第一一話 暗闇に紛れて人形騎士を奪取せよ
「おま……ッ!」
「黙って死にな、ゴミが」
山賊の背後から忍び寄った私は口を押さえて小剣を首に叩き込むと、恐怖に満ちた山賊の瞳が次第に光を失い、力無く地面へと倒れ伏す。
私達は地下牢から脱出した後、ミハエルと私が先導しながら酔い潰れた山賊達を尻目に、人形騎士の待機場へと向かっていた。
酒盛りに参加していなかった連中……おそらくなんらかの形でハズレくじを引いたであろう連中も、夜遅いということもあってうとうとしていたため、案外気がつかれずに移動ができていた。
気を抜きすぎだろう、とは思うけど案外山賊なんて烏合の衆だからな……本職の軍隊ですら最前線でもない限りは案外気の抜けた連中が多かったわけで。
そこまで考えた私の視界に人影らしきものが見えたため、それほど夜目の効かない私は慎重にじっと凝視しながら後ろにいたミハエルへと声をかける。
「ミハエル」
「ああ、ちょっと待ってろ……静かにな」
私の言葉に頷いたミハエルは音も立てずに暗闇の中を移動すると、あくびをしながら立ち小便している見張りらしき男の背後へと近寄り、そのまま背中へと一撃を叩き込む。
見事すぎる致命の一撃を叩き込まれた山賊は声すら上げることを許されず、そのまま地面へと崩れ落ちていくがミハエルは音を立てないようにその体を受け止めるとそっと地面へと降ろしていく。
見事だな、傭兵稼業が長いとか話していたが、元々は軍の斥候か何かだったのかもしれない……こういう技能の持ち主が味方についてくれているのはありがたい。
ミハエルはそのまま周りの様子を見ながら少し先行して移動していく……手振りだけで安全を伝えてきたことを確認すると、私は一人ずつに小声で声をかけて移動させていく。
「ほら、先にいきな……お母さんと一緒に行くんだぞ」
「うん」
「あ、ありがとうございます……」
パトリシアと子供を連れた母親……そして農民風の二人、一人は傷が悪化してうまく歩けなかったため肩を貸しているが、その二人が移動を終えた後私は姿勢を低く保ったまま、少しぎこちない動きながらも彼らの元へと移動していった。
戦争が何百年にもわたって続くと人形使いも人手不足によって、斥候の真似事みたいなことをやらされたりもした。
まあ実際に現地の確認をしないことにはならんわな、ということで率先して偵察なんかはやってたんだけど、その時の経験を活かすことになろうとは……思わずため息をついてしまう。
みんなの元へと到着したその先……月明かりの中に巨大な影が浮かび上がる、それは昼に私達の前へと出現した王国製人形騎士ロックヘアの姿だった。
ロックヘアはかなり無骨な印象のある直線的な造形ではあるが、全体的なシルエットは細く兵士級人形騎士らしくシンプルな外見をしていた。
外見で特に気になるのは脚が逆関節の形状をしているところだろうか? これは駐機体勢を取らせると背中側に脚が突き出す独特のポーズになることから、帝国軍では『兎ちゃん』という名前で呼ばれた特異なシルエットにもつながっている。
思わず息を呑むパトリシアやミハエル……だがロックヘアの周りには人影がなく、起動していない巨人は静寂の中にあって銅像のようにすら見えた。
すぐに乗り込めるようにするためだろうが、人形使いが乗り込むハッチは開いたままで、ここの山賊どもが人形騎士の扱いには素人であることがすぐにわかった。
「あそこに馬車とスレイプニルが……」
「荷物も下ろしていないってことは、明日の朝に検分するつもりだったんかね……何にせよラッキーだ」
スレイプニルは膝を折った状態で睡眠をとっており、生きたまま捕獲したスレイプニルを有効活用しようとでも考えた奴がいたのかもな。
さて……どうするか? 人形騎士は起動すると結構な騒音を立ててしまうため、順番を間違えると山賊達を起こす結果になってしまう。
私がじっと馬車の様子を見ながら考えていると、どうするんだ? と言わんばかりの表情を浮かべたミハエルとトリシアが私の側へとやってきた。
トリシアは強い不安からかかなり怯えを感じる瞳をしており、私は彼女の頭をそっと手のひらで撫でると優しく微笑む。
「……大丈夫だよトリシア、無事に帰れるから」
「はい……」
「アーシャさん、どうする?」
「そうだね……スレイプニルと馬車を先に街道側に出す、その後私がロックヘアを起動してさっきの砦に……そうだな、そのあたりにある瓦礫を投げつけて逃げる」
視線の先にあるロックヘアの腰には人形騎士サイズの小剣……人間からしたら馬鹿でかい剣に見えるだろうが、これでも最小サイズの剣だ……が据え付けられている。
左腕には固定武装として腕部を拡張した小盾が付けられているのが見える、まあ人間相手の戦闘では使うことはないんだろうが。
兵士級とはいえ振り回した腕が人間にブチ当れば、簡単に潰れたトマトみたいな状態になるからやはり脅威と言っても良いだろう。
「山賊を全滅させれば……」
「人形騎士で虱潰しに逃げ惑う人を攻撃するのは効率が悪すぎるよ、それに今はみんなが無事に逃げられるのを最優先にする、これが最適解だろう」
御者のおっさんがスレイプニルへと近寄ると、飼い主が戻ってきたことを理解したのか六足歩行獣はぶるる、と鼻を鳴らしてゆっくりと起き上がる。
それと同時に農民風の男性と子供を連れた母親は小走りに走って馬車へと乗り込んでいく……動けるな、よし……私はロックヘアへとゆっくりと近づく。
戦争中は敵として相対した機体……整備はあまりちゃんとされていないのか、装甲のあちこちには錆が浮き、魔物の皮で作られている関節のカバーもところどころが変色している。
かわいそうに……私はそっとその機体を撫でると、整備テーブルの上に転がっていた一対の小型通信用魔道具を手に取る。
王国製……だが操作は大して変わらないので、軽く叩くとブンッ! という鈍い音と共に魔道具が起動した。
「トリシアこれを頼む」
「はい……」
「ミハエル先に出て頂戴、街道の方まで移動したのを見てからこいつを起動する、すぐ追いかけるからね」
通信用魔道具の片割れをパトリシアに投げ渡すともう一つを胸元のポケットにしまう……私の言葉にミハエルは頷くとパトリシアの手を引いて馬車へと向かった。
それを見届けた私はロックヘアのハッチへと潜り込む……少し小ぢんまりとした操縦席は、簡素な椅子といくつかのレバー、そして魔力で駆動する様々な計器類が並んでいるのが見える。
計器類の文字は王国で使われている言語だな……ただ、並びを変えると鹵獲した敵国の機体が使えなくなるので、置いてある位置と意味は大体同じだったりする。
座席に身を預けるとほんの少しだけ懐かしい気持ちにさせられる……いくつかの見えるスイッチを入れていくと、残魔力を示すゲージがゆっくりと色を変えていった。
「十分あるな……ちゃんと休ませてんのか」
『アーシャさん準備できました』
「おうよ、できるだけ音を立てずに出ていけ……方向はわかるな?」
『はい、無理をしないでくださいね』
「そうだね」
私の返答に合わせてスレイプニルがゆっくりと動き出す……よく調教されているな、嘶いてからじゃないと走らない個体も多い中、あの子はちゃんと状況を理解しているのか静かに馬車を弾き始めた。
だがその時、砦の方向から急にラッパのような音が鳴り響く……地下牢で死んだ男を見つけたってことか……私は黙ってハッチを閉めると、残りの起動準備を進めていく……ロックヘアの視界と目の前にある水晶製のモニターがリンクし、外の光景が映し出される。
それをきっかけに胴体に内蔵された力の核が駆動を開始する……心臓の鼓動に似た規則正しい音を立てながら、ロックヘアの体が私の操作に応じてゆっくりと直立姿勢をとり始める。
モニターに映る光景がゆっくりと持ち上がっていくのを見ながら、私は優しくロックヘアへと話しかけた。
「よしよし素直で良い子だ、私のいうことをちゃんと聞くんだぞ、お前はもっとできる子なんだから……」
_(:3 」∠)_ ロックヘア大地に立つ
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