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第〇二話 叩き出した男爵令嬢は非常にまずい立場の人だった

「か、解雇? つまり大佐は軍から彼女を追放したのですか?」


「そうだ、これはすでに皇帝陛下の御裁可をいただいておる、正式な命令だぞ」

 絶句するエミリー・エゼルレッド中尉の前で自慢げに命令書をひらひらと振ってみせるグリン・リー・クラーク大佐。

 どうしてそこまで自信ありげな顔で彼女……アナスタシア・リーベルライト元少尉を解雇したことを誇れるのか理解不能な気持ちになりながらも、エミリーは上官そっちのけで現状非常にまずい状況が生まれていることを認識していた。

 エミリー・エゼルレッドは帝国軍における参謀本部、つまり帝国軍の中枢に近い位置に所属している軍人であり、近衛連隊へは出向扱いとなっている人物である。

 帝国参謀本部は基本的に貴族家の子女しか入れない超エリート集団であり、エミリーもまた貴族出身の令嬢だった。

 エゼルレッド伯爵家の令嬢として育てられた彼女は、アナスタシアよりも二年ほど早く軍人となり、前線での支援任務などを経て戦闘作戦計画立案に功ありと認められた才女だ。

 そしてエゼルレッド伯爵家はリーベルライト公爵家よりも格下だが、血縁に皇族の降嫁があったことからゼルヴァイン帝室との繋がりを持った謂わば「持っている側」だったりもする。

「何か文句があるかね? 正式な軍命令は貴族相手でも有効、これは先帝陛下の取り決めた法律だが」


「いえ文句などは……ただ彼女ほどの才能を持った人物を近衛から叩き出して良いのかという疑問があります」


「才能? 戦争中は確かに活躍したそうだがな……平時においては有能ではない、そう判断した」

 クラーク大佐は何を言い出すのかと言わんばかりの表情を浮かべて外方を向くが、その顔を見たエミリーはその横っ面を叩きたい衝動に駆られて手を震わせる。

 どうしてこの男は面倒臭いトラブルばかり引き起こすのか……! 叫びたい気持ちを抑えて敬礼すると、彼女は部屋を出ていく。

 扉を閉めた後廊下で大きくため息をつくと、先ほどすれ違ったアナスタシアの顔を思い出す……何か言いたげな表情を浮かべているのは理解していた。

 あの場で問いただせば……! 後悔しても始まらない、まずはやるべきことをしなければとエミリーは廊下を足早に歩き始める。

 参謀本部から彼女ほどの人物がここに送り込まれていた理由は一つしかない……アナスタシア・リーベルライト少尉の秘密裏の監視と保護である。

 命令を下したのはゼルヴァイン帝国第三皇子であるグラディス・バルハード・ゼルヴァイン、正真正銘の帝国の支配者に連なる人物であった。


「まずいまずいまずい……殿下はあの娘を甚く気に入っていた、解雇なんかしたと知ったら何が起きるか……」

 エミリーは鬼のような形相で親指の爪をかみながら廊下をかなりのスピードで歩いていく……途中で兵士や他の士官に遭遇した気がするがそれどころではない。

 当たり前だがリーベルライト公爵家は帝国における大貴族家の一つだ……アナスタシアは男爵家令嬢として生活することを選んでいたが、帝室の血が混じった令嬢をそう放置することはないのだ。

 危険な前線勤務で終戦まではなかなか手が出せなかったが近衛連隊へと配属させたのは、血筋を考えると帝室の近くに置いておきたかったという意思があった。

 そしてグラディス皇子はアナスタシアのことを()()()気に入っており、エミリーに彼女の動向を定期的に報告してほしいと依頼してきていたのだ。

 皇族からの依頼を貴族であるエミリーは断ることもできず……半ば強制的に近衛連隊の参謀という役目を受けることになった。


「何であんなバカをこの連隊の隊長にしてやがる……上は」

 貴族令嬢として、そして清楚で可憐なお姉さん然とした普段の言動からは想像もできないほどの強い言葉でクラーク大佐の馬鹿面を思い返すが、もうやってしまったことはどうしようもない。

 しかも皇帝陛下の御裁可……今ゼルヴァイン帝国皇帝であるドリスタン・フォレ・ゼルヴァイン九世は病床にあって、帝国の政務や軍関係の決定は評議会の帝国官僚を中心に実行されていたことも影響している。

 ゼルヴァイン九世は本人の意思とは関係なく、御裁可という形で様々な政策に名前を使用されており、それでも巨大な機構を備えた帝国は崩壊することもなく運営されていた。

 代替わりを始めている軍官僚にはアナスタシア・リーベルライト少尉は『戦争中特段の戦功があったちょっと変わった男爵令嬢』という見方しかされていなかったのは容易に想像がつく。

 しかし……とエミリーはギリリと歯噛みをしながら自室に戻ると、テーブルの上をひっくり返して大きな箱を取り出す。


「どう報告するべきか……殿下に直接言うために時間をもらう、これしかないな」

 エミリーがその箱を開けると巨大な魔法石……これは魔術師(マグス)が生成する魔道工学により作られた通信用魔道具だが、付けられた小さなダイヤルを軽く回すと、何度か確かめるように石を指先で軽く叩く。

 その動きに反応した魔法石がぼんやりとした光を放ち、少しの時間をおいてから何かにつながるかのような軽い音をたてる。

 心臓が跳ね上がりそうだ……この通信用魔道具は魔道具製作の匠と言われるハウエル子爵の工房で製作されており、高度な暗号化が施された特注品である。

 暗号化が必要な相手……つまりは帝室との通信に使われる機材をエミリーは任務のために隠し持っていた。

『どうした、お前から連絡してくるのは珍しいな』


「帝国の若き太陽に……」


『秘密通信なんだろう? 畏まるな』


「失礼しました」

 通信相手は一人だけ……グラディス・バルハード・ゼルヴァイン本人である。

 普段は彼から時折タイミングを見計らって連絡がくるだけだが、エミリーは非常事態と判断して無礼を承知で連絡を取ったのだった。

 グラディス皇子はゼルヴァイン九世の実子であり、兄弟が八人ほどおり次期皇帝の座を争うライバル同士として政争に明け暮れており、普段はかなり忙しく動き回っている。

 連絡がついたのは幸運だったな、と軽いため息をついたエミリーだったが、王子の発した言葉に思わず息が詰まりそうになる。

『そうだ、俺の可愛い赤虎姫(ティグレス)はどうしている? 男なんかできてないだろうな?』


「ええと、恋人はいないと思いますね……」


『そうだろう、そうだろう……あんな獰猛な猛獣を飼い慣らせる男なぞ帝国でもそうはいないぞ』

 赤虎姫……アナスタシア・リーベルライトの戦場での暴れっぷりと苛烈な性格からつけられた二つ名である。

 敵からすれば厄介な敵、そして獰猛な猛獣だが当時戦場で共に戦った味方からすればその二つ名は英雄にも等しいあだ名だ。

 彼女は背が非常に高く肉体的には優れていたが、その才能はある一点に特化していた……この世界における最高戦力人形使い(ドールマスター)としての圧倒的な実力である。

 人形使いとして大活躍した彼女がなぜ少尉止まりなのか……という点については、彼女が辺境男爵家の令嬢であったことにも関係するのだが。

 だが今はそれについて考えることは余計なことだ、とエミリーは勇気を振り絞ってグラディス皇子へと語りかける。

「その殿下、実は彼女が軍より解雇……追放されました」


『……は?』


「近衛連隊のクラーク大佐が出した奏上を官僚が受理してしまったようで……」

 押し黙ったグラディス皇子の反応がわからず、エミリーは黙り込む……皇子はアナスタシアを非常に気に入っており、態々監視の為だけに彼女を近衛連隊に入れるほどの入れ込みっぷりなのだ。

 通信用魔道具の先でバキッ! という音が聞こえたがそれが何であるかを理解したくない、と彼女は素直に思った。

 少しの間沈黙が続いていたが、次に入ってきた皇子の言葉にエミリーは心臓が飛び出しそうな思いを感じた。


『エミリー、すぐに俺の執務室へ来い、これは第三皇子としての命令だ……拒否は許さん』

_(:3 」∠)_ さて人形使い(ドールマスター)とは何か、は今後出てきますのでお待ちを


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