第四〇話 衛兵隊のアーシャさん
——衛兵隊が冒険者の手助けをして巨大なバジリスクを討伐したという話はあっという間にライオトリシアの中へと広まった。
「いやー、すごいですねこれほどの大きさのバジリスクが近郊にいるとは……」
ギルド職員の女性が荷車に載せられて運ばれていくバジリスクを見ながら感心したように話をしているが……その横で布に包まれた三人の冒険者の遺体が運ばれていくのを見て、私は少しだけ戦争中に感じていた寂しさを感じている。
戦争で散々戦ってきていても正直人が死ぬのは慣れない、慣れたらそれは自分が変わってしまったという証明なので、そう思いたくないだけかもしれないけど。
私は冒険者の名前も聞いていなかったので、死んだ彼らがどういった人生を歩んできたかもまるでわからないのだけど、それでも彼らには家族がいただろう。
冒険者は危険と隣り合わせだから……とスティーグが悲しそうな表情で死んだ仲間の遺体を包んでいたが、割り切れない気持ちの方が強いだろうな。
戦争の時も前日一緒に馬鹿話をしていた戦友が死体になって帰ってくるなんてケースが多かったが、戦争が終わってもなお、こういうことが起きるのかと思ってしまう。
「それよりなんであんな大きさの個体が野放しだったんだ?」
「それがよく分からないんですよ……あのダンジョンは試験にも使われるような場所なのに、今までそんな個体が出てきたとかわけがわからないです」
「……何者かが連れてきたってケースは?」
「魔物使いですか? 冒険者の中にもそういった人間はいますが、あれほどの大きさの魔物を使役するのは難しいと思うんですよね」
職員さんは難しそうな表情を浮かべるが、魔物使いと呼ばれる連中が通常使役するのは小型の魔物が多いので、確かにこのサイズを使役しているとしたらそいつは化け物だ。
歴史上に名を残す有名な魔物使いは五〇〇年ほど前に活躍した『角ある魔女』オクタビア・グラナドス夫人というのがいる。
ぶっちゃけ歴史書に名前が出てくるレベルの伝説的な人物なので、おとぎ話として伝わる以上の話は分からないしな。
ちなみにオクタビア夫人は竜種の中でも最大クラスのエンシェント・ドラゴンと呼ばれる破壊の権化を従えてたとか、魔物だけでなく悪魔も操ったとまで言われている。
帝国の人間ではなく、フェンラスカ交易都市という小さな都市国家に属していて自主独立のために人生を捧げたという逸話が残っていた。
帝国からするととんでもない相手だったのだけど、彼女の努力でフェンラスカは今でも帝国の中で独立した国としての権利を有している。
いわゆるリゾート地に近い場所ではあるけど、数百年前はその場所すらも戦場になってたんだなと思うと実に平和な時代になったものだと思う。
「角ある魔女でもいなきゃ無理か……」
「伝説的な人物ですよね、この時代にいなくてよかったですよ」
話を戻すと魔物ってのは基本的に獰猛で人を見たら食いつく本能しか持っていないので、調教そのものが命懸けなのだと聞いている。
戦争中には確かにどうやったのか知らないけど竜種を手懐けて、戦線に投入したという記録が残っているけど……そんな規格外の連中は戦争中に大体暗殺されているんだよね。
うーん、そもそもライオトリシアの冒険者を危険に陥れたところで、何が起きるんだろうか?
そもそも戦争は五年も前に終わっていて、帝国は平和を享受しつつあるというのに。
今は情報が少なすぎてどうにも答えが見つからないな……私は頭をガリガリと掻くと、隣で運ばれていく魔物を見ているギルド職員へと話しかけた。
「……とはいえ最近色々起きてるしな、何かきな臭いんだよねえ」
「行方不明者は増えてますね、依頼でも人探しというか、そういうのは増えてますよ」
「対策はしてるのかい?」
「そのための衛兵隊だと聞いています……期待していますよ」
ギルド職員はそう告げると私の元から離れていく……そのための衛兵隊か、ならまあ頑張るしかないか。
私は苦笑しながら懐より取り出した帝国印の箱を取り出すと、火をつけて軽く吸い込む……相変わらず味はそれなりだし、匂いは強い。
最近タバコの量が増えた気がする……経済的には実家があるので、サリヴァンやラファエラが用意してくれているのを持ってくるんだけど、手慰みにずっと吸ってるんだよね。
空へと立ち上る紫煙をを眺めていると、検死が終わったのか私の目の前を通過するように布に包まれた二人分の死体が運ばれていった。
願わくば彼らの魂が安らかにあることを、と私は軍時代の敬礼を持ってそれを見送るが、それを見ていたスティーグがいつの間にか近づいてきて話しかけてきた。
「ありがとうよ、あいつらに敬礼してくれて」
「すまねえな、私が人形騎士から降りていなければ」
「仕方ねえよ、あんな化け物が出てくるとか思わねえものな」
仲間の死体を見送るスティーグの瞳には薄く涙が浮かんでいるのが見える。
彼と死んだ仲間の関係は結局聞けていないし、これからも知ることはないだろう。
戦場でも同じだった……毎日人が死んでいく場所で、死体となった仲間がそれまでどういった人生を歩んでいたのか、知る暇などなかったから。
それに冒険者とは生きている場所が違いすぎる……死者を見送ることはできても彼らがどういった人物なのか、私はよく知らないし聞く気もないからだ。
しばらくの間私はタバコを吸ったまま、スティーグは寂しそうに仲間を見送りながら沈黙の時間が流れていった。
たっぷりタバコ二本分、結構な時間そうしているとスティーグが落ち着いたのか、目元を拭ってから私へと向き直り、深く頭を下げた。
「アナスタシアさん、ありがとう……あんたがいなきゃ俺はここにはいねえ」
「それはトリシア……パトリシアにも言ってくれ、怪我を治したのはあの子だろ」
「さっき言ってきたよ、逆に死んだ仲間を助けられずに申し訳ないって逆に謝られた」
「トリシアらしいな」
「アンタ達はいいヤツだな……衛兵隊の仕事、頑張ってくれよ」
スティーグはそういうと、もう一度頭を下げてから運ばれていく仲間の死体の側へと駆け寄る。
彼はこれからも冒険者を続けるのだろう……危険に満ちた仕事ではあるが、私が軍人だったり衛兵隊として命を張るのと同じように、冒険者の彼も同じく自分の仕事のために命を張るのだ。
なんて世界だと私は久しぶりにそう思った……酷い世界だ、命が軽すぎる上に危険が多すぎる……戦争が終わった時に私はこれでもう戦わないで済むと思ってたのだが。
近衛隊での生活に飽き飽きしていた自分のことも馬鹿馬鹿しいとさえ思う、生まれ故郷においてもこんな危険が大量に待ち構えているとは思わないじゃないか。
「アーシャさん……顔怖いですよ」
「トリシア……」
いつの間にか私の隣に立っていたパトリシアが、こちらを見上げながらそう呟く……彼女の金色の髪は陽の光に照らされて美しく輝いている。
私はタバコを吸いながら、彼女の髪へと手のひらを乗せてくしゃくしゃと軽く掻き回すが、いつもだったら嫌がる彼女も黙ってされるがままになっていた。
彼女はあの山賊の時に初めて人の死を見たと言っていた、少しは慣れたと思うと強がってたがその肩は軽く震えているのがわかる。
黙って私は頭を撫でていた手をそっと彼女の肩へと回すと軽く引き寄せる……パトリシアは黙ったまま私にそっと寄り添って、軽くため息をついた。
肩が震えているのがわかる……恐怖とかではなく、悲しさとやり切れなさの証なのだと私は思った。
「……こんなことは二度と見たくないですね、そのためにもわたくし衛兵隊で頑張ろうと思います」
_(:3 」∠)_ トリシアは帝都に残っていればこんな現場は見ずに済むお嬢様なので……
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