第一四話 激突する巨大兵器
『おらあああっ!!』
『このっ……! なんなんだこいつ……ッ!』
パトリシア・ギルメールやミハエル、そして乗客達の前でアナスタシアが操るロックヘアと、二騎のラプターと呼ばれる銀色の騎士がお互いの武器をぶつけ合う。
戦争中最前線で戦った兵士であれば日常的に目にした光景……人形騎士同士の対決は、まるで五年前に終わった戦争そのものに思えた。
外野として見ているパトリシアの目から見ても、二騎のラプターの整備はよく行き届いており、明らかにロックヘアとの性能差が大きいことを感じさせる動きである。
そもそもロックヘアは装甲のあちこちが錆びており、ひどくヨレている外見である‥…ラプターは鈍く光る銀色であり、美しさすら感じる外見なのだ。
人形騎士は新型になればなるほど強力な性能を発揮する……各国が鎬を削って建造した機体は年代ごとに様々なギミックや工夫が凝らされている。
時代の変化に合わせて技術は更新され、それに合わせて機体の性能は次々と更新されていくのが世の常なのだ。
『こいつ……! こんなボロボロの人形騎士を使って、凄腕じゃないか……!』
『カイ! 油断するな、回り込んで死角をつけっ!』
『そっちは見えてんだよッ!』
ヴォルカニア王国で開発、設計されたロックヘアは建造開始が六〇〇年ほど前に遡り、非常に古い機体の一つと言える。
何百年も整備さえすれば稼働する人形騎士も多く、骨董品と呼べるものでも戦争中では貴重な戦力として扱われた。
ヴォルカニア王国で設計されたロックヘアは兵士級としては非常にスタンダードな性能を有しており、バランスが良かったため護衛任務などでは戦争末期まで重宝されていた機体でもある。
帝国の人形騎士と比べると一歩及ばない部分もあったそうで、戦争中期には新型機が登場し刷新されていったのだが、アナスタシアの話していた通り補給部隊などではよく姿を見られた。
そんな機体を動かしているにもかかわらずアナスタシアは、ラプター二体の攻撃を驚くほどの動きで防ぎ続けている……左手に備わった小盾を器用に滑らせて火花を上げながら攻撃を受け流し、さらには細かい移動を繰り返して相手の斬撃を避けていく。
山賊が動かしていたものとは同じ機体に見えないほど滑らかに、そして驚くほどの速度でロックヘアは相手の攻撃を回避し続けていた。
『ふざけんな、捕らえたやつの中に人形使いのエースがいるなんて聞いてねえッ!』
『黙れ、無駄口叩く前に攻撃しろ!』
『笑わせんな雑魚共が……当たらなきゃどうってことねえんだよ、赤い人もそう言ってんだろ!』
「なんて姉ちゃんだ……あいつ本当に軍をクビになったやつなのか?」
アナスタシアの戦いぶりを見ていたミハエルが驚きのあまりにポカンとした表情で戦いを見つめている……何が原因でアナスタシアは軍をクビになったのだろうか?
彼女自身が喋りたがらなかったため、野営時にもそれを聞けなかったが……理由を聞いてみたい、とパトリシアは思った。
ラプターの一撃を盾で防いだアナスタシアが恐ろしい速度で前に出る……肩を使って相手に体当たりを叩きつけると、ドゴオオッ! という凄まじい轟音があたりに響く。
その一撃でラプターがバランスを崩してよたよたと蹈鞴を踏んで後退していく……旧世代機が新世代機を圧倒する、そんなとんでもない光景が目の前に広がっていた。
『ぐ……この!』
『はっ、戦争中だったら今ので死んでたよ』
『くそ……お前は本当に何者なんだ!』
ラプターが我慢しきれずに剣を振りかぶって飛びかかる……だがそれも読んでいたのか、アナスタシアの駆るロックヘアはギリギリで回避すると、ラプターの顔に左腕の小盾を叩きつけた。
ゴシャアアッ! と言う音と共にラプターの頭部に大きな打撃跡が刻み込まれるが、悲しいかな整備がなされていないロックヘアは本来であれば相手の頭を破壊するであろう一撃でも威力を出せない。
パトリシアはそれをみてまずい、と感じた……学んできた随伴魔術師としての知識が、ロックヘアをギリギリで保たせているアナスタシアの神がかり的な操縦技術でさえも、補完しきれていないことを理解したのだ。
このままだとあのロックヘアは確実に負ける……人形使いとしての才能であればアナスタシアはあの二人を完全に圧倒しているのだが。
「……アーシャさん! 大丈夫ですか?」
『まずいねえ……機体のあちこちが悲鳴を上げてるよ、整備しろってんだ全く……』
「そんな……!」
魔道具から聞こえるアナスタシアの言葉には自嘲じみた気配が感じられる……それでも彼女はラプター二体の猛攻を退け、反撃を行なっている。
今彼女は操縦と同時にロックヘアの各部の調整を行っている……それは想像を絶するレベルの神技、ラプターを操る本職の人形使いが舌を巻く超絶技巧に他ならない。
特に最新鋭機種であるラプターは、随伴魔術師不在でも十分な戦闘が行えるだけの補助機構を有している。
開発したアルヴァレスト連邦は魔術師の育成がそれほど盛んではない……もともと魔術師を迫害した過去があり、そのため他国へと人材が流出していたという事情もある。
開発競争の中で連邦は魔術師の迫害を止め、人形騎士を建造する技術を身につけたが、その影響もあって人形使い単体で動かす技術に長けていた。
それに対してヴォルカニア王国で建造された骨董品に近いロックヘアは、非常に設計が古く人形使いに大きな負担がかかる複雑な操縦系統を有しており、ラプターほど便利な機構はついていないのだ。
それにもかかわらず、アナスタシアはラプターを圧倒している……だがそれは薄氷の上でダンスを踊るような綱渡りの連続に過ぎない。
『……ミハエル、トリシア達を連れて脱出しろ』
「アーシャさん?!」
『今なら山賊も戦いに気を取られて、アンタ達を追えないはずだ』
「お前はどうするんだ……」
『さあ、散々嬲られた後に死ぬだけだろ……だけど最後まで諦める気はないね』
死ぬ……アナスタシアが発したまるで他人事のような言葉にパトリシアの心が締め付けられる……彼女が時折見せるどこか諦めたような表情。
それと相反するように同居する優しさ……パトリシアはまだアナスタシアのことを全て知っているわけではない。
まだまだ知らないことが多すぎる……共に過ごした時間は少なく、完全にお互いが気を許したわけでもないのだ。
だけどそれとは別に一人の女性を見殺しにするのは全く違う、と強く思う……短い交流の中で、パトリシアはアナスタシアという人物を好ましく思っていた。
貴族令嬢として正しくあれと育てられたパトリシアの中にある正義感が強く思う、ここでアナスタシアを死なせてはならない、と。
『正しいことを為せ、ギルメールの者は己が信じた正道を行くのだ』
父親は小さい頃の彼女へとそう教えていた……彼女にとっては何が正しい道であるのか、いまだにそれが何なのかを考えてしまう。
令嬢として正しい道を歩むのであれば、パトリシアはおとなしく家の決めた婚約者のために子を産み、家を存続させることが正しい道だったのだろう。
だが……自分はその道に違和感を感じて逃げ出している、それが正しい道ではないと判っていても自分がそれを選択したことは間違っていると思いたくはない。
今自分が取れる正しい道とは? それは目の前で自らを犠牲にしようという一人の女性を助けることなのだ、とパトリシアは信じた。
「アーシャさん……わたくしがサポートすれば勝てますか?」
『操縦に集中できれば、あんな雑魚ども圧倒できるさ』
アナスタシアの言葉には真実味が感じられる……おそらく彼女はその言葉通り、人形使いとして最高の能力を有している。
本来であれば帝国軍の中でも非常に重要な位置を占める存在だったのだろう……だが何らかの原因があって彼女は軍を追いやられることになった。
自分が助ければ彼女は全力を出し切れる……その事実にこれまで逃げ続けてきた彼女の心は奮い立つ、ここで逃げたら、今アナスタシアを助けなければここで逃げてたとしても、一生後悔するだろうとわかったからだ。
パトリシアは魔道具を握りしめ、そして力強い視線を持って今なお戦い続ける彼女へと語りかけた。
「そうであれば、わたくしが貴女の随伴魔術師になりアーシャさんを助けます……!」
_(:3 」∠)_ がんばれパトリシア!
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