第一八話 馬車に揺られて
「あー、疲れた……もう戦いたくないねえ……」
私の視線の先にタバコの煙がゆらゆらと揺れるのをみながら、疲労で少しぼうっとする頭で先日までの状況を整理していく。
馬車の旅自体はあまり快適なものではないし、野営は疲労を完全には取ってくれない。
しかも山賊に襲われて脱出までしなきゃいけなくなったこの旅路は、正直に言って疲れが増す結果になってしまっている。
戦果としては旧式人形騎士で最新型人形騎士二騎撃破……と言えば聞こえは良いが、私はもうすでに軍人でも何でもないし、あとは家に戻って懐かしいベッドでぐっすり眠りたい、という欲求の方が勝り始めていた。
「……しかし連邦の人形騎士も随分進化してたな……」
「そうなんですか?」
私の独り言に不思議そうな顔でパトリシアが声をかけてきたのだが、私は黙って頷くと紫煙のゆらめく先へと焦点を合わせて昔のことを思い出していた。
アルヴァレスト連邦……もともと複数の小国を糾合して出来上がった比較的若い国だが、もともと人形騎士開発・製造に長けた国が連邦内に組み込まれたこともあって、戦争中においても優れた人形騎士を建造していた国だ。
主な産業はそういって開発した兵器を販売し儲ける……いわゆる「死の商人」ってやつで、大陸中の国を相手に商売していて、どこの国からも金の亡者的な扱いを受けていたな。
宗教的な価値観から魔術師を迫害していた歴史を持っており、古くは魔術師を奴隷のように扱って魔道具を開発させてたとか、まあいい噂は聞かない。
ただ、傭兵騎士と呼ばれる騎士を外国へと貸し出すなどでも有名で、帝国、王国双方に同じ国の傭兵が雇われるなんて戦線もあったらしい。
「あいつら傭兵には見えなかったんだよな……正規軍じゃないのかな……」
「そうすると、国家間の問題になってきますね」
「ああ、ただ私はもう軍にはいないから報告義務はないしね……ほっとくよ」
戦場で見た傭兵騎士と連邦製人形騎士は難敵で、粘り強く戦ったが、命を捨ててまで立ち向かってくることはなかったので、引き際の鮮やかさについては感心した記憶がある。
先日戦った連邦の人形使い、最初に撃破した方が年上で上官……最後まで戦おうとしたのは若かったのだろうが、非常に腕は良かった。
首を刎ねた一撃に対しても反応していて咄嗟に身を低くしようとしたのだろう……間に合わなくて首が飛んだけど、あれはこちらの攻撃を認識しているように感じた。
若い方はもっと素晴らしい……防御鋲ごと左腕を切り落とすつもりだったが、防御してたからな。
育て上げれば素晴らしい人形使いになる気がする……まあ教える気もねーけど。
「しかしなんで連邦が山賊の味方を……うーん」
「連邦って表向きは中立を保っていますよね?」
「ああ……だとしても山賊に傭兵なんか貸し出すかな……」
正直何考えているんだ? としか思えない行動だが……しかも擱座した人形騎士には自爆機構、これは魔術による仕掛けだと思うが、機体を焼却して形状がわからなくなるまで燃やし尽くす?
証拠隠滅か……ラプターは最新鋭機種と喧伝されているが、戦闘実績がない人形騎士で輸出はそれほど芳しくないかもしれない、ここ最近は大きな戦争もないしね。
そのための実績作り……? いやそれにしても……いくら考えても単なる軍人でしかなかった私には理解ができない。
「……まあいいか、どうせ帝国のお偉いさんがどうにかするでしょ」
「そういえばアーシャさんって赤虎姫って呼ばれてましたけど……」
「戦争中にヴォルカニア王国の連中からそう呼ばれたんだよ、手がつけられない猛獣って扱いでね」
「へー……帝国ではあまり有名ではないんですか?」
「同じ戦線にいた連中は知っているけどね……あんまり広まってはいないみたい、広まっても嬉しくないけど」
二つ名の類がつく人形使いは結構多い……「白竜」とか「翼の騎士」とか、戦争中にそんな愛称をつけられた人形使いは枚挙に遑がない。
私の赤虎姫という名前も、その中の一つに過ぎない……そう思ってたのに、連邦の者たちまで知っているとなると、同じ戦線にいた連邦の傭兵騎士が広めたのかもなあ。
ま、それも戦争中に戻らないとどうなっているのかわからないし、もはや調べることすらできはしない。
懐からタバコの箱を取り出してもう一本口に咥えると、私が魔法を使うよりも早くパトリシアがその細くて美しい爪先に火を灯した。
「……いりますよね」
「あ、ああ……でもいいのかい?」
「魔術師に見られているわけじゃありませんから」
魔術師の世界というのは非常に面倒な決まり事や格式がある世界だ……魔術師が扱う魔術というのは貴族の技術であって、体系的な知識が含まれた門外不出の伝統技能だ。
反面平民や私たちが使う魔法というものは、古く混沌とした古代の技法であって、魔術師からすると「下賎の行為」として映るらしい。
軍では兵士たちが普通に使うのであんまり意識はしないけど、確かに魔術師連中は絶対にこの手の魔法は使おうとしなかったからな。
うっかり便利だからといって魔術師が仲間の前でそれを使ってしまったりすると、大変なことになるらしい……実に面倒な世界である。
パトリシアは見られていない、という理由でティンダーを使ったがこれは魔術師に見られたとしたら非常に恥ずべき行為なのだ。
「そっか……」
「身分というのはちょっと面倒なんですよね……」
私がパトリシアの灯した火を拝借してタバコに火をつけると、彼女は寂しそうな顔で微笑む。
侯爵家令嬢というのも面倒だろうな……少なくとも私も本当の実家にいって生活できる気がしない、前世のこともあるしそもそも虚飾と上部だけで飯食っているような令嬢生活など平穏無事に送れる気がしない。
男性として自分がどのように前世で生きてきたのかは朧げでよくわからない……それでもその記憶が強く影響して私は男性に体を触られたりすることに強い嫌悪感を感じている。
流石にこの歳にもなると女性らしく振る舞うことには慣れているので、それなりのあしらい方などはできるが、若い頃は本当にしんどかった記憶がある。
「まあわかるよ……貴族令嬢なんて生活ガラに合わねえから軍人やってんだ」
「男爵家であればそれなりに自由なのですか?」
「いや……婚約者がどうとか、女の癖に野原を駆け回ってとか揶揄されたよ」
「それでも今は自分の力だけで生きてる……羨ましいです」
パトリシアの言葉は憧憬の響きに満ちている……相当に押し込められて生活してたんだろうな、レミントン家との婚約も彼女の意思じゃないだろうし。
そんなお嬢様がライオトリシアで生きていくのは難しい……数日も経たないうちに路銀を無くして、あっという間に路地裏生活だ。
そんな生活ができると思うか? 私は無理だと思う……本人はそのつもりだろうが、本で読んだ知識があったとしても市井でのトラブルを回避できるような気がしない。
私は少しそこで悩む……正直に言えば放ってしまえばいいと心のどこかで自分が囁いている、逃げ出した貴族令嬢が転落して娼婦に身をやつしたなんて物語も数えきれないほど見てる。
だけど……私は軽くため息をつくと、パトリシアの目をじっと見てから話しかけた。
「しゃーねえ……仮契約しちまったのもあるけどさ、うちに来るといい、侯爵家みたいな贅沢は何もできねえし大変だろうが、見捨てるわけにはいかなくなっちまったね」
_(:3 」∠)_ なんやかんや情は厚いのです
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