていない状況ではあったのだが。
バジリスクがライオトリシアの近郊に出るというのも驚くべきことなのだが、武装を持たない人形騎士で戦って勝つというのも驚くべき戦果と呼んでも良い。
「興味が出てきたな……おい、リーベルライト男爵令嬢とノイラート子爵の情報を調査してくれ」
「承知いたしました、少しお時間がかかるかと思いますが」
「構わない、もし二人が素晴らしい腕の持ち主であるなら、色々手助けをしてやらんとな」
この場にいないアナスタシアとタラスでは想像もできないではあろうが……ジーモン・ハインケス伯爵には不名誉な通り名がついている。
『機構狂』……人形騎士開発や設計の腕は素晴らしく、帝国内でも名匠として名の知られた彼ではあるが、裏の顔として人形騎士にさまざまな改造や機構を取り付けることでも知られるいわゆる「魔改造者」としての一面があった。
守備軍が契約を反故にしてでも別の工房から人形騎士を納入したのは、ジーモンが守備軍が主力機として使っているケレリスを整備する度に謎の機構を取り付けようとしたことに端を発している。
つまりは……ジーモン本人の腕はともかく、ハインケス伯爵家は辺境守備師団からの信頼があまりないのだ。
「ほどほどでお願いしますね、衛兵隊は大口の受注者でございますので」
「安心しろ、俺の私財でやる」
「……そういう意味ではないのですが」
アルビンは軽くため息をついた後に、空になって彼がテーブルに置いたカップを片付けてから部屋を出ていく。
腕は良いのに人形騎士を見ると改造しないと気が済まない……設計図通りに設計をするのをひどく嫌がる、要求されていない機構を組み込みたがる……アナスタシアがこの場にいればジーモンのことをこう称しただろう『マッドサイエンティストだ!!』と。
窓の外を見ながらジーモンはほくそ笑む……彼が設計と開発を担当した衛兵隊主力機であるヴィギルスの性能を引き出せるかもしれない人形使い達のことを考えて、笑みが止まらなくなっていたのだ。
「リーベルライト男爵令嬢がいい腕だとすれば、ノイラート子爵というのも同じかもしれん……これは楽しみだ……グハハハ!」
_(:3 」∠)_ ある意味ライトスタッフ揃いです
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