第三二話 ライオトリシア衛兵隊試験 〇四
「ということで、今回の候補者にはリーベルライト男爵令嬢や、ノイラート子爵など軍で活躍した人物が揃っております」
「……あの子がライオトリシアに戻ってくるとはねえ……」
マルガリータ ・カリェーハ女伯爵はライオトリシア衛兵隊の募集に志願してきた候補者が書かれた羊皮紙を眺めていた。
彼女の側には侍従であるセバスチャンが控えており、手に持った書類には今回の衛兵隊志願者のリストが握られているが、これはマルガリータが持つものと同じである。
帝国においてライオトリシアの真の支配者と呼ばれる彼女は、五〇歳を超えてもなお女伯爵としてこの街の代表としての責務を果たしている。
燻んだ灰色の髪と整った顔立ちを持った彼女は、若い頃は多くの男性から憧れの的として社交界では有名な人物として知られ、数多くの浮き名を流したこともあった。
今回の募集にあたって候補者の中にアナスタシア・リーベルライト男爵令嬢の名前が書かれている……リーベルライト男爵からも事前に連絡をもらっていたため、知ってはいたが本当に応募してきたのかと多少なりとも驚きは感じている。
不出来な教え子……マルガリータにとってアナスタシアは、淑女教育の生徒としては失格レベルに近い落ちこぼれだった。
ただ、厳しく教えるマルガリータに不満一つ漏らすこともなく、黙って耐えるアナスタシアの姿はとても直向きで、教え甲斐があると思ってついつい厳しく接しすぎてしまった苦い思い出がある
結局アナスタシアは合格ギリギリ……彼女としてはなんとか六〇点というところで、教育を断念し帝都にある騎士学園へと旅立っていったのだ。
「それよりも今回はギルメール侯爵令嬢の方が……」
「そちらはリーベルライト公爵家から連絡が来ているのよ、責任を持つとね」
「こ、公爵家がですか?」
「アナスタシアはちゃんと愛されているわ」
マルガリータの記憶にあるアナスタシアは、貴族令嬢としてはあまりに不器用すぎて少々ガサツな部分のみ受けられる少女だった。
公爵家の血筋というのを内々で伝えられていたものの、その母親の印象とはまるで違う優雅さのかけらもない所作に面食らったものだった。
ただ、教えられたことを愚直にこなそうとするその姿勢や、一度始めればなんとかそれを完成させようという実直な性格はマルガリータにとっても好ましく感じられた。
彼女にとってアナスタシアは不出来だが愛すべき少女としての記憶が強く、そして我が子ではないのにもかかわらず不思議と庇護欲を掻き立てられる存在だったのだ。
そして最近マルガリータの元に別の人物から書簡が送られてきた……そこには『赤虎姫をその時まで任せる』と記述されており、その人物も自らの権力を用いてアナスタシアを守ろうと決意しているのがわかった。
「そちらは、どなた様の書簡でしょうか?」
「グラディス皇子殿下の書簡よ、アナスタシアを守れとね」
「殿下ですか? なぜ一男爵家の令嬢に」
「ふふ、戦友なのよあの二人は」
「それならば側妃にでも取り立てればよろしいですのに」
マルガリータは優しく笑うとグラディスから送られた手紙を畳み、懐へと戻す。
以前帝都に赴く用事があり、たまたま弟子が何をしているのか気になってアナスタシアの元へと向かったことがあった。
そこでは偶然だがグラディス皇子と彼女が話しているところだったのだが、おおよそ恋人のようには見えないが、友人同士のように話す二人の姿があった。
本来であれば皇子相手にそのような話し方をすれば簡単に首と胴が離れてしまう。
しかしグラディスはそれを咎めることはなく、むしろなんらかの理由があってそれを許可しているのだとわかった。
そもそもアナスタシアは令嬢としては驚くほど男性への興味が薄く、色恋などの話などを全くしない……通常年頃の令嬢であれば、年上の騎士などに憧れを抱くはずなのに。
婚約者ができたと話した時の彼女はまるで絶望するかのように、ひどく青ざめた顔をしていて驚いたものなのだ。
結果的に何度かあった見合い話や婚約も、戦争の中で相手を失い立ち消えになっていたはずだ……自分が相手を探そうとも思ったが、その光景を見て断念した。
最終的には殿下が側妃に取り立て、彼女に流れる高貴なる血は受け継がれるだろう……マルガリータは、書簡をそっと閉じると次の仕事について考え始めた。
「そういえば先日出された人形騎士の契約書はサインしましたよね?」
「はい、ハインケス工房との契約は完了しているので、納入の準備をするようにと伝えております」
人形騎士はとにかく金のかかる戦闘兵器である。
骨董品のクストスもそうだが、帝国軍においては運用コストが安いと言われている兵士級人形騎士ケレリスですら、驚くほどの整備費用がかかっている。
戦争中であれば帝国全体でその軍事費を捻出するために様々なことが行われていたが、今ではその費用を捻出するのに帝国軍中枢は火の車に近い状態となっていた。
流石にどうにもならなくなり、帝国は『防衛に関する自主独立法案』を布告し、肥大化しすぎた帝国軍の削減を図ったが、これは同時に地方都市へと負債を被せる悪法と呼んでも良いものだった。
勝手なものだ、とマルガリータは苦々しい思いを噛み潰す……民間へと再就職ができた帝国兵はまだマシで、中には食えずに野盗の類にまで身を落とした連中も多くいる。
全て地方へと押し付けようというのだから……これで帝国への忠誠を求めるのは余計に質が悪い。
「辺境守備師団のケレリスが稼働一〇騎と予備機三騎、それを考えると衛兵隊には予備合わせて三騎までが限度よ」
「ハインケス工房が在庫として抱えていたのが三騎とのことでしたので、ちょうど良いかと」
セバスチャンは懐に抱えていた書類から工房より取り寄せた、人形騎士ヴィギルスの外見やコストなどを記載した資料をマルガリータへと差し出した。
人形騎士は建造にあたって規格が統一されているが、実際に建造する地方、工房の独自性のある改修が認められており、実際には同じスペックを持つ機体はそれほど多くない。
例として帝国の主力騎であるグラディウスは改修ベースとして最適であり、神殿の聖騎士が搭乗するものはグラディウス・ソリスという特殊な外見を持った機体として知られる。
一般人は見た目以外でその中身を判別することは難しいが、工房の職人であれば機体構造からある程度ベースとなった人形騎士を判別できるため、性能の想像はしやすいらしい。
「納入予定は機体名ヴィギルスです、ヴェストペリ工房の一件で問題となっていた人形騎士です」
「ダムシンヒアとの調整をした人形騎士でしたわね、辺境守備師団の前任者が勝手なことをするから」
「……それと隊長はデュポスト氏が引き受けました」
ライオトリシア衛兵隊初代隊長には中央軍より引き抜いたシルヴァン・デュポストという元軍人が抜擢されている。
彼は中央軍所属時に冷飯を食わされていた、いわゆる「ハズレ軍人」枠の一人である。
実務能力は非常に高いのだが、曲者という評価を受けていて、中佐以上に出世できなかったとされている。
マルガリータは何度か彼と顔を合わせており、人柄などを含めて信頼にたると判断して隊長職を任せることにした。
彼自身は人形使いではないが、優秀な組織運用能力を有しているとされており、彼の判断能力であれば与えられた装備の中で最大の成果を上げてくれるだろう。
あとは応募者の中から誰を落とし誰を採用するのかなどを決めればいいだけのことなのだ。
「彼なら問題なく部隊を指揮してくれるでしょう」
「では承認の書簡を彼へと届けます」
セバスチャンを見送ったマルガリータは、改めて試験会場に並んでいる衛兵隊志願者の面々を見つめていた。
その中に懐かしい赤髪の女性を見つけて思わず口元を綻ばせるが、昔の記憶よりも背が伸びており、少し大人びた風貌となったアナスタシアは彼女に気がつくこともなく、隣にいる金髪の美少女と談笑しているのが見えた。
ギルメール侯爵令嬢……魔術師の家系としても名門であるギルメール家の令嬢は一際目立つ風貌をしており、他の候補者の注目を集めているのがわかる。
「さて……どうなるかしらね衛兵隊は……帝国軍よりも良い人材が集まり、ライオトリシアの平和を守る組織になるといいわね」
_(:3 」∠)_ 次回から試験の本戦が始まりますー
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