第一五話 随伴魔術師(コメス・マグス)
『わたくしが貴女の随伴魔術師になります』
「ありがたい話だけど、そりゃダメだ」
私はパトリシアの言葉を否定する……通信用魔道具の先で彼女が息を呑む音が聞こえるが、それをやってしまうにはあまりにも条件が悪すぎるからだ。
人形使いと随伴魔術師の契約は魔術の極みであり、魂と魂を結びつけてお互いを一つの存在として固定する儀式である。
これは愛し合う夫婦よりも深く、そして本質的な部分で人同士が繋がる関係性とも言え、魔術師にとって最も誉とも言える行為である。
単なるサポート要員ではなく、共に戦い人生を生き抜くパートナー、それが人形使いと随伴魔術師の間に結ばれる契約なのだ。
私は以前戦争中に随伴魔術師との契約があった……だが今はそのパートナーはいないため、ぽっかりと穴が空いたような状態になっているのだが、それでも契約を結んでいた魂には今でも残穢のようなものがこびりついている。
これは新たな随伴魔術師を得ても一生拭えない、魂そのものの結合に他ならない……私の思考が一瞬逸れた隙を突かれ、ロックヘアの肩部装甲をラプターの攻撃が掠める。
『動きが鈍ってきたぞ! 畳み込めッ!』
「ぐ……このッ! 確かに……私が軍にいた時の随伴魔術師はいない」
『だからわたくしが!』
「だからといって一度契約をしてしまうと、アンタは貴族令嬢としての地位を危うくする、違うか?」
パトリシアはギルメール侯爵家令嬢……魔術師の権威とされ、帝国内でも名門貴族の一員である。
彼女が婚約を嫌がって逃げ出したところで、侯爵家は彼女の痕跡を辿って結局は家に戻されることになるだろう。
その時に……階級社会において三階級も下の男爵家令嬢、しかも軍を除隊させられた札付きの元人形使いと契約をしていました、なんて事実が発覚してみろ。
少なくとも婚前交渉よりはマシかもしれないけど、それでもトリシアの両親は少なくとも侯爵家クラスの人形使いとの契約を娘にさせることで、より高みを目指しているに違いない。
例のレミントン公爵子息は魔術師だが、同時に人形使いとしての実績もあったはずなのでその補佐という意味ではパトリシアはうってつけだったということになる。
契約そのものが結ばれた時点で、彼女は本質的な意味でバーナビーのパートナーとしての人生が待っている、それは本人の希望でなかったとしても貴族令嬢の人生としては最高のものなのだ。
ヤバいだろ……発覚した際に侯爵家の理解を得られなければ、私は二度と帝国の人形使いとしては再起不可能だし、パトリシアは一生陽の目を見ない幽閉コースだぞ。
「軍を離れる前から随伴魔術師との契約は失われていた……あいつはもう死んでいる」
『ならわたくしがその位置にいても問題ないじゃないですか』
「大ありだ馬鹿野郎ッ! 貴族は面子を大事にするだろうが、木端貴族の私だってそれくらいは理解してるぞ」
『助けられる時に助けずに見捨てろと?! そんなことできるわけないじゃないですか!』
「見捨てろッ! 私はトリシアに不幸になって……ぐあッ!」
『アーシャさんッ!?』
言い争いをしながら私はロックヘアに回避行動を取らせていくが、左手の小盾で受け流しきれない攻撃が、反動となって私の肉体に跳ね返ってきたことで、思わず悲鳴を上げてしまう。
だが、その反動を耐えながら人形騎士を滑らせるように回避すると、再び身構え直したことでラプターの追撃を牽制する。
彼女の正義感は素晴らしい……だが、この世界では貴族階級は絶対的な権力者に当たる。
ぶっちゃけ私だって男爵家の身分があるのだから、平民と比べて仕舞えばそりゃ格差があるに決まっている。
平民に対してサムライのように無礼討ちしたとしても、そう簡単に罰せられないだけの地位は持っているのだ、やらないけどさ。
だからパトリシアの立場で考えるのであれば、私なんか見捨てて逃げて仕舞えばいい……所詮私は男爵家の令嬢でしかないのだから。
だけどそれを見捨てられないとするのだとしたら、彼女はどれだけの苦難を背負わなければいけないのか、理解しているのだろうか。
「見捨てろよ……アンタの身分にとっては私なんかゴミのようなものだ、見捨てたとしても文句なんか言わないよ」
『見捨てられないです! 少しの間だけでしたが、わたくしはアーシャさんが信頼に値する人間だと判断しました、だからこれは単なるわがままです』
「だ、だめ……ああああッ!」
その言葉と同時に通信用魔道具が光り輝き始める……本来であれば直接契約の儀式を結ぶ必要があるが、今私は戦闘の真っ最中のため、まずは触媒を通じて契約をするつもりか。
咄嗟に何とかしようと魔道具を手に取った瞬間、パトリシアの暖かな魔力が手のひらを通じて感じられたのがわかった。
こんな強引な……と私がラプターの攻撃を避けて大きく後背へとロックヘアを跳躍させたのと同時に、魔力が一気に雪崩れ込んできた。
とんでもない魔力量……今までに感じたことのない凄まじい魔力に耐えきれなくなって軽い悲鳴と共に私の体が大きく跳ねる……ギルメール侯爵家の血筋なのか、それともパトリシアがうまく魔力を引き出せていなかっただけなのかわからないが、これほどまでとは思わなかった。
『我は魔導の信奉者、我は人形使いと共に歩むもの……』
『この膨大な魔力……まさかあの金髪女は、随伴魔術師の契約を!?』
『待て、遠隔で契約なんか……ふざけるな、そんなことができるやつは今まで数人しかいない……本物だとしたら化け物だぞ!』
『我が名はパトリシア・ギルメール……魔導の真髄、そして古くからの血の盟約に従い、我はアナスタシア・リーベルライトと共に歩まんッ!』
ラプターに乗った人形使い二人が目の前で起きている凄まじい光景に絶句している……そりゃそうだ、人間を超えた魔力量でもなければ遠隔契約なんざできるわけがないし、そんなことをやってのけたのは過去に数人しか存在しないのだから。
全身を駆け巡った魔力と共に、私の視界に微笑むパトリシアの幻影が浮かぶ……それは現実のものではなく、魔力の形がそれを幻として見せているだけに過ぎないのだが。
それでも幻であるはずの彼女は、私と目が合うと微笑み……全く躊躇せずにそっと私へと口付けた。
触れ合う唇から驚く量の魔力が流れこみ、私は背筋を流れる電流のような快感に思わず体を震わせる……ただでさえ凄まじい魔力量で私の肉体が持たないかもってのに。
以前パートナーだった随伴魔術師との契約ではこんなことはなかった……彼自身がそれほど高い魔力を持っていなかったのもあるけど、パトリシアの魔力は驚くほど私の体を駆け巡り、そして魂そのものを震わせている。
「や、やめ……あ……んッ! こ、こんな……ッ!」
『け、契約は結ばれる……ん……アーシャさん、わたくしは貴女を助けますよ……ッ!』
パトリシアの言葉に同調するかのように、人形使いである私の視界が大きく変わっていく……それはロックヘアそのものが自分となったかのような感覚へと変化する。
随伴魔術師と人形使いの魂が同調したことによって、人形騎士は私達二人の魂そのものが操る驚くべき存在へと変化するのだ。
単なる機械の騎士ではない……それは人形使いにとって肉体そのもの、人形騎士の瞳で見ている光景は私のものへ、剣を握る手はまるで自分のものになったかのような感覚へと変化していく。
ロックヘアの視界は私の目を通じた視界となり、そしてパトリシアが見ている視界すらも私のものへ、恐ろしいまでの情報量と数年ぶりの感覚にクラクラしつつ、私は身動きが取れなくなっているラプター達へと視線を向けた。
「ああ……トリシア……一つになって……」
『アーシャさん、わたくしは今アーシャさんの魂と直接繋がっています……貴女は優しく、そして猛々しい魂を持っています……わたくし達なら』
「ああ、わかってる……トリシアの魂が私を包んでいる……」
『なら勝てますねッ!』
パトリシアの言葉に応じて私は前に出る……ロックヘアのガタガタだった力の核は彼女の意思に合わせるかのように、それまで不協和音をあげていたのが嘘のように整った鼓動となって響き渡る。
ドンッ! という音を立てて地面を蹴った私達は、状況がわからずに混乱していたラプターの一体……少し年齢が高いであろう方へと凄まじい速度で小剣を振るう。
その一撃は反応しきれなかったのだろう……ラプターの首が一撃で宙に浮くと、内部を流れていた生命の水が切り裂かれた首から噴水のように吹き出す。
「まずは一体……次はお前だ……!」
_(:3 」∠)_ うーん、難しい
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