第三六話 巡回任務
「あー、最初の仕事が街の巡回とは……かったるい……」
「うわあ……結構人いますねえ」
タバコの煙を燻らせながら、私はライオトリシアの中心を貫く大通りをパトリシアとともに歩いていた。
正式に衛兵隊が発足したことは街へと布告が済んでいて、真新しい衛兵隊の制服に身を包んでいる私たちは相当に目立つのか周りからの好奇の視線が集まっていた。
基本的には帝国軍の軍服を改造し色や細部の形状を変えたものなのだが、誰の趣味かわからないけど女性隊員向けの制服は丈が少し短いミニスカートなのだ。
しかも支給されたニーハイブーツと合わせると、明らかに絶対領域が生まれる作りになっており、地味に道ゆく男性からの視線が下に集中している気がする。
「衛兵隊に特殊な性癖の持ち主とかいないよな……」
「どうしたんですかアーシャさん?」
「なんでもない、視線が痛いだけだ」
「似合っていますよ、アーシャさん可愛いですもん」
ちなみに帝国軍は性犯罪防止の観点から希望者には男性用のパンツを支給されたため、ここ何年かは仕事の際にそういう格好をしていたんだけど……やはりスカートは慣れない。
私の隣で微笑むパトリシアも同じ格好だが、彼女は魔術師としての身分を証明するために、小さな杖を腰に差しており、さらに胸には星の徽章が輝いているため、流石に声をかけてくるほどの勇気がある奴はいない。
実際に戦場で魔術師の戦う姿を見たことがあれば、彼女達が扱う魔術がいかに破壊的で脅威なのかを理解している。
私は腰に騎兵刀を差しているが、これは人形使いは騎兵から派生した兵科であって、その延長線上にあるという理由から伝統的に騎兵刀を下賜もしくは貸与されるからだ。
「前の騎兵刀は装飾も良かったんだけどなあ……」
「ちょっと無骨なデザインですよね、それ」
「性能に違いはない……とか言ってたけどね」
帝国軍近衛部隊は帝室を守る最後の砦である以上に、さまざまな式典などでお披露目する部隊であった。
儀礼用の制服なども特別に仕立てられ、装飾の派手な装備を貸与されたため、騎兵刀もゴテゴテした装飾ながらも超一級品の芸術品みたいなものが渡されていたのを覚えている。
だが、除隊とともに返却してしまったため今私の腰に下がっているのは、戦争中に誰かが使ったものを整備した古めかしい中古品である。
手入れはきちんとされているし、チェックしたら刃こぼれなんかはなかったんだけど、超一流の高級品ばかり使ってた身としてはどうしても残念な感じを覚えてしまう。
とはいえ、本職が人形使いの私は、帝国で一般的に知られている剣術に関してはあまり良い腕とはいえなかった。
軍での評価は「それなり」で、身体能力は高いがそれでカバーしすぎていて、剣術の才能は見込めない……というのが教官からの評価だった。
なので、接近戦に慣れた歩兵とかと比べると数段落ちるのが正直なところだ……空に舞うタバコの煙を見つめながら思わずため息をついてしまう。
「……そういえばメルタさんは?」
「装甲馬車はもう来てるからさ、自分で整備するんだって」
人形騎士を指揮する魔術師が搭乗する装甲馬車は、軍隊でもよく使われた小型のもので装甲板に覆われ防御性能を向上させた特殊な車である。
馬車という名前がついているけど、本質的には自動車に近い作りで一般の馬車のようにスレイプニルに引かせるのではなく、人形騎士と同じように力の核を利用して動力を得る構造になっている。
まあ力の核はかなり小型で人形騎士を動かすほどの動力はないし、手入れもそれほど難しくない……普及しても良さそうなものだが、軍事機密の塊なので基本的には民間には払い下げられることはないだろう。
ちなみに車輪を回して走るのが普通なのだが、山岳地帯などでは四つ足の生えた奇妙な動物型の装甲馬車なんかも存在した記録が残されている。
まあ車輪タイプが一般的だし、効率が最も良いとか何とかで基本的には車輪を回して走るのが普通だ。
「わたくしは装甲馬車の操縦ができないので、メルタさんにお任せするしかありませんねえ」
「まー……酔い止めは持っておいた方がいいよ」
「そうなんですか?」
戦争中に同じ部隊のやつに無理を言って乗せてもらったことがあるのだけど、そりゃーひどい乗り心地だった。
当たり前だけど、独立懸架式のサスペンションではなく車軸固定式の構造になってて、乗り心地は大変に悪く、路面に合わせて跳ね回るのが普通だ。
当時そんな乗り心地の悪い乗り物に慣れていなかった私はその後二、三日使い物にならないほど激しく体調を崩す羽目になった。
メルタは補給部隊の時に何度も乗ったとのことで、あの地獄のような乗り物でも酔わないらしい……そう考えるとパトリシアは大丈夫なのか、と多少心配になる。
まあ何度か乗れば慣れると思うし、そもそも人形騎士そのものが快適な乗り心地などあり得ない兵器なので、人によっては装甲馬車の方がマシという人もいる。
「……しかし人形騎士がないのは参ったね」
「まだ到着まで結構かかるという話でした、まあ仕事はできるので良いですけど……」
衛兵隊に配備されるのはヴィギルスという最新型の戦士級人形騎士らしい。
話を聞く限り、基本的な筐体はグラディウスをベースにハインケス工房が設計し直していて、都市内での行動や素早い展開を目的とした軽量設計の人形騎士だそうだ。
ライオトリシアはそれなりに大きな都市なので、作戦行動の展開スピードが上がる方が良いに決まっている……まあ、そりゃそうなんだけど装甲が薄いと今度は魔物との戦いで不利になるんだよな。
何事もバランスが難しいんだけど、実際に納品されて触ってみないとどうともいえないからな……。
ともかくモノは決まっているし、人員も揃っている、人形騎士以外に必要なものはほぼ全て揃っているにもかかわらず、肝心の動かすものがない。
ただ衛兵隊についてはすでに予算がついていて、布告までしているものだから遊ばせておくのはどうか、という貴族会議の一存で巡回任務が決まったというわけだ。
「おいおい、随分とでけえ姉ちゃん……とそっちは魔術師だな」
「あ? 何だよ」
「アンタたち新しく組織されたっていう衛兵隊の人だよな?」
私たちを見て声をかけてきたのは……格好からすると、この世界では珍しくもない剣と鎧に身を包んだ男達、つまり広義の意味で言うところの『冒険者』だった。
先頭に立って私たちをじっと見ているのは三〇代中盤くらいの金髪の男で、無精髭や使い込まれた鎧がベテランであることを示している。
衛兵隊の制服には胸の部分に、花を図象化した紋章が縫い付けられているが、その紋章を見て何度か頷くと彼らは距離を詰めてきた。
「はい、わたくしライオトリシア衛兵隊に所属する指揮魔術師パトリシアと申しますわ」
「……で、そっちのでかいのは?」
「同じだ、アナスタシア」
「愛想ねえなあ、でかい方は……」
「うるせえな、お前らさっさと冒険に行ってこいよ」
つっけんどんな私の対応に金髪の男はまるでつまらないものを見るかのように眉を顰めるが、そもそもこういう冒険者というのに愛想を良くするなど、給料に含まれていない。
この世界の冒険者ってやつは、まあ世間体のあまりよろしくない社会のはみ出しもの……中には犯罪者スレスレの連中なども含まれている。
この世界に多数生息している魔物退治、山賊などの犯罪者の討伐は軍隊でも請け負う仕事なのだが、これを民間が代行して行う先が冒険者だと思えば良い。
基本的に金さえ出せば大体なんでもやってくれるので、民間でなんらかの理由から軍隊を頼れない場合はギルドを通じて彼らへと依頼が発注される。
報酬はそれなりだと聞いているが、ともかく物探しから魔物退治、時には非合法な取引の護衛などでも大活躍する存在なのだ。
そのため基本的には素行に問題を抱えた連中も多いし、軍隊をドロップアウトしたやつが食うに困って生計を立てる意味で冒険者になることもある。
軍にいた頃、依頼を受けた冒険者と鉢合わせになった時、酔って少女に暴行を働いたバカがいて、取り押さえるために戦闘になったことがあった。
基本的に信用などできない連中だ……私が嫌そうな表情を隠さないのを見て、金髪の男は油断なく距離を測りつつ私へと話しかけてきた。
「その仕事でちょっと手伝ってほしいことがあってな、俺はスティーグ……ちょっとツラ貸せや」
_(:3 」∠)_ 冒険者はならずものと同義なのです
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