第〇一話 アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢
「見た目は悪くないな、うん……相変わらず綺麗だね、私は」
鏡の中に映る私……燃えるような赤い髪に赤色の瞳、そして長年の軍人生活で化粧っ気はないけどもさすが貴族令嬢と言わんばかりの整った顔立ち。
ちょっと気が強そうな印象に見えるのがまた堪らない、なんて同僚たちが噂しているとか最初に仲良くなった友人が教えてくれたっけ。
ただ最終的に私の性格を知った同僚たちは『黙っていれば貴族令嬢だが、口を開くとメスゴリラ』という大変失礼な評価を下したとかで、結果的に言い寄ってくる奴はほとんどいなくなった。
それでも大佐のようにリーベルライトの家名に惹かれてアプローチをかけてくる連中は年に一回は出たし、本人の意思を無視した釣書を実家に送りつける手合いは少なからず出ていた。
それもこれも……と、視線が下がるにつれて軍服に包まれてもわかるくらい自分の大きな胸が目に入ったことで私は思わずため息をつく。
アナスタシア・リーベルライトという女性は、抜群のスタイルを持った広義の意味で呼ぶところの『美女』であるからだ。
「……はぁあ……おっきいなあっと、肩凝るなぁ……」
ちなみに母であるマリサ・リーベルライト男爵夫人は細身の体型で私とまるで似てない。
似ているところは……そういえば髪の毛の色は一緒か、それはまあいいとしてこの体型の差には秘密がある。
私の名目上の両親であるリーベルライト男爵夫妻は実の両親ではなく義両親である……本当の親はシルヴィア・ラナ・リーベルライト公爵家第二夫人、つまりれっきとした公爵本家の令嬢なのだ。
しかしゼルヴァイン帝国の長引く戦争による疲弊は、帝国最大の公爵家とはいえども非常に財政的には厳しく第一四女として生まれた私は出自を隠され、男爵家の元へと口減しのために預けられた。
こう言うことは帝国貴族家にとっても珍しいことでは無いため、歴史を紐解くと事例はたくさんあったりする。
一度だけ会った実の母と名乗るリーベルライト公爵家第二夫人の体型は私そっくり……つまり超絶スタイルの美女だったので、本当に血筋というのはよく分かるようにできているものだと感心してしまった。
正直なところを言うと、大佐がエスコート云々の話をしてきた時はそれがバレたのかと思った。
実際はまるで違ったのだが、それにしてもこのことを知っている人間は本当に少ないので、自分から公言する気はない。
口の軽い人間がどんな目に遭ってきたのかを歴史の勉強と、貴族令嬢としての教育成果で知っているので、口を滑らせることなどない。
初めてそれを知ったのは一三歳……それまで両親だったと思っていた人が血縁ではあるが赤の他人であった、と言う事実は子供ながらにショックだったが、それでもなお愛情を注いでくれる男爵夫妻の温かさがとても好きだった。
「……手紙を書く……時間はないな、どうしよう……」
帝国では貴族の子女を対象に、騎士学園と言う古くから存在する学園を帝都に開設しており、この学園で軍人や高級官僚向けにいわゆるエリート育成の英才教育を施している。
私は一五歳からこの学園に入るために男爵家を出てしまって、家のある地方都市ライオトリシアに戻ったことはほとんどない……親不孝ものと言われても仕方がない。
というか最前線勤務が多すぎて戻る暇など無かったし、帝都に来てからは近衛連隊の訓練で長期で休む暇すらなかったからだ。
騎士学園で学んだ子女たちは帝国軍の兵士として帝国の戦線を支え続けた、活躍していたと言っても良い。
もちろん全ての人間が無事であったわけではない、終戦まで無事だった人の方が少ないのではないだろうか?
それでも帝国軍の中枢を支える重要な人材として生き残った連中は今では軍上層部で働いているものもいるし、退役して貴族としての責務を果たしに行った奴もたくさんいる。
私が軍に残っていたのは、単にやりたいことがまるでなかったからだ……婚約者候補となる人はいたらしいが、長い戦火で結局全員戦死しているし。
今年でもう二八歳……帝国の貴族からするとすでに「行き遅れ」と言われても仕方のない状況だが、戦争で戦い続けた私からするとそんなことはどうでもいい。
私の知っている世界、価値観ではこのくらいの年齢の女性は普通に働いているし、結婚せずに働くなんてザラにあったからだ。
『そうだ、俺はこんな美女に転生してまで軍人やってるとか、どうなってるんだよ……』
そう……私アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢には前世の記憶が存在する。
異世界転生、という言葉は知っていた……アニメや漫画でそう言った情報はたくさん知っていたし、なんなら見る側だったからね。
自分が前世の記憶というのに気がついたのは幼少期……鏡に映る自分の姿を見て、強い違和感を感じたあたりから前世の記憶が次第に蘇ってきた。
前世の自分が男性であったというのもひどく自分を混乱させる原因となった……当たり前だが、女性になったからといって、自分がすぐに女性として適応できるなんてことはない。
男性としての意識があるが故に女性としての生活に適応するにも、貴族令嬢として生活するにあたっても、人に言えない苦悩があった。
そして成長するに従って自分を見る男性の目が酷く気持ち悪く感じてならかった……前世でたまたま目が合った女性に嫌悪感に満ちた視線を向けられたのは、こういうことだったのかと一人納得した。
『まあでも男なら視線を向けてしまうよな、こういう美女には……』
自分が抜群に女性らしいスタイルをしていることも自覚があるし、なんなら鏡に映る顔を見るたびにちょっと微笑んでしまう自分がいて情けなくなる。
そしてこの世界……名前はまるで分からないけど、現代的な部分と中世っぽい階級社会などがごちゃ混ぜになった奇妙な場所になぜ転生することになったのか? それすらも私には分からない。
自分が今生きているゼルヴァイン帝国なんて国は前世にはなかったし、そもそもこの世界は科学技術というものが存在せず、魔法学とそこから派生した魔法工学というトンデモ技術が確立した場所なのだ。
水を汲み上げるポンプもあるし、なんならランプも魔力でこなすのでほぼ永久機関だ……誰だこんなすごい技術を確立させたやつは! と幼い頃の私は思った。
そう……魔術師が存在する世界、最初はそりゃ魔法チートとか前世知識で無双! とか考えてたが……ところがどっこい、魔法工学の凄まじさを見たらとてもではないけど難しいと理解した。
さらに私は魔法に関して卓越した才能は持っていない、人並みの魔力しかないため魔法チートなど夢でしかないのだ。
一応魔術が学べるかどうか義母に聞いたことがある……答えは残念なものだったが。
『ごめんね、あまりお金がなくて……』
魔術を学びたいと話した私に義母が申し訳なさそうな顔で告げてきたのを見て、転生させた神か何かを恨みたくなった。
さらに魔術師になるためには超英才教育を受けるための莫大な財力が必要で、辺境の男爵家の財力から考えると相当に苦しい……ここで魔法チートの夢は絶たれたのだ。
この世界はまるで平等ではないのだ、転生前も変わんないけどさ……現実という名の残酷な事実が私を打ちのめすことになった。
それでも貴族家にいる私は相当に運が良い、と考え前向きに暮らしていたんだよね。
前述の通りゼルヴァイン帝国は大陸の覇権を巡って長年戦争を続けており、結婚とか考えなくても良いかも! と最終的に私は騎士学園に通って軍人となることで生計を立てることを決意した。
それがもう一三年も前のことで……なんとか戦争で生き延びていった結果、私は終戦時に少尉まで昇進し一応近衛連隊へ配属されたが、結果的にはつい先ほどそれすらも失ったわけだ。
何もなくなった……こういう時普通の軍人はどうするのだろうか? 落伍兵が山賊になるってケースはよく聞くし、街のごろつきに身をやつした連中なども見たことがある。
だがしかし……私はそういう道を選びたくないし、貴族令嬢としてのちっぽけなプライドも持っており、まずは先立つものを得るために働かなければいけないと決意した。
「ギルドでお仕事をもらうか……平和な時代にあった仕事があればいいけど……」
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