(幕間) 帝国歴一二七九年 新たなる命令 〇四
——その人形騎士フェラリウスは工房の片隅にあって、今なお歴戦の風格を保っていた。
「これがフェラリウスか……」
命令書を受け取ったアナスタシアとニルスは再び駐屯地の工房に戻り、作業場の端に静かに立っているフェラリウスを見上げていた。
戦士級人形騎士フェラリウス……建造開始は戦争中期よりも前に遡り、ニルスやアナスタシアの先祖が生きていた時代に遡るほど古い機体である。
兜のように見える頭部と、鎧を着用した騎士のようにも見える外見が特徴的で、兵士級であるケレリスよりも遥かに重量を感じさせる外見を持っている。
現行機であるグラディウスと違い、装甲の造形などに時代を感じる古風な外見をしているものの、目の前に立つフェラリウスは何度かの改修を経たもののため、各部の装甲にはいくつか手が加えられていた。
稼働部分に当たる場所には最新型の多板装甲が加工して取り付けられており、そういった箇所がいくつも見られることから、最近まで前線で使用されていたことがわかる。
「アナスタシアはこの機体見たことあんのか?」
「学園の頃に何度か、でも動かしたことはない」
「そっか……まあ否が応でも任務で使うからな、少し動かしてみるといい」
「う、うん……じゃあお言葉に甘えて」
ニルスの言葉にぱあっと表情が明るくなったアナスタシアを見て、この令嬢は本当に変わっているな……と今更ながらに思う。
令嬢らしいところはまるでない、どちらかというとひどく不器用でガサツ……下手をすると男爵令嬢であることすら嘘なのではないか、と思う一面がある。
しかしその実今回のように軍上層部のお偉いさんとの繋がりを持っていて、容易に踏み込めない何かがあったりもする。
それに中将閣下が『拒否感を示しても罰するな』と大佐に命令していること自体が異常だ……単なる男爵令嬢、しかもたびたび問題を起こしてきた女性に対する対応ではない。
「わかんねーな……ほんと」
「ねえ、おっさん! びっくりだよ、シートがピカピカ!」
「おお、そっか……ちゃんと整備してんだな」
嬉しそうなアナスタシアの声に思わず表情が綻ぶ……まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように喜んでいる彼女の声に自分まで嬉しくなってくるような気がする。
彼には妻がいるがここ数年は手紙でのやり取りしかなく、子供も前線勤務までにはできなかった……だから子供がいたとしたら、新しいおもちゃを買ってあげたら今のアナスタシアのように喜んでくれたのだろうか? と少しだけ思う。
嬉しそうにハッチから顔を覗かせたアナスタシアが別の方向に視線を向けると、ほんの少しだけ緊張した面持ちを浮かべたことで、ニルスは彼へと歩み寄ってくる一人の人物に視線を向けた。
それは少し前にアナスタシアが殴り飛ばしたエウスターキオ・アダミッチ工房少尉だ……彼女に蹴り飛ばされた頬には痣の跡がくっきりと残っており、彼は少し不機嫌そうな顔で黙ったままニルスの隣へと立つ。
「こいつを受領するんだってな」
「ええ……大佐からの命令です、書類も用意してあります」
「……そうか」
エウスターキオは不機嫌そうに懐から帝国印の紙箱を取り出し、タバコを一本取り出してから、軽く吸い口に当たる部分を歯で噛み潰す。
大陸で流通しているタバコはいくつかの銘柄に別れているが、ゼルヴァイン帝国の兵士が愛用するタバコはこの帝国印が最もメジャーである。
乾燥したタバコの葉を刻み、それを包み紙で巻いただけのシンプルな構造のため吸う際に葉が口内に入ってしまうことがある。
それを防ぐために慣れた兵士だと吸い口を歯で潰してから吸う習慣がついている……それを見たニルスは指をパチンと鳴らして、彼のタバコに火をつけた。
「……火がいるでしょ?」
「魔術師が魔法使っていいのかよ」
「同業者もいなさそうですし……」
魔術師が下賤の術法である魔法を使用するのは珍しい、魔術は至高の術であり、それ以外は下賤であるという考えが根付いているからだ。
それ故に魔術師は人前で生活に根付いている魔法を使うことは非常に珍しい。
ふん、と鼻を鳴らしたエウスターキオは未だ緊張した面持ちで彼をじっと見つめているアナスタシアに気がつくと、不機嫌そうな表情のまま軽く紫煙を燻らせた。
彼からするとおこぼれを貰おうとして折檻を受けたようなもので、いまいち納得はしていないのかもしれない。
じっとアナスタシアのルビーのように美しい瞳を見つめたまま、しばらく無言でタバコの煙を燻らせていたが、はあっ……と諦めたようにため息をつくと頭をガリガリと掻いた。
「赤毛! そいつはな俺が整備したんだ、可愛い子供と言ってもいい」
「……そうですか」
「元々その機体は後方都市に送られるものだ、守備隊に回されるらしい……壊すと俺の仕事が増えるから、壊すなよ」
「はい、それはもちろん」
「それとお前のケレリスもちゃんと修理してやっから、ちゃんと戻ってこい」
短くなったタバコを地面に落としてから足で踏みつけて火を消すと、エウスターキオは黙ってその場を離れていく。
腐敗しつつある帝国軍とはいえ、女性に言い寄って叩きのめされたことで、彼なりに反省はしたのだろう……そのまま工房から出ていく彼の背中に向かってアナスタシアは黙って頭を下げる。
彼女もまた人形使いであるが故に、本来工房職人に対して感情的に手をあげるというのは良くないことだとわかってはいるのだろう。
ただエウスターキオの行動に強い嫌悪感を抱いてしまった……ニルスがいう通り、お金でも握らせれば彼は引き下がったかもしれないのに、思わず拳を叩きつけたのは彼女の潔癖さがそうさせたのだろう。
「……アナスタシア、お前が酒を持っていくか?」
「おっさんにお願いするよ、また喧嘩になりそうだ」
「違いねえ」
ニルスとアナスタシアはお互い顔を見合わせて笑う……なんとなくだが、二人がコンビを組むのは必然だったかもしれない、とお互いが感じている。
経験値がそれほど高くなく、直情的だが超一流の腕を持つアナスタシアと、それをサポートするために熟練の指揮魔術師であるニルス。
二人が組めばあらゆる困難も簡単に跳ね除けられるような気がするからだ……まだ組んでそれほど時間が経っていないのだが、それでもお互いを信頼できるような感覚があった。
ニルスはすぐに近くにあったテーブルの上に地図と、命令書を広げる……作戦を立てねばいけない、上層部は細かい作戦までは指示してきていない。
敵補給部隊を攻撃する方法は彼ら二人に任せると言わんばかりなのだ……ただ、もうすぐ主力部隊との決戦が迫っている故にこれ以上のサポートを望むのは難しいだろう。
「さて……作戦を考えるか、降りてきな」
「ああ」
いうが早いかアナスタシアは軽い身のこなしでフェラリウスのハッチから、ふわりと飛ぶと近くにあった乗降用のハシゴを滑るように地面へと降り立つ。
その身のこなしはしなやかで、彼女が普通の兵士よりも遥かに優れた運動能力を有しているのを如実に感じさせるもので、ニルスは思わず感心した。
美しい猛獣が木から飛び降りてくるような感覚といえばいいだろうか? やはりこの令嬢は普通ではない……そしてそんな彼女を守らなければいけないだろう。
ニルスが自分の顔をじっと見つめていたことに気がついたのか、アナスタシアは眉を顰めるがその表情に気がついた彼は少し慌てたように地図に向かって視線を外す。
「あ、すまねえ……さて地図を見ながら敵補給基地をどうするか考えるとするか……」
_(:3 」∠)_ みほれちゃうの
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