第一六話 戦場の赤い虎、三〇騎墜し
——ボロボロの兵士級人形騎士がそれまでに見たこともないような動きで、同僚が駆るラプターの首を一撃で跳ね飛ばしたのを見てカイは驚きで目を見開いた。
「……な……お、おい……ペルシアーニ少佐殿ッ!」
カイ……これは偽名であって、本当の名前は別にあった。
アルヴァレスト連邦第三軍所属カイネル・オイレンブルク騎士少尉は、上司である『クレメンテ』ことクリミス・ペルシアーニ騎士少佐の名前を叫ぶ。
だが、ぼんやりと青く輝く生命の水を首から吹き出しながらゆっくりと膝をつくラプターからは、何の反応も返ってこない。
人形騎士の全身を駆け巡る生命の水は損傷などにより一定の水量を失うと、機体を動かす動力を失いそのまま一時的な機能停止に陥る。
先ほどのロックヘアの一撃……人形騎士の急所の一つである首を一撃で両断したことにより、クリミス機は瞬時に生命の水を失い、機能停止に追いやられた。
『ぐ……動かぬ……すまない、俺は脱出する、奴は異常だ……これ以上の交戦は避けて逃げろ!』
「無事でしたか……早く脱出を」
『いいからお前はあのロックヘアに気をつけろ……! あれは』
『おしゃべりしてんじゃねえよッ!』
まるで瞬間移動でもしたかのようにロックヘアが視界に突然現れる……咄嗟に左腕に備え付けられた防御機構……突起物のようにも見える防御鋲を掲げたことで、ギャイイイイインッ! という凄まじい音を立ててロックヘアの小剣が防御鋲へと食い込む。
兵士級の機体は基本的に盾を持たない、根本的なパワーにおいて劣る兵士級人形騎士は、左腕に縦型の形状をした装甲板を使うのだが、最新型であるラプターは防御鋲と呼ばれる突起物を盾がわりに装着することで攻撃を防御する。
盾のように体を覆うことはできないものの、その分軽量かつ頑丈に作られており、ロックヘアの凄まじい一撃も何とか防げていた。
「ぐぅううううッ! なんてパワーを……どうなってやがる!」
『そういや連邦はあんまり随伴魔術師使わねえって聞いたな』
「それがどうした……! 我が国の技術は魔術師などいなくても全ての性能を引き出せる……!」
アルヴァレスト連邦製の人形騎士は各国への輸出を前提に建造されている……大陸全土で戦火が収まり一時の平和を享受していた中にあっても、さまざまな紛争や揉め事は後を絶たない。
連邦は人形騎士を必要としているが、正規軍ほど装備が整っていない顧客を相手に商売しており、そういった人たちが随伴魔術師と伴うことはまず無いため、それを考慮せずスタンドアローンで行動できる人形騎士の開発は非常に美味しい収益となっていた。
ラプターも正規軍向けと言うよりは、市街戦などを考慮した設計になっており、防御鋲などの装備も狭い地域での戦いを想定して開発されている。
『知っているよ、傭兵になった連邦の連中とも戦ったことあるからな』
「やはり戦争に参加していた人形使いか……!」
『ああ、そうだ! 私は戦争に参加し……多くの人を殺してきた軍人だッ!』
ロックヘアが押し込む動きを突然やめたことで、その動きに対応しきれずラプターの上半身が揺らぐ……ペダルを踏み締めてカイネルは必死に倒れることを阻止しようとするが、その動きに合わせて敵人形騎士が胴体部分に蹴りを叩き込んできた。
ゴギャアッ! と言う金属と金属が擦れ合う音と、火花を散らしながらラプターは大きく後方へと跳ね飛ばされる……上下左右に揺れる視界の中でカイネルは操縦桿とペダルを駆使して何とか体勢を整えていく。
その動きもまた、カイネルの素晴らしい人形使いとしての腕を証明している……今の一撃で転倒していれば即座にロックヘアが首を刎ねに飛び込んできただろう。
だが……うまく体勢を整え直したことを知ったロックヘアは飛び込んでこようとはしなかった、結果的には大きな隙を彼女は見逃したことになる。
「…‥い、今のはやばかった……くそ、これが随伴魔術師の力……ッ!」
『いやあ……接続は久々だけど素晴らしいね、私はこれほどの逸材見たことねえよ』
赤毛の軍人崩れの動きに合わせるようにロックヘアは軽く手を広げる……人形騎士と人形使いの思考がリンクしているかのような自然な動きにカイネルの背筋がゾッと寒くなる。
三者が接続した状態において、人形使いと随伴魔術師の意識が人形騎士に乗り移ったかのような人間臭い動きを見せることは歴史の知識からも知っていた。
連邦ではその状態を「人形に呑まれた」と表現することがあり、魔術師を迫害した歴史を持つアルヴァレストの騎士たちからすると、恐怖の対象に近いものがあるのだ。
この感情は連邦の人間だけでなく、戦争に巻き込まれ人形騎士の恐怖を知っている人間では似たような感覚を覚えるという。
『さて、名を名乗れ……お前らは騎士っぽいからな』
「さあね、俺は盗賊に雇われているだけでね……名乗るようなもんじゃない」
『つまんない男だね、それじゃモテないよ? 少なくとも私は好きじゃないね』
「お前に好かれる必要などないだろう! 貴様が名乗れ!」
カイネルは曲刀をロックヘアへと向ける……騎士としては無作法だが、今のカイネルは盗賊に雇われた人形使いという設定だ、国を出て任務中の身であるが故にそういったものはあえて忘れていた。
ロックヘアはグリン、と首を曲げてカイネルへと視線を向ける……無機質なはずの人形騎士の瞳がぼんやりとした青い光を放っているのが見えた。
接続を機にその瞳には意思が宿っているように見える、燃えるような闘志、凶暴とも言える光、そして……どこか暖かな優しさ。
ロックヘアは帝国式の人形使いが決闘前に行うような、眼前で小剣を立てると騎士の礼を見せてから、拡声器でカイネルへと名乗りをあげる。
『いいだろう、我が名はアナスタシア・リーベルライト……帝国貴族にして帝国軍少……あ、いやともかくそんなもんだ』
「アナスタシア……リーベルライト……だと?」
『まさか、戦場の死神……帝国最強の人形使い赤虎姫! 何でこんな辺境に?!』
その名は帝国や王国だけでなく、アルヴァレスト連邦においても知っているものが存在していた……カイネルはまだ若いため名前にあまりピンときていなかったが、あの戦争に従軍し戦果を上げた経験のあるペルシアーニ騎士少佐は彼女の異名を噂程度ではあるが聞いており、思わず驚きの声を上げる。
戦場の赤い虎、ゼルヴァイン帝国最強の人形使い……ある戦いで三〇騎のヴォルカニア王国の人形騎士を破壊し、その名を挙げた戦場の死神とまで言われた軍人である。
王国ではいまだに恐怖の対象として囁かれているが、アルヴァレスト連邦出身の傭兵騎士たちが、その脅威的な戦果を持ち帰ったことで、その名前が軍の一部に知られるようになった。
『赤虎姫……ってあの「三〇騎墜し」か!』
『カイネル、すぐに撤退だ……帝国貴族が来ているとなると別で正規軍も動いている可能性が高い』
彼らは知らなかったが、アナスタシアはすでに軍を解雇されて追放されていたため、こんな辺境まで正規軍が出張ってくることは無い。
だが、ラプターを帝国領内に持ち込んで山賊団へと手を貸していたのがアルヴァレスト連邦の正規軍騎士だった場合はどうなるだろうか?
少なくとも現状中立を保っているはずの連邦が、悪意を持って帝国の領内で騒動を起こしているなどと知られてしまったら、帝国軍はここぞとばかりに連邦へと侵攻を開始するだろう。
カイネルはその状況になってもなお、ペルシアーニ騎士少佐の脱出を援護するためにラプターを身構えさせる……目の前の「三〇騎墜し」を殺して仕舞えば、連邦の策略も知られることはない。
「やってやる……! 俺だって戦争に出れればもっと活躍できたんだ……!」
_(:3 」∠)_ 地味な死亡フラグが……
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