第四二話 グリン・リー・クラーク大佐
「なぜアナスタシア・リーベルライトを除隊させたのだ」
「何故と申されましても……奴は近衛隊に相応しくないからですぞ」
テーオドリヒ・ヴァーミル・ゼルヴァイン第二皇子は、目の前のソファーに座ったまま居心地が悪そうな表情でひたいに浮かぶ汗を拭ってばかりのグリン・リー・クラーク近衛隊大佐へと質問を投げかけるが、大佐はさも当たり前のようにそう応える。
テーオドリヒとクラーク大佐はクラエス・ハルストレム公爵によって引き合わされてから、双方の利益のために協力している関係だった。
テーオドリヒ自身はこの巨大なゼルヴァイン帝国の皇帝へと即位するために、皇太子であるレオニドヴィチ・ディル・ゼルヴァインの派閥を越える勢力を作り出さなければいけない状況で、今なお帝都の中で奔走している毎日である。
「お前があの赤虎姫を野放しにしたせいで、大人しくしていたグラディスが動いたのだぞ?」
「第三皇子殿下が……? たかだか男爵令嬢ごとき放逐したところで気になさるようなお方では……」
「お前の目は節穴か? なぜ彼奴がアナスタシア嬢を近衛に入れたのか理解していないのか?」
グラディスは戦争の英雄であるアナスタシア・リーベルライト男爵令嬢を手元に近い場所へと置くことを望んでいた。
帝室に最も近い近衛隊は盾となるべくして存在する軍隊であり、英雄たる彼女がその場にいることで、地位を確保できる上に今後何らかの形で召し上げるとなった際も箔がつく。
近衛に配属されたアナスタシアをグラディスは満足そうに眺めていることが多かったし、時折呼び出しては他愛もないお茶会の護衛を任せたりとそれなりに寵愛している光景が見られた。
テーオドリヒ、レオニドヴィチ両名からしても彼がアナスタシアに執心している間は、あの傑物が帝位を狙って動くこともないと安心してお互いの権力闘争に集中していられたのだ。
近衛隊はテーオドリヒの管轄であったことからも、グラディスに対する無言の鎖のような状況を作り出しており、グラディス自身もそれに甘んじていた状況ではあった。
「俺はな、彼女がグラディスに対する鎖となると判断して彼奴の望みを受け入れたのだ……もちろん弟はその時はそれでいいと思っていたろうよ」
「は、はあ……」
「だがお前が彼女を追放したせいでグラディスは動き始めた、このままでいくとお前の後ろ暗い商売も、公爵家のことも全て暴き出されるぞ」
「そ、それは……どうしたら良いでしょうか……」
「俺は表立ってお前のために動けん……今回の件もお前の副官人事の遅れを叱責するという名目で設定した」
「ぐ……そ、それはそうですが……」
「お前に任務を与える……アナスタシア嬢を説得して連れ戻せ」
「はぁ?! 呼び戻すですと?!」
「彼奴が近衛に戻ればグラディスも大人しくなるかもしれん
「それはそうかもしれませんが、面子というものが……」
「いや……この先のことを考えると、グラディスが自由に動き回っている現状はまずい」
テーオドリヒの目標はあくまでも帝位を得ることである……これは自らを支える貴族たちの派閥にもいい含めていることだが、『可能であれば穏便に、できない場合は力ずくでも』彼は帝位を欲している。
今現状の派閥バランスとしては五割がレオニドヴィチ支持、テーオドリヒが四割、残りをグラディスが占めている。
グラディスを手元に置いておけば、レオニドヴィチとの差はなくなるのだが、このまま自由にグラディスが動き始めると彼は独自の派閥を作り出し、兄二人の派閥から貴族を引き抜き始めるだろう。
レオニドヴィチ派閥に入るというのは、グラディスの性格的にありえない。
弟がどれほど貪欲で野心家なのかを兄であるテーオドリヒは理解していた。
そんな状態が生まれて仕舞えば、派閥バランスが大きく変化し帝位を望むことが難しくなるかもしれないのだ……グラディスを抑えなければ、テーオドリヒは兄に勝てなくなる。
「良いか、これは俺の命令だ……近衛隊の指揮はしばらく別のものに任せる」
「い、いや……それは……」
「何か文句でもあるのか?」
「い、いえ……拝命いたしました」
クラーク大佐は目眩がしそうな思いに陥っている……いつからだ? いつからこんなことに……思えばアナスタシア・リーベルライト少尉を追い出した後からか?
それまではいろいろなことがありながらも近衛隊の運営はそれほど問題があったわけではなかったのだ。
副官であるエミリー・エゼルレッド中尉がいきなり除隊となった、と軍官僚より言われた時には流石に驚いたのだ……彼女は非常に優秀で、彼の表向きの仕事を押し付けても文句一つ言わずに処理していた。
そのおかげでクラーク大佐は自分の地位を利用して、様々な政治工作や公爵家だけでなく、帝都の裏社会との繋がりで、いろいろな商いに手を出せていた。
アルヴァレスト連邦に人身売買の名目で様々な人を売り飛ばし莫大な利益を得られた……これはギルドも一枚噛んでおり、目をつけた人物を強制的に拉致し売却するなどで儲けを得れた。
「良いか、アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢を近衛隊に連れ戻せ……それまで帝都に戻らんでも良い」
「承知しました……」
あの忌々しいアナスタシア・リーベルライト男爵令嬢一人を飛ばしたからといって、どうしてこんなことになるのだ!
目の前でふんぞり帰っているテーオドリヒも大概忌々しいのだが、彼がいなければ自分の商売へのお目溢しが得られなくなる、さらに一応クラーク大佐も帝国人であるため、帝室の人間に対して反抗しようという気にはなれない。
その鬱憤が次第に一人の女性へと向いていく……アナスタシア・リーベルライトは、近衛隊配属後何度か目をかけてやろうとした。
背が高く筋肉質ではあったが、その見事な胸の盛り上がりはクラーク大佐の密かな欲望を掻き立て、そして実行はしないものの、妄想の中で何度も楽しんでいた。
彼女の実家がリーベルライト家ということで、派閥の夜会にエスコートしてやろうと命令したが、本人はひどく困惑した様子で断りを入れてきた。
『もしかして公爵家と勘違いされていますか? 私はリーベルライト男爵家のものでして……』
クラーク大佐がリーベルライト公爵家との繋がりを得られれば、ハルストレム公爵だけでなくテーオドリヒ派閥の強化にもつながると考えていた。
リーベルライト家は今のところ帝位継承に関して誰を支持するのか、という表明をしていなかったからだ……リーベルライト家の令嬢を連れて夜会に出れば、それはテーオドリヒ第二皇子をリーベルライト家が支持したという見なされ方もする。
それはクラーク大佐の功績にもなるためだ……派閥の中での地位を固められれば、テーオドリヒの派閥内での政治争いで一歩先に出て彼が権力を握れる。
しかし……彼女は男爵家、しかも公爵家とのゆかりはあれどライオトリシアなどというド田舎、辺境都市の貴族だったのだ。
『男爵家だとぅ? 貴官はそんな木端貴族の分際でリーベルライト家を名乗っているのかね』
『は、あ……まあ家名ですので……とにかく夜会には出ることはできません』
『わかった、せっかく俺が招待してやるというのに使えんやつだ、下がれ』
当時の会話が昨日のように思い出される……忌々しい男爵家の娘ごときが、なぜだか今帝位争いをしている皇子たちの中でのキーマンとなってしまっている。
それが非常に腹立たしい……あんな女がどうして大事なのか! 男爵家など貴族の中では最下級ではないか!! どうしてグラディス皇子が執心するのか全く理解ができない!!!
クラーク大佐は敬礼すると、邪魔だとばかりに手を振るテーオドリヒに内心反感を覚えつつも、黙って部屋を退室していく。
その心には非常に暗く醜い怒りとも嫉妬ともつかない炎が点っていた。
「許さんぞあの女……そうだ、見つけた後に薬漬けにしてペットにしてやる、男慣れしていなさそうだからな……快楽漬けにすれば尻尾を振る従順なメスになるだろうよ」
_(:3 」∠)_ やだ大佐怖い
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