(幕間) 帝国歴一二七九年 牡鹿の王 〇二
「こちら異常なし、帝国の犬どもは見当たらない」
『了解した、定期連絡は忘れるなよ』
この地方に展開しているヴォルカニア王国第九帝国方面軍は長年ゼルヴァイン帝国との戦いで主力として活躍していた軍の一つである。
総指揮官はアルミン・ヴァイドラー上級大将で、定数は五万人規模の大集団であるが、長年の戦いにより近年では定数割れを起こしてはいるが、それでもなお帝国軍からは脅威として認知されている精鋭部隊であった。
所属している人形騎士の数は一〇〇騎近くに及び、集団での行軍中は神話に出てくる巨人族の軍勢のように見えることもあったという。
軍隊の行動には莫大な物資が必要であり、これは帝国王国を問わず各国の軍指導部が頭を悩ませる切実な問題となっていた。
そこで両軍ともに物資を一時的に集めておく集積所を各地に建設し、その場所を起点に行動することで、日々の行軍や戦闘に邁進している。
王国軍補給部隊に所属するモーリッツ上等兵とブルグハルト上等兵は同郷の出身であり、部隊に配属になってから友人として共に悪逆非道な帝国兵を撃ち倒す日を夢見ていた。
「主戦場では決戦が始まるらしいぜ」
「本当か? 今回は王国が勝てるのかな」
「銀髪のクソ皇子を今度こそ倒せるといいな」
ヴォルカニア王国は長年帝国の侵攻を食い止めていたのだが、この戦線は一年ほど前から帝国の優勢が続いていた……『銀髪のクソ皇子』ことグラディス・バルハード・ゼルヴァイン第三皇子が中将として赴任してまもない頃、王国による大攻勢を迎え撃った帝国軍は彼の指揮による反転攻勢を成功させると共に、長年こう着状態だった国境線を一気に押し込むことに成功していた。
あまりに鮮やかな手腕とその容姿を見た王国兵たちから、グラディスは『銀髪のクソ皇子』という蔑称をつけられ、王国軍兵士達は彼のことをそう呼ぶようになっている。
二人は主戦場での戦いには参加していないのだが、勤勉な王国軍兵士の一人として主戦場の兵士たちが全力で戦うために必要な物資を守っている、という自尊心から積極的に巡回を続けていた。
とはいえ主戦場ではない補給基地では、攻撃もなく次第に緩みが生じ始めているのは致し方ないことではあったのだ。
「こんな辺鄙な場所を攻撃する物好きなんているのかね……」
「さあなあ……お偉方は油断するなっていうけどさ、正直何もないよな」
「主戦場に近い集積所は結構攻撃を受けてるらしいぞ」
「守備隊も大変だろうな……」
この補給基地は王国軍の戦線を支える集積所の一つで、主戦場からは少し奥まった『正統なる王国領』に存在する補給基地の一つだ。
さすがに越境攻撃を仕掛けてくるような大規模な攻勢は、王国軍主力に察知されるため流石の帝国軍も二の足を踏んでおり、そう言った意味ではある程度平和な勤務地という認識である。
主戦場で戦い続けている部隊と違い、この場所では配備されている人形騎士も少し古い兵士級ロックヘアなどが中心となっていた。
モーリッツ上等兵は整備の行き届いているとはいえ、旧式機であるロックヘアが集積所の周囲を警戒するために歩き出すのを見て、軽くため息をつく。
「主戦場じゃ最新型の人形騎士が歩き回ってるんだろ? ロックヘアなんか親の顔よりも見てるぜ……」
「そうだな……でもいざってときは頼りになるしな」
「この間、ぬかるみにハマってひっくり返ってたろ……下手くそだよな」
「俺たちの方が上手く動かせたりしてな……そりゃねえか」
人形使いの質も年々下がってきている……後方部隊に配属される人形使いも若手が中心で、操縦技術にはまだ育成の余地が残された人材も送り込まれてくるようになっている。
そもそも上等兵ではる二人もまだ戦いに出てそれほどの時間は経っていない……両国ともに人材の枯渇は深刻な問題へと発展しつつあり、それだからこそどうにかして早めに決着をつけたいと願っているのだ。
特に後方部隊に配属される人形使いの質は、味方である彼らヴォルカニア王国軍兵から見ても顕著ではあったが、人形騎士という絶対的な兵器が配備されているという事実だけでも彼ら王国兵の士気は高い。
逆に主戦場において人形騎士同士の戦闘で味方がなす術もなくもなく倒されてしまうと、一気に士気崩壊を起こすこともあったらしい。
「……おい、なんか今音がしなかったか?」
「ん? 聞こえないぞ……」
「いや、何かいるぞ……」
モーリッツはふと森の中から何かが動くような音を聞いて、武器を構え直す。
まさかこんな場所に敵兵が来るとは思っていなかったが、それでも警備任務をサボるような性格ではなかったこともあって彼は音のした方へとゆっくりと近寄っていった。
戦場から少し離れている場所とはいえ、ある程度人の気配があればはっきりとわかる……しかし、視線の先にある薮は先ほどからカサカサと軽い音を立てているのだ。
手に持った守備隊向けの短槍を構えたモーリッツは、同じように武器を構えながら後ろを付いてくるブルグハルトへと手を使って合図をしながらゆっくりと薮の中へと槍を向けた。
次の瞬間……ガサガサッ! という音と共に、影が飛び出してくるのがみえ、彼らは慌てて槍を突き出した。
「うわああっ!」
「このッ!!!」
「ピギイイッ!」
突き出した槍に感じる手応え……モーリッツがそのまま地面へと獲物を叩きつけると、槍の先には丸々と太った猪が血を流しながら足をバタバタと動かして必死に逃げようとしているところだった。
猪……よかった敵兵ではなかったのかと、モーリッツは思わずホッと息を吐いてから槍を軽く捻って猪へとトドメを刺す。
少し苦しむかのような仕草を見せた後、猪はぴくりとも動かなくなるがモーリッツが緊張から額に浮かんだ汗を手で拭った後、ブルグハルトに微笑みかけようとするが、振り返った先に彼がいないことに気がついた。
先ほどまで少し後ろにいたはずなのだが……とモーリッツが辺りを見回すと、少し離れた場所でブルグハルトがうつ伏せになっているのが見えた。
「お、おい……何やってんだ、そこまで驚くことはないだろう?」
「……」
「ほら、猪を仕留めたぞ……夜食に出してもらおうぜ」
モーリッツがブルグハルトへと歩み寄り、倒れたままの彼を起き上がらせようと腕を掴むが……同僚はまるで起き上がる気がないかのように重かった。
なんでこんな悪戯をしているんだ? とモーリッツはそのまま手を離すと、ブルグハルトはそのまま力無く地面へと倒れ……そしてじっとりとした赤い液体が彼の首筋から溢れ出ていることに、彼は今更気がついた。
その色はまるで以前襲撃した村で見た帝国女を、槍で突き刺した時に出た血液のように鮮やかなもので……ようやくモーリッツはブルグハルトが死んでいる、という事実に気がついた。
「な……ブルグハルト?!」
「ごめんな、恨みはないんだ」
「な……かはっ!!」
背後から男性の声が響くと同時に、口を大きな手で押さえつけられたモーリッツの喉にひどく熱く、そして鋭い痛みが走る。
どろりとした熱い何かが首から漏れ出したことに焦りを感じ、彼は必死にもがくが……背後から彼の口を押さえつけている男性の手は力強く、次第に意識が遠のいていくのを感じた。
自分を押さえつける憎い相手の顔を見ようと、恐怖そして怒りに近い瞳で背後へと視線を動かしたモーリッツが最後に見たその男の顔は、ひどく悲しそうでそして申し訳なさそうな目で彼をじっと見つめる中年男性だった。
「すまない……気が付かなければ、君たちを放置するつもりだったんだが、勘が良すぎたな……」
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