第〇三話 帝都に残る……? そりゃ無理ですね
「アナスタシア・リーベルライト? ああ、男爵家ですか、はぁはぁ……そうですかぁ」
帝国最大の仕事斡旋場所であるギルド、今私はその受付の前に立っていた。
この世界には魔術があることはすでに説明をしたところではあるが、そのほかどう見てもファンタジー世界にしか生息しないであろう巨大な魔物、所謂モンスターの類が多く存在している。
転生したのだとはっきり認識できたのは魔物を初めて見た時だろうか? この世界でよく馬車を引いている六本足のスレイプニルと呼ばれる巨大な馬とかはまだ安全だけど。
戦争中に一度最も弱い竜種とされる飛竜、ワイバーン討伐を訓練でやらされたが、あの時の竜種の強さには正直驚いたくらいだ。
軍がこうした魔物討伐を訓練形式でやっている場合はまだマシで、辺境に行くとギルドが斡旋する傭兵達が徒党を組んで魔物退治に出かける、なんて前時代的な光景が見られたりもするのだ。
当然のことながら冒険者という職業は命の保証がない危険すぎる仕事なので、大抵の場合人はこの職業を選ぶことは少ない。
「……それでギルドに仕事を斡旋してほしいとのことですが?」
「ええ、軍を解雇されましたので違う仕事に就こうかなって、魔物討伐とかなら経験があります」
受付の黒髪の中年男性……年齢は三〇代後半くらいだろうか?
少し神経質そうな表情と痩せた頬が特徴的な人物で、仕立ての良い服を着ているもののおそらく貴族階級の出身ではない。
というのもギルドの職員として採用される貴族階級の子女はほとんど存在せず、この仕事は平民階級出身者が多く地位を占めているケースが多い。
なので私は目の前にいる男性もそうではない、と判断しているものの今は職を手に入れて何とか食い繋ぐ方法を考えなければならない。
少しくたびれた軍服姿の私を見て、男性は上から下へとじっと視線を動かし、そして軍服の下でもよくわかるくらいおっきい胸の辺りで少しの時間視線が止まった。
時でも見えてんのか、こいつ……全く、男ってやつはよぉ!
本当に前世で不躾な視線を送ってしまったお姉さんごめんなさい、私は今あなたの気持ちを味わっています、もう二度としません。
そんな屈辱を味わいつつも引き攣る笑顔のまま黙っていると、男性が咳払いと共に視線を外しとんでもないことを喋り始めた。
「……そうですね討伐依頼とか、護衛任務とかたくさんありますけど……貴女に最も相応しい仕事がありますよ」
「え、本当ですか?!」
「ええ……貴女は女性としては少し背が高く年齢が多少いってますが、素晴らしい体をお持ちです」
「……はあ……はぁ?!」
「だから貴女に紹介できる仕事はこちらですね、ここで落ちぶれた貴族令嬢の娼婦を募集してまして……」
ゴソゴソとテーブルの下を探った男性が出してきた紙にはこう書かれていた……『紳士の遊び場、美しい淑女の集まる娼館で高級娼婦募集』と。
非常に失礼すぎる依頼用紙を唖然としながら受け取った私を見ずに、調子に乗ったのか男性はペラペラと軽い口を回し始める。
曰く……すでに二〇代後半で背丈が平均以上に高く、軍服の上からでもふくよかな体であることがわかる、背丈の高い女性を専門に遊びたがる貴族は案外多く、そういった客を相手にすれば軍にいた頃の何倍でも稼げるだろう、と。
少し声が大きい人だったため、周りにいた別の受付嬢が嫌そうな表情でこちらを見ているのがわかる……いやそうだろうよ、だって前世が男性である私ですらこんなの嫌だもん。
私はポカンと口を開けたまま男性がペラペラと話しているのを聞いていたが、次第に怒りが込み上げてくるのを認識した。
「……いやあ、元貴族の娼婦とか戦時中は結構いたでしょ、貴女も気持ちよくなってお金も稼げるんだから一石二鳥……」
「……おい」
「何ですか? 貴女に相応しい職業を……ひッ!」
「その臭え口閉じろや、ブッ殺すぞ」
私は怒りに満ちた表情で男性の襟首を掴み上げる……戦争中に様々な侮辱的な言葉を投げつけられた私だが、平時においてこんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。
軍隊の訓練で鍛え上げられた私の膂力はそれなりに強く、受付ということで対して鍛えてもない男性は息ができずにパクパクと打ち上げられた魚のような状態になっている。
ミシミシと音を立てて首を締め上げると、男性の顔色がまるで信号機のように赤くなったり青くなったりしている。
別の受付嬢がまずいと思ったのか、慌てて走ってくると私の腕を掴んで必死に止めようと叫び始めた。
「申し訳ありません! この人が失礼なことを言って……! やめてくださいッ!!」
「こいつは私を侮辱したんだぞ?! 戦時中なら即刻死刑だ、だから殺してやんよ」
「ヒイッ……や、やめて……!」
「それでも人を殺すのはいけません、やめてくださいッ!」
揉め事に関わりたくないらしい他の客はそそくさとその場から離れていく……そこまで叫ぶ彼女の言葉に少し冷静になる部分ができたのか、私の頭に登った血がスーッと下がっていくのを感じる。
はっ! と強めの息を吐いた後首根っこを掴んでいた男性を離すと、彼はひどく咳き込みながら木製の床にペタンと座り込む。
私を止めた受付嬢は必死に頭を下げながら、何度も何度も謝罪の言葉を口にするが……悪いけどその男、そこまでして守る価値はないと思うよとは思った。
「……もういい、謝罪も聞きたくないね」
「い、いえ……本当に失礼なことを申したのはこちらなんで……」
「こ、この乱暴な女め……ギルドでお前に斡旋する仕事なんぞない……ッ!」
吐き捨てるように咳き込む男性は憎しみに満ちた視線で私を見るが、逆に殺気を込めた侮蔑の視線を向けると縮み上がって慌てて受付嬢の背中に隠れた。
女の陰に隠れて暴言とかどうなってんだこの国……だが、帝国に限らずこの世界では女性の地位はそれほど高くない。
貴族令嬢なんか結婚して子供産むってのが当たり前になっていたんだ……それでも戦争が長引くに連れて、女性が軍属になるケースも人材不足故に認められたが、それまで培われた常識というのはそう簡単に覆るものではない。
軍に居たってそういうことはあったのだ、野営中に襲われそうになったことなど何度だってある……全て鉄拳制裁したけど。
帝国軍の軍紀では仲間の兵士を襲う行為は重罪で、彼らは最も苛烈な戦場に送り込まれて帰ってこなかったな。
「こっちこそお断りだね、もうくるかよ!」
「二度とくるな!」
「ごめんなさい! 申し訳ありません!」
この中で受付嬢だけが常識的な人物に思えてきた……私は受付テーブルを思い切り蹴り飛ばすと、少し華奢な作りだったそれは簡単に足がへし折れ、音を立てて崩壊する。
私はギルドの入り口扉を乱暴に蹴り開けて外へと出るが、陽の光が眩しく目を細める……小さい頃に見た太陽はこれほど冷たさを感じる光ではなかった気がする。
懐をゴソゴソと探って、タバコをケースから取り出し軽く口に咥えてから指をぱちん、と鳴らして指先に火を灯す。
初歩的な魔法の一つでティンダーと呼ばれるそれは、私が使える数少ない魔法である……軍に居た頃に先輩から教えてもらって、使えるようになった。
タバコに火をつけると深く肺まで吸い込んだ煙を静かに吐き出す……軍が支給している『帝国印』という安タバコの味が染み渡る気がした。
おそらく自分ができそうな軍関係の仕事はクラーク大佐が手を回している可能性があるし、自分は公爵家とは縁を切ってしまっているから助けも求められない。
そうなるとここに残っていると本当に体でも売らないと生きていけない可能性があるのだ……それだけはダメだ、ゾッとする。
私は少し悩んだ後歩きながら独り言を呟く……もはや帝都で生きていくのは無理なら戻るしかないではないか。
「一〇年以上戻っていないのに、受け入れてくれるかな……お父様達……」
_(:3 」∠)_ 魔法と魔術は全然違うものなので、そのうち解説します
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