(幕間) 帝国歴一二七九年 新たなる命令 〇二
「お前さぁ……バカじゃねえの?」
「ば、バカってなんだよ!」
帝国軍曹長ニルス・テグネールは目の前に座り、彼の治療を受けながら膨れっ面で抗弁するアナスタシア・リーベルライト曹長へと呆れ顔のまま話しかけた。
二人がコンビを組むようになってからまだ二週間程度……それほどお互いのことを理解しているわけではないものの、ニルスはアナスタシアがあまりに直情かつ衝動的に行動することに半ば呆れを感じている。
異音がひどくなった人形騎士ケレリスをだましだまし動かしながら、ようやく駐屯地に戻ってきたというのに。
修理を受けられるとなってすぐ、アナスタシアは整備を担当する工房少尉を殴り飛ばし、そして彼を助けようとした他の職人と乱闘騒ぎを起こした。
修理の依頼くらい誰でもできるだろう、とタカを括って送り出したのが間違いだった……ニルスは軽いため息をつくと彼女へと話しかける。
「あのな、ああいう手合いは小遣いくれてやれば引き下がるんだよ……お前の体目当てとはいえ、代わりのものがあれば引き下がるんだ」
「そ、それって賄賂ってことか……ですか?」
「そうだよ……帝国軍も長年の戦争で規律も緩んでいるからな」
「私は……そんなこと……できない」
「できないじゃない、自分の身体を守るための知恵なんだよ」
傷口はそれほど深くなかったが、ニルスが扱える魔法では傷を塞ぐのが精一杯……後日帝都に戻れる機会があれば、傷跡を消すためのポーションなども購入できるだろう。
貴族令嬢としても、一人の女軍人と見てもアナスタシアは綺麗すぎるのだ……良くも悪くも目をひく、そんな彼女を手に入れようとするならなんでもする手合いはごまんといる。
あの哀れな工房少尉は大した怪我ではなかったようだが、ニルスがその場を収めた後に聞き取りした内容を耳元で囁いたら青い顔のままそそくさと治療室へと逃げていった。
当たり前だ……いくら規律が緩んでいるとはいえ、公然と賄賂を要求すれば軍規違反になり、下手するとその場で手打ちにされてもおかしくないからだ。
「傷口は後でポーション使って治そう、とりあえず傷口は塞いだ」
「……ごめん、迷惑かけるつもりは全然ないんだけど……」
「迷惑だなんて思っていないよ、俺はお前の指揮魔術師だ」
彼女の肩をぽん、と叩いた後ニルスはアナスタシアの顔を見るが、その本人は少し涙ぐんで悔しそうな、それでいて少しホッとしたような表情を浮かべていた。
あまりに色香を感じるその表情……心臓がドキッと跳ね上がる気がしたが、すぐにニルスはそっぽを向くと深く深呼吸を始める。
だめだ、こいつを一人前にするのが自分の仕事なのだ、ともう一度自分を律するように雑念を振り払う。
そんなニルスの様子には気が付かずに、額に巻かれた包帯を指先で撫でながら、少しだけ安心したような表情を浮かべていたアナスタシアだが、何かに気がついたようにいきなり立ち上がった。
「し、しまった……ケレリスの修理を依頼できていない……!」
「ん? ああ……それならもう片付いている」
「へ?」
「ああ、お前を助けに入った時に命令書だ……ほれ」
ニルスが手渡してきたのは先ほど彼が職人たちを止めるために掲げていた命令書……ヴォルカニア王国方面軍の部隊指揮官である帝国中央軍ベニート・マッテーイ大佐の名前入りの書類だ。
そこには損傷したケレリスは軍預かりとなって、彼女には代替の人形騎士を支給するため準備が出来次第大佐の執務室へと出頭するように書かれている。
マッテーイ大佐は長年ヴォルカニア王国戦線を支えてきた実践経験豊富な指揮官の一人であり、元々は人形使いとしても名を馳せた人物である。
王国戦線の最高指揮官は帝国第三皇子であるグラディス・バルハード・ゼルヴァイン中将だが、その片腕として活躍しており、戦後は准将待遇として軍を一つ任されるのではないか? と噂されている。
方面軍は主にグラディス皇子の辣腕と謀略、そして彼の指揮下で能力を発揮する様々な人材の力によって、長年停滞していた戦線を押し上げることに成功している。
命令書を見ていたアナスタシアだったが、まるで身に覚えがないとばかりに首を傾げる。
「……大佐が? う、うーん……なんで?」
「お前さぁ……マッテーイ大佐とか軍上層部の愛人か何かなのか?」
「は?! あ、愛人って……そ、そんなわけあるか!!」
「まあそうだよな、お前そういうの向いてなさそうだもん」
「……媚び売って、愛人とかやるもんか!」
真っ赤になって否定するアナスタシアだが、ニルスからするとこのガサツな性格では、確かに愛人には不向きだなと思った。
先ほどの乱闘のきっかけは彼女に不用意に触れた工房少尉に非があるものの、うまくあしらってしまえば、ケレリスの修理に同意させることもできただろう。
しかしアナスタシアは普通に相手を殴り飛ばしたあたり、そういった機転の聞く大人の女性らしい行動ができていない、むしろとても男性的な行動だとも言える。
普通は貴族家の令嬢ともなれば、その家の恥にならないように淑女教育を叩き込むのだが……とは言えアナスタシアが普通にしていれば、淑女らしい部分は垣間見えるため判断が難しすぎるのだ。
身体と顔は超一流なのにな……と彼は、命令書を難しい顔で読んでいるアナスタシアを見て、非常に残念な気分を感じていた。
「でもなんで新しい機体が支給されるんだろ……任務は成功しているけど、結局人形騎士は不調になってるし……」
「犯人も肉片になっているからな」
「ゔっ……そ、それは仕方ないことで……」
「お前本当に令嬢らしくねえな……」
廃砦にいた脱走兵達は全員彼女が皆殺しにしてしまったため、彼らが金目当てだけで令嬢を攫ったのか、もしくは別の意図があったのかわかっていない。
誘拐されるまでの状況からして、本来は襲撃など受けるような場所ではなかったのにもかかわらず……違和感はある事件だったが、これ以上は何もしようはない。
家に送り届けたモーディとその家族は本当に喜んでいたけど、ガーベラ商会の先行きは相当に怪しいだろう……婚約は破棄され、婚約者の家から受けられるはずの融資はなくなった。
元々保存用の食料品を扱うガーベラ商会は軍にも物資を卸していたのだが、今回の件で事業からの撤退も余儀なくされるらしい。
ニルスはどうにもしっくりこない感覚を覚えている……だが、それを調べる術はもうなくなってしまった。
「まあ、とりあえずは大佐のところへ出頭しよう」
「あ、ああ……一緒に行ってくれるんだろ?」
「受け取ったのは俺だぞ? お前一人で行かさねえよ」
「そっか……なら安心した」
「それにお前が大佐を殴り飛ばさないか見張らなきゃいけねえ」
アナスタシアの性格からして、軍上層部のお偉いさんに同じようなことをされても普通に殴り飛ばしてしまいそうな気がするのだ。
我慢しろ、とは言わないが少なくとも適当にあしらって……という行動ができたら、さっきみたいなことは起きないんだよなあ……とニルスは眉を顰めて思わず天を仰ぐ。
たった二週間の間にアナスタシアがいくつかの揉め事を起こしていることから、すでにニルスは疲れを感じ始めている。
とはいえ一度言い出したことを撤回するのは彼の流儀に反していたことや、アナスタシアを今見放してしまうと彼女は誰を頼っていいのかわからなくなる。
哀れなガーベラ商会のモーディと同じ目にあって欲しくない、というのがニルスの本心であった。
「ともかく……まずは大佐の元へ出頭して、それからあの工房少尉に差し入れでも持って行ってやろう、ケレリスの代わりがなけりゃ仕事もできやしねえ」
_(:3 」∠)_ 男性的な令嬢
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